生存する確率
野竜ノラド討伐。
相手は空を飛ばないとはいえ竜っちゃ竜だ。私は実際に見たことはないけど、決して油断して良い相手ではない。
「これがノラドのスケッチだ。ネムシシ帳の挿絵に過ぎないが、縮尺含めほぼこのような見た目だと考えたほうが良いだろう」
「なるほどな……あいだだだ」
「ふがふがっ」
「こらボウマ! ロッカの頭噛まないの!」
現地へ向かう馬車の中で、私はボウマに噛みつかれていた。
不意打ちで仕掛けた手刀が相当お気に召さなかったらしい。いつだって周囲を警戒してるとかなんとか言ってたくせに普通に当たったから……いててて。
「おい、ボウマ。お前もよくネムシシ帳は確認しておけ。討伐を志すのであればオレと同等以上には魔族・魔獣の知識は備えていなければ足手まといになるぞ」
「ふがっ!?」
どうやら足手まといという言葉には弱いようだ。ようやく噛みつくのをやめてくれた。
「そもそも魔道士として戦うということは、魔族や魔獣と戦うことと同義であると言っても良い。お前の高火力な爆発魔術では人間相手の任務もそう多くはないだろう。何故ネムシシ帳を読んで最低限の学習すらしない? どこのギルドでも売っているし学園内でも販売されている手帳だというのに。理解に苦しむ」
「ぐるるるるる」
「ま、まぁまぁクライン。ここ馬車の中だからそのくらいにしておけよ。ボウマもな。僕らを喧嘩に巻き込むのだけは勘弁してくれ」
「そうですよ。喧嘩はいけません。ね?」
マコ導師に言われてようやくボウマは唸るのをやめた。
よしよし。クラインは言い方ってもんを知らないからな。
『だが実際、ネムシシ帳は便利なものだ。おおよそほとんどの魔獣や魔族については書かれているし、生息域から習性、弱点まで網羅されているからな。傭兵ギルドに所属して生きていくなら、必携の書物だ。……まあ、年々更新されるたびに便利になっていくのはいいんだが、買い替えるのがちと面倒だが。少し古いくらいでも特に問題はないよ』
ネムシシ帳。
それは傭兵ギルドに所属する人向けの、魔族図鑑のようなものだ。
全国に生息する魔獣や魔族が挿絵付きでたくさん掲載されていて、中には地元で見かける憎らしいあんちくしょうの姿も混ざっていたりもする。
紙が薄めで結構持ち運びやすそうだよな。私は持ってないけど、現物を見てるとちょっと欲しくなってくる。
クラインのこのネムシシ帳は何度も繰り返し読まれてるせいか、表紙も中もそこそこ傷んでいた。……ここまでになるまで読み込めるかなぁ。
「むー……ノラド……ぬぅーん……なんだかドラゴンっぽくない顔だじぇ……」
「ほんとだな。結構想像と違うわ」
でも挿絵の横に置かれた人間大のスケールと比べてみると、大分デカい奴だってことがわかる。
間抜けそうな顔してるくせに、何も準備無しに森で出会ったら相当おっかない奴だ。
「見つけたらどうすれば良いのかなぁ……近づいてドッカーン?」
「ツルハシで頭かち割ればいけるかもしれないけど……いや、アンドルギンが汚れるのはちょっとな」
「君たちの戦術は非常に貧相かつ非合理的だな」
なんだテメェ。今日のボウマは噛みつくと結構痛いぞコラ。
「そうですねぇ……どうやら目的地は斜面の多い場所だそうですし、野竜ノラドを相手に戦うのであれば、ある程度戦法は決まってきます」
『マコ先生は、どのように? やはり魔道士らしく、環境などで……?』
「んーそれももちろん良いのですが、まずは屋外で魔族と戦う時の基本を心得ておくべきでしょう」
「基本ぅ?」
馬車がゴトンと揺れる。走り初めて結構経つけど、道もちょっと荒れてきた。
「そう、基本理念です。……たとえばボウマさん。ボウマさんがこのノラドを討伐するとして、百回に一回はボウマさんがノラドに負けてしまうと仮定します。ボウマさんはこの戦いに挑みますか?」
「あたしが九十九回勝てる! 戦う!」
「と、いう選択をしてはいけないのです。これが基本ですよ」
「えー! どうして!?」
「九十九回勝てても、一回負けてしまうからです。その一回で、死んでしまうからですよ」
そう言われて、ボウマが押し黙る。
「良いですか? ボウマさん。討伐任務は非常に危険です。敗北はほとんどの場合、人間側の死を意味するからです。ですが討伐を仕事にする以上、その回数は日常的に多くなります。……極端な話をしますと、休息も含めて三日で終わるような、先程のノラド討伐任務をずーっと続けていけば……ボウマさんは一年足らずで一度失敗してしまう計算になりますよね?」
「うっ」
「だから百に一つというのは、ダメなのです。やる以上は一切の危険を妥協なく排除し、百回やって百回勝ち抜くやり方をしなければなりません。そういう意味では、先程ボウマさんが言った戦術はおすすめできませんね。とっても危険ですから」
マコ導師は正しいことを言ってくれる。たしかに、百回やって九十九回勝てても危なっかしいな。少しでも運に任せるような仕事をしてたらいつかぽっくり死んでしまう。……そう考えると討伐を中心に仕事していくのって、すげー大変そうだ。
「森や山の中では木を遮蔽にすることを心がけましょう。細い木ではなく、太い木がおすすめです。木を盾に魔術を撃って、隠れる。退く。そうするだけでずっと生存確率は上がりますよ」
『そして自分が斜面の上と下どちらにいるのかを常に意識するんだ。相手によっては斜面の下に居たほうが戦いやすい場合もあるぞ』
「はい、ポールウッド君の言う通りです! 相手によっては山の斜面を登るより降りる方が苦手な子もいますからね。そういう意味でも、討伐する対象についてはあらかじめよく学んでおくべきなんですよ」
「ふぬぬぅ……」
色々いっぺんに言われて大変そうだけど、ボウマは真剣に話を聞いていた。
一度で完全に理解しろってのは無理かもしれない。でも、繰り返し勉強していくことで知識を身に付けるだけの意欲は、彼女の中にあるようだった。
「さすがに私はノラド討伐とか怖いし、みんなの後ろの方でじっとしているわね」
「うん、ソーニャはそれが良いよ。むしろよく僕らに付き合ってくれたね?」
「まあ見学程度ならねぇ。一応、興味が無いわけじゃないもの。こういう機会でもなきゃ、魔獣討伐なんて見られないから」
「だからブーツも履いて、動きやすい格好してるわけだ」
いつものソーニャはスカート姿が多いけれど、今日のソーニャは動きやすそうなパンツルックに長めのブーツを履いていた。既に髪も後ろの方でまとめて準備を整えている。活動的なソーニャ。すごい新鮮だ。
「あんまり私の趣味ではないけどね」
「そうかな? 僕は結構似合ってると思うよ」
「私も」
「ふふん、ありがとう。……それにしても、ロッカはいつも通りねぇ」
「坑道に入るわけでもないなら、慣れてる格好のが良いしね」
ブーツとオイルジャケットがあれば大抵なんとかなるしな。
着替えも短パンとかタンクトップとか色々持ってきてはいるけど、そういうのはいざという時の着替え用だ。
「……君は常にその格好だが、暑いのか寒いのかわからんな。上着の防寒性能は高そうだが」
「これ? まあ寒い時は前閉じて調節するし」
クラインの言ってるのはジャケットの下の事か。
ぺろんとオイルジャケットをはだけてみると、クラインは普通にそっぽ向いて無視しやがった。なんだよアンタは。
「……はぁ、やれやれね。ロッカ、あんまり人前で素肌を見せたら駄目よ」
「涼しければまあ」
「あのねぇ」
そんなこと言ってもボウマの方がたまにすげえ酷いだろ。
ちょくちょくパンツ丸見えになってるし。ライカンの腕に脚でぶら下がってた時なんか服が辛うじて顎に引っかかってるだけの間抜けな姿を晒してたからな。
それと比べたら私の方がすげぇ恥じらいあるぞ。
「ボウマと比べるのはやめなさいよ……」
「……うん、まあ」
「ほげ?」
……ボウマ、アンタも成人が近いんだからもうちょっと女らしくしないと駄目なんだぞ。
まずは私を見習っていけよな。
「打ち砕くロッカ」の第二回人気キャラ投票の結果が出ました。投票ありがとうございました。
結果は下記リンクの活動報告から見ることができます。
https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/375252/blogkey/2969881/
作者マイページ→活動報告からでも飛べます。




