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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第三章 弾ける爆風

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箕001 滞る支度

 ここはとある導師の研究室である。

 といっても、ミネオマルタ国立理学学園の研究室ではない。

 首都ミネオマルタからは遠く離れた秘境にある、濃霧街ミトポワナに建つもうひとつの理学学園だ。


 水国立理学総合学校。

 通称、理総校(りそうこう)

 ミネオマルタの理学学園とは双璧を成す、水国が誇る理学機関のうちのひとつである。


「えっと、理学式の立体構造模型も梱包してー……」


 この日、いつも几帳面に整理されている理学研究室は、棚の中の本や魔導具まで床に引っ張り出され、足の踏み場がなくなっていた。

 未来の理学研究の進歩に関わる重要資料たちの地雷原を巧みに避けながら、一人の少女が入り口の部屋の奥とを行き来している。


「闇属性の反駁理論書は入れたからー……えっとー……」


 少女の足が本と本とのわずかな隙間で立ち止まる。

 大きな紙袋を抱えた身体は、ぐるりと真横を向いた。


「リゲルさん、私だけじゃ運びきれないですよー」

「ふむ」


 部屋の隅の揺り椅子に揺られる人物は、少女の声に反応した。

 今の今まで彫像のように動かなかったその者は、灰色の紙面を広げて重々しく言葉を紡ぐ。


「クシポスの密猟団と思われる三人の遺体が、エクトリア地下の下水道で発見される……か」

「それ関係無いですよね?」


 少女の言葉をよそに、椅子の上の導師は神妙に続ける。


「近年クシポスは乱獲によって生息域を狭めており、真珠細工や螺鈿細工の産業に大きな打撃を……」

「ねえそれ関係ないですよね?」


 灰色の紙面が静かに、厳かに閉じられる。

 秋色の髪の女性導師は、天井へ深い溜息を吐き上げた。


「嘆かわしい……実に嘆かわしい……」

「何がです?」

「……嘆かわしい……」

「うん、流すのはいいですけど、そういうのは何か考えてから言いましょうよ」


 少女は呆れ、紙袋を抱えて部屋から出て行った。

 そして廊下に置いたのか、手ぶら姿ですぐ部屋に戻ってきた。

 まだまだ、彼女の仕事は終わらないのである。


「ねえ、リゲルさん。午前中に荷物まとめちゃいましょうよ。私、嫌ですよ? 荷造りを夜遅くにやるなんて……」


 少女はおさげについた埃を摘みあげ、それを部屋の中に吹き捨てた。

 部屋の持ち主たる彼女は、そんな動作は少しも気にしていないらしい。

 リゲル導師は特徴的な薄目笑いのまま、新聞を折りたたみ、部屋の数少ない足場へとそれを放り捨てた。


「ウィンバート君。私がとある事情によって手先が不器用である事は知っているだろう?」

「それ嘘ですよね」


 棗色の遠い瞳が、天井の隅にあるらしい過去を、じっと見つめる。

 対する少女は、竜の模型標本を楽しそうに組み立てている昨日の導師の姿を思い出していた。


「そう、あれは水国へ旅立つ前の十歳の頃だった……私は故郷の村はずれにある洞窟に立ち寄った際、凶暴な魔族に襲われ、以来この右手の感覚を失ってしまった……」

「だからそれ嘘ですよね」


 リゲル導師の右手が小刻みに震える。

 それを見つめる彼女の目は、あの日、あの時の後悔に満ちていた。


「あれを境に、私はもう、梱包の紐を握ることすらできない……」

「そんなに働きたくないなら、もうクリームさん呼びましょうよ」

「あ、それはやめてくれ。本当に」


 リゲル導師の冗長な小芝居は急遽、打ち切られた。


「でも、クリームさんならこの荷物、すぐに運び出せちゃいますよ? 私から頼めば、このくらいは手伝ってくれると思いますし……」

「スズメ、今回の件に彼女を関わらせてはならない」


 揺り椅子から立ち上がってまで、リゲル導師は念押しした。

 普段は滅多に見開かない瞳を開いてまでの、本気の忠告である。

 それには手伝いの少女、スズメも少しだけ驚いた。


「な、何かクリームさんの過去に触れるような事があったり、するんですか……?」

「ああ、詳しいことは言えないんだが……とにかく、クリーム君との関係が何であれ、彼女には出発の日時などもずらして伝えておくように頼むよ」

「わざわざ嘘を? どうしてそこまで……」

「どうしてもだ」


 話題の旗色が悪くなると、今度はそちらをごまかすように荷運びを精力的に始めた。

 改稿した理論書をまとめ、灼鉱竜の模型標本を手早く箱に収め、机の引き出しからお気に入りのガラスペンなども荷物へ詰め込んでゆく。

 先ほどまでのサボりようからは想像もできない、機敏な動きだ。

 リゲル導師とは、そんな人間なのである。


「ともかくだ。ミネオマルタへ行くのは私と君だけ。それだけは重々承知のうえで行動してくれたまえ。くれぐれもクリーム君に嗅ぎつけられないよう、細心の注意を払ってね」

「はあ……わかりました」


 右手の握力を完治させてテキパキと働く導師の姿に、属性科学徒スズメは適当に頷くことしかできなかった。


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