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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第三章 弾ける爆風

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箕020 噛みしめる晩餐

 私は、泣いても許さず殴り続けることはあるけど、泣いてる奴を殴ったりはしない。

 イズヴェルは「いや、殴ろう」と思い近づいた時には、既に泣いていた。

 その涙は自分の無力さを祟るような、嘆くような、強い悲しみの涙だったので、私は尚更に躊躇した。


 結局、ラビノッチは捕まったし、クラインから説教のようなものもあったので、これで良しといえば良しである。

 ただ、ジリジリと肌を焦がす炎を私に差し向けたことは、絶対に忘れない。

 これは執行猶予の怒りだ。イズヴェル、次に何かしてみるといい。次はその分の怒りも上乗せにしてやろう。

 大人げもなく、そんなことを思った。




 と、やり場のない怒りを燻らせていたのも束の間。

 ミネオマルタ警察駐在所へ赴いてラビノッチの捕獲報告をし終えてからの私は、すぐに機嫌を取り戻す。


『まさか傭兵でもない、ただの学徒が捕まえるとはなぁ』

『俺達も銃の使用許可さえ降りれば、もっと速やかに捕らえることができたんだぜ』


 機人警官達は鑑定中のラビノッチの死体を取り囲み、面白そうに言葉を交わしていた。

 ミネオマルタを密かに騒がせていた、数日間の兎騒動。

 それと密接に関わっていた警官達にとっては、ラビノッチが捕獲されたことは、大きな話題だったのだろう。

 中には“面目ない”と眼光ランプを暗くさせる者もいたが、大抵の警官は、“荷が降りた”と喜ばしそうにしていた。


「討伐は討伐だ。鑑定が済んだら、このラビノッチは引き取りたい。構わないな」


 そんな中でクラインが言うと、向こうは二つ返事で快諾してくれた。

 彼らは街を警護する守り人だ。傭兵とは違って、狩った後の金に強い執着があるわけでも、それを無理矢理に引き取るほどの理由があるわけではない。

 なので、ラビノッチが本物であることが判明した時点で、彼らの仕事はそこで終わり。

 兎騒動は、幕を閉じるのである。




「うへへ」


 ボウマの笑いではない。私の口からこぼれ出た、だらしのない声であった。

 今、私の手元には八百YEN硬貨が握られている。

 隣のボウマも、ヒューゴも、みな一様に八百YENだ。これは警察駐在所で受け取った、今回の兎討伐の報奨である。

 私達五人で割ったので、合計は四千YEN。昨日までは三千YENだったのだが、報奨金は少しずつ釣り上がるのだそうだ。

 そうとは知らなかったので、上乗せされたのはたった二百YENではあっても、ちょっと嬉しくなる。

 この分だけ今晩のお酒や食材が増えるのだと考えれば、それはもう素晴らしい事だった。


 お酒であれば、三四本は飲めるだろうか。肉も、わりとまとまった量が買える。

 二百YEN分の考えを巡らせるだけでも、私の口元はだらしなく歪んでしまう。


「うじゅる」


 隣でボウマが口を拭った。

 どうやら同じようなことを考えていたらしい。

 そんな低次元の欲求が彼の眼鏡に見え透いたのか、ラビノッチの入った袋を抱えるクラインが振り向いた。


「君達は既に終わったような気でいるが、まだラビノッチ本体の解体が残っている。なるべく毛皮を綺麗に剥ぎ取り、肉を新鮮なまま取らねば、売り物にはならないだろう。買い出しするにはまだ早いぞ」

「えー、もうあたし、夕ごはんたべたいぃー」


 ボウマはクラインの背後に回り、猫背を小さな手で叩きながらごねた。

 夕食前の人の多い通りで、私達は実に騒がしく、邪魔なことだろう。

 けど一応は、こういった市場の救世主でもあるのだから、今日くらいは大手を振って闊歩させてもらいたい。


「ラビノッチの肉も高値で売れるのだ。地下水道の市場にいけば、それなりの値段になるぞ」

「それっていくらくらいだよぉ」

「千YEN程度になるか」

「ちみっこいぜ!」

「なんだと」


 ボウマは反対した。千YEN、つまりそれは、私達で割れば一人の取り分は二百YENである。

 自分の手元に既に八百YENがある彼女としては、そんな額よりもとにかく、早めの夕食にありつきたいのだろう。

 私もなかなか空腹だったので、気持ちはよくわかる。


「クライン、解体といっても慎重になるだろうし、なかなか時間もかかるんだろう?」

「当然だ。地下水道の装飾品店、素材店をいくつか回り、売りさばかなくてはいけないからな。なるべく価値を落とさないよう、最大限の注意を払って……」

『うーむ、どうしたものか』


 お酒と肉を頭に浮かべていた私の胃袋は、既に限界を迎えつつある。

 正直、これ以上色々な施設を回るのは、金策とはいえ、疲れ果てた両足にも嬉しいものではない。

 ボウマと同じく、すぐにでも食材を買って、寮に戻りたいというのが本音であった。

 なにせ鍋だ。ライカンの鍋。想像するだけでまた口元が緩んでしまう。


 しかしクラインは頑なで、肉の新鮮さを保つために、まずは解体をと譲らない。

 腹を空かせたボウマはそれに食い付くし、兎狩りが終わってここで初めて、パーティ内での不和が生まれようとしている。

 ライカンもラビノッチの処遇と料理の二つに、頭を悩ませているようだった。

 私はといえば、


「ラビノッチなんてとりあえず冷水に漬けとけばいいじゃん、私も先に食べたい!」

「そーだそーだぁ!」

「低俗な肉食獣どもめ……」


 ボウマと一緒になってクラインに噛み付いていた。

 腹が限界なんだ。仕方ないだろ。


「あはは、それじゃあ、こうしないか?」


 私達とクラインが本能と理性とで綺麗な平行線を描く論議を交わしていると、後ろの方からヒューゴがロッドを差し込んで割って入り、提案する。


「肉の鮮度と空腹とのバランスに悩むならさ、いっそのことラビノッチの肉を僕らの食材にしたらどうだろう?」

「おお!」

『ほう』


 感嘆の声があがる。


「肉を買うお金や手間も減るし、なによりこの鮮度だ。人に売るよりも、捕まえた僕らが食べてこそ価値があるんじゃないかな」

「確かに……」


 私はクラインの持つ袋を取り上げて、中に入った白く大きな毛玉を覗きこんだ。

 なるほど、それなりのサイズのウサギだし、市場からくすねた美味しい食材を食べているからか、それなりに肥えてもいる。

 五人分の鍋の肉とするには、丁度良さそうな量だった。


「ラビノッチの肉、食べてみたいな」

「あたしも!」


 さんざん手こずらせてくれた難敵だ。その肉を噛み締めながら一日の締めとするのも、乙なものだろう。

 ライカンも珍しい食材を前に、興味深そうに唸っている。

 特に反対する者もいないようだった。


「……ふん、まぁ、良いだろう」


 クラインも歯切れこそ悪いが、ヒューゴの提案に難癖を付ける様子はない。

 何より、真下から見えない瞳をキラキラと輝かせて覗きこんでくるボウマの威圧感には耐えられないようである。


「調理はライカンに任せるぞ。オレはやらない」

『おう、任せておけ』

「やったー!」


 私は跳ね上がるボウマと一緒に喜び合った。


 ミネオマルタの水色の通りが、夕日に照らされ赤く染まる。

 雨が降る様子は、まだ無い。

 今晩の食事は、ゆっくり楽しめそうだ。


 さあ、何を買おう。


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