胞002 残留する面影
トロードス領の町並みは、坂や斜面が豊かだった。
高低差が激しく道そのものも曲がりくねっている箇所が多いため、馬車の動きがかなり制限されている。その割に道も広くはないし、しょっちゅう歩行者に横切られなかなか前に進まない。
便利か不便かでいうと、まあ不便なんだろうって町並みだ。
しかし蛇行する坂道や、その斜面にびっしりと立つ建築群は私達の視界いっぱいに広がり、一つ一つの小ささとは裏腹に集合体としての巨大さを感じさせてくれる。
まるで小高い山から街を見下ろしたかのような、目に映る建物の膨大な数。これをまとめて見た時、“田舎だな”とは口が裂けても言えないだろう。
往来の人々は魔道士らしいローブ姿もいるが、台車で荷物を運ぶ人であったり、肉体労働者らしい屈強な体格の男衆なんかも多い。魔道士か労働者かといえば、労働者の方が圧倒的に多い領なのだろう。
クラインの言う“魔道士が弱い”という言葉にも納得だ。この町の住人たちはきっと、そんな事よりも目の前の自分の労働を気にしているのだろう。
段々に立ち並ぶ家々と、そこから高く伸びる煙突の群れを見ればそれはわかる。
職人の家に生まれればその子供は職人を志すように、そもそも魔道士になろうという気持ちそのものが最初から希薄なのだ。
「トロードス邸までの途中に鍋市があるみたいですね。……あ、でも鍋市は混雑するから別のルートを通る、と……なるほど……」
『確かにこの通りは人が多いですなぁ。馬車道もあるようですが、皆あって無いようなものとして横切っている。人が主体の道なのでしょう』
領主の邸宅までは少々迂回するらしい。元々坂道だらけなのでぐねぐねと走るのは仕方ないとはいえ、私達を牽引するコビン達も少ししんどそうだ。
結局、馬車に乗っていてはこの地域を散策するのは不便ということで、私達はまず邸宅への挨拶を済ませることにした。
邸宅までの道のりは物見用らしい尖塔があったり、古そうなブロンズ像が建っていたり、また石材をふんだんに使った不必要に頑丈そうな橋なんかも掛かっていたりと、通りかかるだけでも面白い景色が見て取れた。
肝心のトロードス領主の邸宅周辺ともなれば、なるほど見物するために足を運ぶ価値もありそうなほど立派であった。
意外にも、佇まいだけならばユノボイドの邸宅よりも豪奢である。
「見栄を張る領主だ。適当に挨拶しておけば問題ない」
基本的にクラインは旧貴族に対してあまり良い評価を付けないのだが、トロードスに関してはそれ以上のものがあるように感じた。
まあ、こいつは色々言うけどもさ。私は直に見て判断させてもらうよ。
「ミネオマルタからの修学旅行生とは実に珍しい。理総校の学徒らが物見気分で訪れることは多いが、はるばる首都からとはな。私の名はニカノル=トロードス。ここトロードスの現当主だ。こっちは息子のニコス」
「どうもミネオマルタの皆様。そしてクライン=ユノボイド君。光属性術の件は驚いたよ、おめでとう」
邸宅に到着した後、私達は応接間で当主さん直々の歓待……? のようなものを受けていた。
厳格そうな顔立ちをした、グレーの髪のお爺さんだ。黄色い眼光は値踏みするように私達を睨んでいる。
隣には次期当主となるらしいニコスさんがいるが、彼の方はまだ柔らかい印象だ。こちらは臥来系の黒っぽい髪をしている。元々は当主さんも黒髪だったのだろう。
「私は特異科の担任導師のマコ=セドミストです」
『特異科のライカン=ポールウッドです』
「僕も同じく、ヒューゴ=ノムエルです。他の皆同じ特異科ですね」
「ソーニャ=エスペタルです」
「ロッカ=ウィルコークスです」
「ボウマだじぇ」
「……オレの自己紹介は必要無いでしょう。お久しぶりです、トロードスさん」
「うむ。こうしてユノボイドの息子の方と顔を合わせるのも数年ぶりになるか。見ない間に大きくなったな。それに、特異科か。出自が多様そうな友人達も……」
あ、この目線は覚えがあるな。
ミネオマルタでも感じた、探るような……こちらを下に見ているような目線だ。
ざっと私達を見回して、軽く馬鹿にしているのだろうか。鼻で笑いはしていないものの、それに近い雰囲気を放って隠そうともしていない。
「申し訳ないが、私は政務で忙しくてな。君達の応対は全て息子のニコスに任せている。では、頼んだぞニコス」
「ええ父さん」
私達が“感じの悪い人だなぁ”と思ってすぐ、当主のニカノルさんは応接間を後にした。
残されたのは息子のニコスさんと私達のみ。ニコスさんは扉が閉まってしばらくすると、ふふふと低い声で笑った。
「いや、うちの父さんがすまないね。忙しい人なものだから。……それで、ええと紹介状でしたね」
「はい。こちらになります」
「なるほど、確かに。……ええ、ユノボイドのものに間違いありません。良いでしょう、トロードス領の各所の見学ができるよう紹介状をお渡しします。といっても、観光地として整備されている場所のみとなりますが。宿はこの時期ならば取れないことはないでしょうが、纏まった部屋数を用意できる所は限られますね。“浅瀬亭”にするのが良いでしょう。そこならば連れ込みもやっていないし、女性方にも安全です」
なんか危ない宿とかもあるのか?
さすがに寝る時は安全な方が良いな。遅れを取るつもりはないけど、気を張ってるのも億劫だ。
「トロードス領内は熟練の魔道士部隊が定期的に巡回しているので治安もかなり良い方と自負していますが……町は場所によって少々お嬢様方にふさわしくない通りなどもありますので、夜賑わっているからと軽率に近づかないように。皆美しいレディばかりですからね、危ない事件に巻き込まれてはいけない」
そう言って私やソーニャに目配せしつつ、……私にだけはどこか遠い目をしてみせた後、ニコスさんは最終的にマコ導師にウインクを飛ばした。
気障ったらしい男だなーと私なんかは思うけど、マコ導師は何故か嬉しそうに笑っている。
『では俺たちはこちらの政務を邪魔するわけにもいきませんので、早速町へ繰り出そうかと思います。時間も押しているところですし。さ、参りましょうマコ先生』
「え? はい、そうですね。日が暮れない内に移動しないと。お忙しい中ありがとうございました、ニコスさん」
「おや、もうですか。また何かあればお越しください。次はもっと素敵な歓迎を用意して待っておりますので」
そんな風にトントンと話が進み、トロードス邸でのやり取りは終わった。
ライカンはマコ導師を急かすように席を立たせたが、うん。多分マコ導師にウインクされたのが気に入らなかったとかそういうやつなんだろう。
「当主のお爺さんは感じ悪かったし、その跡継ぎのニコスって人もなんだか軽薄そうな人だったわね」
「まぁ優しそうな人だったじゃん」
「優しいっていうか、あれはねぇ……ロッカ駄目よ、ああいう男についていったりしたら」
「いかねえよ。なんで」
「お酒とか肉とかで簡単につられそうなんだもの」
「そんなんで……大丈夫でしょ、多分」
いやわかんないけどさ。そういうことあったら。
奢ってくれるならどうだろう。……まぁ知らない相手だったら好んで一緒に飲み食いしようとは思わないよやっぱ。
「トロードス領には色町がある。領全体の雰囲気も……奔放だという。ロッカ、わかったな。君の身に一般的な危険が及ぶとは考え難いが、出歩く場合はくれぐれも逸れるなよ」
「わかってるよ、知らない町で迷いたくないし。いざとなったらアンドルギンもあるし」
「……それはそれで扱いに気をつけろ。他領で暴力沙汰は面倒だからな」
大丈夫だって心配性だな。ツルハシは喧嘩に使っちゃいけないんだぞ。やる時は素手でやってやるよ。




