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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第三章 弾ける爆風

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箕004 魅入られる鑽鏨

 講義が終わった後、早速クラインやライカンと一緒に兎探しをすることになった。

 ミネオマルタ広しとはいえ、ラビノッチの討伐依頼は複数の機関に出されているため、街中を歩いていれば何人もの狩人とすれちがうことになりそうだ。

 もしかしたら既に捕まっていたりするかもしれない。

 だとしたらちょっと残念だ。折角のチャンスなのだ、せめて食いつくだけ食いついてみたい。

 駄目なら駄目で諦めるから、挑戦だけはしてみたいのである。


 というわけで、講義後そのままの姿で、私達三人は集まっていた。

 場所はそのまま特異科講義室。まだソーニャが居眠りしたままでいたり、ボウマが適当な男子生徒の後ろ髪にそっと付箋を貼り付けていたりと、賑やかな頃合いだ。


『ミネオマルタへの魔獣の侵入。事が事なだけに、労力に対して割りは良い。たった一匹を討伐しただけでそこそこの収入が得られるのだ、早い者勝ちの捕り物になるぞ』


 ライカンは狼面の顎をさすりながら言った。

 その姿は見た目のまま、兎を狙う狼である。そんな事を考えていると、ライカンの姿を見ただけで笑い出しそうになってしまった。


「早い者勝ちだったら、急いで討伐しなきゃ駄目なんじゃ」

「それは安心していい。ラビノッチはそう簡単には捕まらない」


 クラインは断言した。

 何十人、何百人と参加するはずのウサギ狩りがなぜそこまで難しいと言えるのか。


「なんで捕まらないの?」


 クラインが言うなら間違いはないのだろうとは思いつつも、感じた疑問は投げかける。


「理由はいくつもある。小さい、速い、跳ぶ、隠れる、魔術を使う、耳も目も鼻も利いて、その上さらに頭が良い。手練のハンターが徒党を組んでも、果たして捕まるかは微妙なところだ」


 断片的なキーワードを聞く限りでは、もはや逃げるためだけに生まれてきたような魔獣だ。

 ミネオマルタに生鮮市場さえなければ、ラビノッチも寄りつかなかっただろうに。

 とはいえ首都の市場を何日も閉めるわけにも……。


「目撃情報が出るまでは、準備を整えていれば良い。遭遇した際の対策はオレが考えてあるから気にするな」


 心強いけど、他人を利用して見つけるっていうのはなかなかずる賢いな。

 まぁ、狩りだし。別に深くは気にしないけどね。


「準備といえばウィルコークス君、杖はどうするつもりだ」

「あ」

『そうだ、ロッカ。闘技演習中に杖を折っていただろう』


 そうだ、その事を失念していた。

 クラインに聞きたいことがあったんだ。


「それと、闘技演習の終盤に使っていた金属製の杖についても聞かせてもらおうか」

「そんな怖い顔しなくたって、こっちから聞きたいよ」


 光を全反射させて迫るように聞いてくるクラインをよそに、右掌に魔力を込める。

 すると、掌に埋め込まれた仕込み鍵が開放されて、金属蓋がぱかりと開いた。

 このギミックを魔力感覚で操れるようになるまでに、結構な時間がかかったものだ。


「金属の杖じゃなくて、これはピックだよ。採掘用の」

「ピック?」


 掌からデムピックを引き出し、一度袖で挟んで全体を拭ってからクラインへ渡す。

 無造作に渡されるピックをそのまま気安く手に取ろうとした彼だったが、その手は受け取る前に硬直した。


「……(ヨモギ)の紋」

「あ、知ってるの? この家紋」

「クロエの家紋だろう。蓬のリースに蓬の冠。魔金の資料本なら何にでも載っている紋だ」


 別に私の家と縁があるわけじゃないけど、まさかクロエが本に載るほど有名だとは思わなかった。


「クロエということは、デム鉄鉱石か」


 受け取ったピックの正面を撫でながら、神妙な顔で呟く。


「杖が折られたから、これで代用できるかなって、魔術を使ったんだけど……」

「ふん、こんな隠し珠があったとはな。想定外の展開で正直オレも驚きを隠せなかったが、その判断は大正解だった」

「デムピックを杖に使ってから、魔術が強くなったんだよね。何か関係あるのかな」

「あるも何も、このピックはデム鉄鉱で作られたものだろう。ある意味で最高級の杖のようなものだ。魔力効率が上がらないほうがおかしい」


 さも当然のように言われるものの、しっくりとは理解できない。

 私にとってのデム鉄鉱石といえば、単に金属を硬く毅くするものでしかないのだ。


 ……あ、でもちょっと前にマコ導師が魔金の説明をしていたような。


『おお、それはデム鉄鉱なのか! 実は俺は、この機体の外装にデム鉄鉱を混ぜたいと思っていてな』

「こ、これはやらないよ?」

『いやいや、ロッカから貰おうとは思ってないとも。自らの力で、稼ぎでな』


 狼の顔に気圧されて妙な勘ぐりをしてしまった。

 ごめん、ライカン。


「しかし最高級の魔金の杖とはいえ、それだけでウィルコークス君の魔術があそこまでの飛躍を遂げるとは思えない。他にも何か、要因がありそうだな」

「そうなの?」

「それについては、まぁ……おいおい、嫌でもわかってくるだろうさ」


 含みをもたせた言い方には不安を覚えたが、現状は何も悪くないので気にしないことにした。


「けど、このピックは大事なものだから、あまり杖として、とか、そういう使い方はしたくないんだよね」

『何故だ? 魔術が強くなるならば良いではないか』

「うん、そうなんだけど、何かの拍子でなくなったり、壊れたら嫌だしさ」


 本当ならこうして右腕から出して、人に見せたいものでもない。

 私でもこのデムピックが高級品であることはわかっている。魔が差した、で気易く盗まれたくはないのだ。

 友人とはいえ、見せたら心が動く人がいないとも限らないのだし。


「そうだな。初心者なら初心者らしく、もっと安い杖を使うと良い。闘技演習中に使っていた赤陳(アカヒネ)のタクトはどうした?」

「これ」


 オイルジャケットのポケットをまさぐり、それを机の上へ乱雑にぶちまける。

 つまり、私の杖はもうそんな状態だった。


 机に散らばったのは折れて所々が砕け散った、無残な木の棒。

 中心の細い金属棒も折れ砕けて、欠損した分は消失してしまったらしい。

 ボウマはステージの上で杖の欠片を探しまわっていたが、これ以上は回収できなかったそうだ。

 杖はもう駄目かもしれないけど、探してくれたボウマには改めてお礼を言いたい。


「新しい杖を買う必要があるな」

「やっぱり?」

「ああ、その状態になってしまってはもうゴミ同然だ」

「ゴミって、お前な……」


 クラインの配慮に欠けた発言はいつもの事なので、気にしないでおこう。


 そういう流れで、私達はウサギを探しに行く前に、まず杖屋に寄る事となったのだ。




 昼前に学園を出て、杖市場へ。

 ライカンは杖を持っていないので頼りにはできなかったが、クラインは魔道具の店も詳しく知っていた。


 タクトはどこで買ったのかと聞かれたので、ジューア魔具店で杖を買ったのだと答えたら、なるほどと納得してくれた。

 ジューア魔具店の評価は概ねヒューゴと同じで、少々値は張るものの、ひどい品物は置いていない。

 辛口であろうクラインにとっても、そこは信頼できる店らしい。

 赤陳(アカヒネ)のタクトは砕けてしまったけど、また同じ物に出会えるかもしれない。

 私達はジューア魔具店を訪れることにした。




「こりゃまた、随分と派手に壊してくれたな」


 薄暗い店内で、小さな石灯に彫りの深い輪郭を浮かべた店主が難しそうに呻いた。

 彼はジューア魔具店の店主、ジューアその人である。

 クラインは私と一緒に杖を見るらしく傍にいるが、ライカンは店内の物珍しい品々に目移りしている。


「初心者魔道士がいきなり魔術戦に、しかもそれが杖を折っちまうほどの命がけとはな……荒唐無稽な話だが、まぁ、闘いで折れるなら杖も本望ってやつだろう」


 ジューアさんはぼろぼろの木片と化した赤陳のタクトを私に突き返した。


「捨てるも、思い出としてとっておくも、お前の好きにしておけ。杖の始末は魔道士がつけるもんだ」

「……わかりました」


 返された木片は、十数日しか付き合いのないものの成れの果てではあるけれど、私にとっては思い出の品だ。

 自分なりに修復して、寮の部屋に飾っておこうと思う。


「それで、どうだった」

「はい?」

「魔術で、誰かをぶっとばせたのか」


 店主は難しい顔のまま私に訊いてきた。

 その問にどんな気持ちが込められているのかはわからない。


「はい、ぶっ飛ばしてやりました」


 けど私はありのまま、誇った風にそれに答える。

 すると店主は「そうか」と小さく一回頷いて、褒めるとも貶すともせず、隣のクラインを一瞥した後、私に背中を向けて店の奥へ進んでいった。

 まだ用件を伝えていない私は、ジューアさんの背を追うように店の奥へ進んでゆく。


「さて、それで。今度はまた新しい杖を探しにきたわけだな」

「はい、できれば同じ赤陳のタクトを……」

「あれはもう無い」

「えっ」


 同じものを買いに来ただけに、その言葉の衝撃は大きかった。


「無いんですか」

「一本物だったからな。作者は出自もよくわからん無名の職人だし、年代も古い。そもそも、赤陳を柄材(つかざい)にする品自体が稀だしな」

「そうなんですか……」


 私がリクエストした木材は、杖として不向きだったらしい。

 杖は魔道士にとって、命を預ける商売道具。どうせ作るならばと、そのほとんどは丈夫で高級な木材を用いるのだとか。

 考えてみれば当然の話である。


「といっても、良い柄材を使ったからといって、壊れないわけじゃあねえ。闘いになればどんな木材でも、ある日突然に砕けちまうのさ」

「うーん……赤陳の杖が無いなら、じゃあ、次は丈夫なものにしようかな」


 杖の種類はタクトと心に決めている。

 ルウナが使っていたような比較的に短めなワンドでも良いかなとも思っているけど、やっぱり片手の中で苦もなく握れるサイズが一番だ。

 持ち運びに苦労したくはないし。


「丈夫さを求めるなら端由(ハユ)鉛帽(エンボウ)鑽鏨(サンザン)沈鱗(シヅリ)……といったところだな。こいつらなら、タクトだけでもかなりの種類があるぞ」


 端由くらいなら学園寮のテーブルにも使われているので、見たことくらいはある。私には服のボタンにするにも勿体ないほど上品な材料だ。

 とはいえ、タクトとなった姿はどんな風合いを醸し出すのかは未知の領域だ。

 私は木材に詳しいわけではないのだ。


「じゃあ、それらを一本ずつ、見せてもらえますか。見てみないと、どんな品かもわからないので」

「うむ、少し待っていろ」


 そう言って、ジューアさんは店の更に奥の闇へと消えていった。

 何種類かを持ってくるということなので、探すのにも時間がかかりそうである。




「クライン、魔道士が使うような杖って、どのくらいの値段のものを買えばいいのかな」


 待っているだけというのも暇なので、私は店内を見ようともしないクラインに訊ねてみた。


「基本的には、金をかけるほど良い杖だ」

「いや、それは私にもわかるんだけど」

「杖を壊さない自信があるなら、最高級の魔石を使った杖を買えば良い。自信がないなら、どんな杖を使ってもそう変わりはしない。好みのデザインを選べ」


 純度最大、混じり気のない正論尽くしの答えであった。

 もうちょっと具体的な値段を挙げた答えを期待していたけど、まぁ、そこまで彼に求めることもないか。


 ちらりと、真横に垂らしたクラインの両手を見る。

 手の中指には金属製の指環がつけられている。


 これがクラインの杖だった。

 指環型の杖。これほど小さな杖でも魔術を扱う手助けになるのだから、便利なものだと思う。

 このジューア魔具店にもいくつかの装飾品のような杖が置かれていて、その中には指環型の杖もあるようだけど、どれもそこそこの値段がつけられている。


「クライン、その指環っていくらくらいするの?」

「何故オレが君にそんなことを答えなきゃならない」

「気になったから」

「……」


 クラインは両手を軽く掲げて、中指のリングを私に見せつけた。


(つか)は銀、導芯(どうしん)は細切れのバァーネイル、導芯被覆はラテマイト、先石さきいしは暗がりの結晶のポリノキ被覆」


 銀以外は全く知らない素材ばかりだった。

 が、私の目に映る銀の落ち着いた輝きと、中央に嵌め込まれた黒い宝石の奥に煌めく血色の不穏な美しさは、ただの指環でないことを私に教えてくれる。


「オレはこの杖に満足しているわけではない。今でこそこいつに甘んじてはいるが、最終的には最上級のリングロッドを購入するつもりだ」

「それも十分高そうだけど……」

「普段の副書や研究は、そのための金稼ぎだ。もちろん、今回のウサギ狩りもな」

「なんでそんなにお金を」


 暗い店内で見るクラインの表情は、どこか影が差したような、深みを感じさせるものだった。

 いつもの澄ました仏頂面とは違う、もっと人らしい感情がこもった……。


「あったぞ、いくつか見本になる杖を持ってきた」


 そうこう話しているうちに、奥からジューアさんが戻ってきた。

 両脇に沢山の細長い箱を抱えた、少々無茶のある姿である。

 “いくつか”とは控えめすぎる表現だ。


 クラインの話は気になったものの、その事は後回しにして、とにかく新たな杖候補を見比べる事とした。




「こっちは、柄は端由(ハユ)25センチ。芯は魔石で三級のタイトストーン。先石はマギタイト2等級3ミリ」


 黒紫色の節目が妖しい、暗褐色のタクト。

 ゆるやかに湾曲した胴に対して逆側に反った持ち手側は厚く、握られた粘土のような手の型が彫られている。

 歪んだ持ち手と緩やかに蛇行する黒紫。どこか不吉を予感させる、魔族の炎のような杖だ。


「こっちの杖は……柄は鉛帽(エンボウ)22センチ、小振りだな。芯は魔石で一級の不感性導体ナツライト、先石はマギタイト2等級2ミリ」


 滑らかな漆黒と強い光沢の、真っ直ぐなタクト。

 緩やかに先細りする曲がり一つ無い一本の杖は、その光沢も相まって、見た目にはまるで石や金属のような硬さを想起させる。

 握ってると、独特の柔らかさや温かみが木製であることを実感させてくれた。

 シンプルな作りながらも実直な姿が美しい、タクトらしいタクトだ。


「これは柄が鑽鏨(サンザン)……32センチ、随分と長い杖だ。芯は魔金でデブリコア、先石はマギタイト3等級3ミリ」


 それまでの二本が曲面から成る滑らかな杖であるのに対し、こちらは随分と角ばった印象がある品だった。

 全体は長く真っ直ぐな作りだが、黒褐色の表面が脆い崖のように荒々しく角張っている。

 濃茶色のまだら模様は、鉄を帯びた岩の涙跡のよう。長い年月を思わせる。

 握れば、ゴツゴツした表面の割に不思議と手の中には馴染んだ。


「最後はこれだ。柄は沈鱗(シヅリ)25センチ、芯は這竜(グランボア)の炭化した腱、先石はマギタイト3等級2ミリだ」


 鱗模様が賑やかなこの杖は、左右に何度も蛇行している。

 全体はさながら小蛇のようで、柄と胴の境界線には金色の蛇の飾りが巻き付いており、他の杖よりも少々高級感がある。

 デザインには秀逸さを感じる。けど、ちょっと悪趣味だ。


「他にも同じ木材を使った杖がここにあるが、どれも実直な直線のタクトばかりでな。最近はタクトの導芯孔も空けられない腕の悪い職人が増えたせいで、ここにあるのはその習作ばかりだ」


 かといって達人はロッドとワンドしか作らないし、とよくわからない小言を呟きながら、ジューアは他の箱も開けてみせる。

 が、彼の言った通り、他の箱にあるのはどれもまっすぐなデザインの単調な杖ばかり。

 木材も良い物だし、それぞれ木目を活かした削り方をしているのは私にもわかった。

 けど、真っ直ぐなだけのタクトには、どこか心が惹かれない。


「どれにする、一本選んでみるといい」

「これ」


 私は悩まずに即決し、一本の杖を指さした。

 岩のような樹肌をした、鑽鏨(サンザン)製のタクトである。


「ほう。女ならそいつは選ばないと思ったが」

「他のも凄く、良いと思うよ。でも私はこれが一番気になったかな」


 細く削りだされた岩のようなタクトを手に取り、左手で強く握りしめてみる。

 赤陳(アカヒネ)よりも遥かに硬い木材だ。

 角ばったデザインに反してそれぞれの角面にしっかりと出された艶が、ただ荒く削り出しただけの杖でないことを主張している。

 そしてその頂に嵌め込まれた黒い魔石は、深い洞窟の深部に安置された宝物のように厳かで、美しく見えた。


「そいつが気に入ったようだな」

「うん」

「良いことだ。杖に対するその気持ちを忘れるなよ。魔術ってのは繊細でな、本人の気の持ちようが、理論を超えて何よりも大事なものなんだ」


 前にも聞かされたことがあるような話だけど、いい話なので黙って聞くことにする。

 クラインは露骨に退屈そうな顔をしているけど……。


 ともかく、私が次に使う杖は決まった。


 赤陳の杖とは突然のお別れになったけど、こっちの杖は折らないよう、丁重に扱うつもりだ。

 これからはそうそう決闘も起こらない、静かな学園生活が過ごせるだろうから。


 静かになるだろうか。いや、ならない気がするな。

 なんとなくだけど。


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