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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第一章 刻む鉄楔

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爪019 煮込まれた牡蠣


「せっかくの食事だ。堅苦しい作法や話し方は無しにしようと思う。皆さん、好きなように食べてもらって構わない。足りなければ追加分もある」


 朝食は見た目からして豪勢なものだった。

 どう豪勢かというと、まずサラダの量からして普通ではない。

 何故サラダの大皿が何種類もテーブルに置かれているのか。“ユノボイド家だから”といえばそれで納得するしかない答えなんだけど、前菜を小皿で済ませる私にとっては未知の風習である。


「普段我が家ではそう肉料理を出さないのでね、実を言えば選ぶのも不慣れではあったのだが……皆さんの口に合うものはあるだろうから、評判の良いものを中心に選んでみたんだ。特に我がユノボイド領では牡蠣の養殖をやっている。オイル煮とフライを是非とも味わってみてほしい」


 ラウドさんはそう言って、テーブルの中央にある大皿を指し示した。

 それはこの長いテーブルの中でも一際目立つ……というよりは、香りが目立つ大皿であった。

 サラダとパン中心のあっさりしたものの中で唯一いい匂いがする場所だ。正直言えば、この皿がユノボイド家の口に合わなくても私は遠慮なくこれを食べてやりたい。


 ここでの作法は、大皿にあるトングで食いたい分だけ勝手に取れというわかりやすい方式のようだ。

 ボウマがフォークで直接食べようとしているのをソーニャが“めっ”している様子を横目に捉えつつ、私は牡蠣……? とかいうやつの揚げ物をとりあえず五個ほど掻っ攫って、ついでにオイル煮のやつも五個貰っておいた。

 あとは薄切りのパン二枚と茹で卵一つ。これでいい感じの朝食になっただろう。


「牡蠣ってなんだっけ……貝……?」


 フライの牡蠣にフォークを突き刺してみると、衣の固さの奥に柔らかな感触が伝わる。

 前に話に聞いた気はするけど、口にしたことはないんだよな。

 そんな私の独り言を聞き取ったのか、隣のクラインが“フン”と鼻を鳴らした。


「二枚貝の一種だ。オレもたまに食べるが、まぁ、それなりに食える味はする」


 クラインが動物性の食べ物の感想を言うのって新鮮すぎて反応に困るな。

 肉料理をクリームさんと同じくらい嫌そうな顔して見る奴の感想だろ? 野菜みたいな味がするのか? だとしたら正直参考にならないんだけど……。


『む。これはなかなか。美味いものですな』

「あら、美味しいですね。身体に良さそうな味がします」


 躊躇っている間にライカンとマコ導師が食べている。不味いものではないようだ。こうしちゃいられない。私も食べてやろう。


「んむ……む……?」


 貝と聞いたからもっと固いものを想像してたんだけど、柔らかい。

 というか、独特な旨味が口の中に溢れてくる。まあ独特ではあるんだけど、文句なしに美味いものだなこれは。特に衣が美味しい。……衣は牡蠣じゃないか? でも衣を含めて美味いんだよこれは。


「んめぇ」

「おお。僕も初めて食べただけど、食べやすい貝だね。随分とでっぷりしてて、見た目はちょっとあれだけど。……ラウドさん。これも養殖されたものなのですか?」

「ええもちろん。波を遮った深い岸辺に専用の網を垂らし、そこに貝の幼体をくっつけて育てたものなんだ。ユノボイドは漁獲量が少ないが、これと帆立貝の養殖のおかげで随分と助けられている」


 オイル煮の方も美味い。もうちょっと塩味つけてくれれば酒に合うな。

 ……うん。最近は宿場町であっさりしたものばかりだったから、久々に美味いものをガツガツ食えて嬉しくなる。


「一度網を上げて、わずかな間だけ湯に浸すんだ」

「へえ、そんなことをするんですか」

「海辺の男の仕事は重い網を引き上げること。海辺の女の仕事は牡蠣の殻を剥くこと。そう言われるくらい、養殖は一つの地域を支える良い産業になってくれた。それまでは理学関連の仕事や農産物に頼っていたが、やはり稼ぐ手段は多ければ多いほど良い」

『ほほう……』


 どうやらユノボイド領では貝の養殖が盛んのようだ。

 私は魚よりも肉の方が好きだけど、脂っこく調理してくれるなら別にこの牡蠣でも良い感じだな。

 二十個くらい食えるかもしれない。


「ちょっとロッカ。サラダも食べなさいよ。ほら」

「え。うーん……わかったよ」


 自分で好きなものを取っても良い食卓だけど、私の食生活を気遣うソーニャの前にはそんな仕組みは些細なものらしい。ああ、脂っこい皿に緑が乗せられていく……。


「……ふふ。皆、よく食べるわね」


 ぼそりと呟くように笑ったのは、ウィスプさんだった。

 彼女は小皿に盛り付けたほんの僅かな食事をちまちまと少しずつ食べている。隣のラウドさんやベルベットさんはそれなりに普通の量を食べているだけに、その違いは嫌でも目についた。


 後遺症、とか言ってたけど。今でも身体の調子は良くないんだろうか。少し心配になる。




「昨日までの長旅、ご苦労だったね。本来であれば皆さんを何日か客人の待遇で歓迎したいところなのだが、修学旅行の一環だ。国からの掛け合いもあるし、観光だけで返すわけにもいかない。今回はひとまず、ある程度クモノス内での仕事に従事してもらおうと思っている」


 食後、私達は食器の下げられたテーブルでラウドさんの話を聞いていた。

 いきなり饗されたりごちそうを出されたりで少し戸惑ったけど、やっぱり私達は修学旅行に来たんだよな。仕事しろって言われると逆に安心できるわ。


「……さて。クラインは知っているだろうが、クモノスはその立地上、理総校からの修学旅行生を受け入れることは多くある。なので今回、皆さん特異科については過去に倣い、各地で簡単な警護任務についてもらおうと思っている」

「ケーゴ任務……ってなんだぁ? ヒューゴ」

「警護任務。セイバーのことだよ。僕たちが来る前にやったような、馬車の行く手を塞ぐガーゼルの駆除なんかもそれに当たるだろうね」

「なるほどにぇ」

「ああ、ガーゼルの一件はクラインから聞いたよ。道中、トラブルも少なかったようで何よりだ。……ただ、ここクモノスではガーゼルを優に超える魔獣が多く生息しているからね。もし万が一トラブルが起きた場合、一人では対処が難しいかもしれないことは覚えておいて欲しい。一応ね」


 ガーゼルよりも強い魔獣が出るかもしれない。

 それは真っ当な忠告であり脅しだったのかもしれないが、私達特異科がその程度で心を揺らすわけもなかった。嫌そうな顔をしたのはソーニャくらいのものだろう。

 けど実際にちょっと強いくらいの魔獣が出た程度でやられる気はしないのだから仕方ない。

 竜までならなんとか頑張って討伐してやるよ。


「ということで、特異科の皆さん。君たち臨時魔道士の最初の仕事は……この屋敷から港まで、我が弟のロアを護衛することだ」

「ロア叔父さんを?」

「ああ。ロアというのは私の弟でね。少々困った奴だが……まぁ仕事はできる男だ。今日は薬の納品のついでに港を視察する日だから、馬車で港まで移動する予定がある。君たちにはそれについてもらい、道中の危険を取り払ってもらいたいというわけさ」


 なるほど。要人警護ってことかな? 旧貴族の家族だからまぁ要人で合ってるよな。

 何も無い街道を警邏するような暇そうな仕事ではなさそうで良かった。


「それと。港についたら是非とも生で牡蠣を食べてみていただきたい。我々も食べる時は生食するのでね。きっとその食べ方も気に入ってもらえるはずだ」


 へえ、生か。生で貝っていうのはちょっと想像つかないや。でも美味しいっていうなら期待できそうだ。


「では、セドミスト導師。こちらの予定表と書状をお持ちください。向こうで何かあればそれを店に見せてやれば問題ないので」

「あ、どうもありがとうございます! 謹んでお受けします!」

「はは、そう緊張されずとも平気ですよ。色々言いましたが、魔獣が馬車を襲うことなど滅多にありませんので。護衛任務の体験だと思っていただければ」


 あれ? もしかして暇そうな仕事なのかこれ。

 ……まぁ安全であることに越したことはないけどさ。


「何もなくては……つまらない、でしょう?」

「ん? なんだいウィスプ?」


 また黙々と馬車に乗って暇するのかとげんなりしていたところ、ウィスプさんの小さな声が溢れた。

 彼女は親指の爪を額にトントンと当てながら、妖しく笑っている。


「何も起こらない護衛任務からは……何も学べない。だから、私はその道中に……襲撃者を仕込んでおきました」

「えっ」


 “えっ”と声を上げたのは複数人いたが、ラウドさんも驚いてた辺りに嫌な予感がするな。


「演習なので、加減はします。が……気を抜けば、それなりに痛い目を見ることでしょう。……襲撃者に警戒しながら、港まで護衛しなさい。それが、まず……最初の、課題よ」

「……ウィスプ。さすがにそれは厳しいんじゃないか……いや、まあ、これはこれで良いのか……」

「うふふ……ウィスプさん。思い切ったわね……?」


 クモノスにきて二日目。

 早速最初に魔道士としての仕事を体験することになったわけだけど……どうやら波乱が起こる事そのものは、既に確定しているようだった。


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