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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第二章 貫く鉄錐

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擦015 拾われる義腕

 デムハムド鉱山火災騒動の日。

 火災により柱が燃え、岩盤の一部崩落を招いてしまった今回の騒ぎは、鉱山一帯を管理するクロエ家の損失もさることながら、人命の被害も甚大であった。


 死者四十名。怪我人二十九名。

 死者の半分以上は最初の落盤で命を落としてしまった。

 もう半分は、火災によって発生した毒ガスが及ぼした二次被害である。

 鉄国の大手新聞“チェックス”は、もしも火元が坑道の入り口に近い切羽からであったならば、死者は数倍に及んでいただろうと報じていた。




「ロッカ……!」


 ヘイブル=ウィルコークスは、急遽仮設された救急テントの中で娘の手を握りしめていた。

 同じテントの幕下では、瀕死の作業員が大勢、簡易ベッドの上で寝かされていた。


 火傷、ガス中毒。症状は様々だ。

 普段は威勢の良い男の作業者達が横たわり、か細い息で命を繋いでいる。

 しかし、その中でも一刻を争う致命傷を負った少女がこの中に居た。


「うぁ……ぁああ……!」


 喉の奥から擦り出されるような声は、大声では表現しきれない悲痛な叫びの色であった。

 彼女の右腕は肘の先から断ち切られ、大きな傷口は鋸で切ったように荒々しい。

 傷口付近にきつく結ばれた縄によって出血だけは防がれているものの、幼い少女が背負うには、あまりにも大きすぎる苦痛だった。

 意識は辛うじて保たれているものの、それまでの大量の失血と軽い火傷が、少女の体力を確実に奪っていた。

 過酷な作業後の疲労した肉体であることも祟っているだろう。


 傍で立ち会う父のヘイブルも、息をつく度に軽く痙攣する娘の姿に気が気でない。

 何度目かもわからない救いの手を求め、近くを通った救護係に縋りつく。普段の彼からは想像もできないほど弱々しい姿であった。


「おい、処置……処置を……!」

「ロッカには最善を尽くした! これ以上はもう、無理だ……ツキミソウも切れた。痛みはもう、耐えるしかねえよ」


 痛み止めとして備蓄されていたツキミソウの実は今日だけで使われてしまい、今ここで寝かされている負傷者は、生の痛みと闘うことを余儀なくされていた。

 その中でも特に、ロッカが耐える痛みは群を抜いていた。

 隣の簡易ベッドで倒れ伏す大やけどを負った男さえも、ロッカの声にならない叫び声には、自らの痛みさえ忘れて目を閉じるほどであったという。


「何か痛みを消す方法は……頼む、このままじゃロッカが、耐えられねえ。なあ、頼むよ……」

「痛み止めが無いんだ、頼む。俺も辛いんだ。耐えてくれ」

「何もできねえってのかよ! なあ、何かあるんだろう!? 頼むよ、もっと探してやってくれよ!」

「あればとっくに使ってる!」


 縋るヘイブルに、ついに救護係も声を荒げた。

 床に散乱したひっくり返った引き出しを指さし、捲し立てる。


「俺も辛い! だが、無いものは無い! 二つ隣のヤマまで走っても、ツキミソウの実はもうどこにも無いんだ!」

「……代用に、なる、ものは」

「……ねえよ」


 救護係は火傷用の軟膏を適当な薬草軟膏に混ぜて何倍にも薄めながら、歯噛みするしかなかった。


「すまない」


 陶器の中で軟膏を混ぜる音だけが、遠くの悲鳴を背景に寂しく鳴り響いていた。


「……」


 小さなうめき声を出し続ける愛娘の痛みを和らげるものがここにはなく、どれだけ自分が声をかけてやっても効果は無い。

 父親からの励ましの声すら届かない、深い苦痛の中に取り残されたロッカ。

 岩を突き崩すことしか能のないヘイブルは、七年前と同じ無力を味わうのだった。


「……何かあるはずだ、痛みを和らげるもの」


 それでも、何もできなかった七年前とは違う。

 生存が絶望的であろう火中に飛び込み、娘の命を救い出すことができたのだ。


 諦めなければ、気づいてやれれば、まだ娘を助けてやれるかもしれない。

 死に及ばせるほどの苦痛を和らげる筋道を、ヘイブルは辺りから探り始めた。


 大きな救護用の仮設テント。仮設の簡易ベッド。

 台車で運ばれてきた詰所の薬品棚はすでに空。

 薬品以外の雑多なものは下に散らばっている。

 その他は、ここには何もない。


「……いや、待てよ」


 詰所へ押し入って打開策を探ろうと右足を踏み込んだその時。

 ヘイブルは不自然な姿勢のまま立ち止まった。


「これなら……」


 視界の隅に異物が転がっていたことに気付いたのだ。

 彼にはそれが、娘を救う僅かな希望を湛えているように見えた。


「お、おい! これ、使えないのか!?」

「おいヘイブル、いい加減に……」


 ヘイブルが取り上げ、救護係の眼前に差し出したのは、金属製の義腕であった。

 部分機人用の、人と同じ関節が備わった、赤錆色の義腕。

 大事故で腕を失ってしまった作業者のために用意されていた、長らく棚の隅に追いやられていた品である。


「……部分着床(ぶぶんちゃくしょう)、体の一部を機人とする技術……それなら……」

「再起不能の大怪我を負った奴が機人になるのは珍しい話じゃねえ。なら、ロッカにもできるだろ!?」

「俺もある程度の技術はある……全機人でなけりゃ、着床できないこたあ、ねえが……」

「機人化すりゃあロッカの痛みは引くんだろう!?」

「そう、だが」


 義腕を手に詰め寄るヘイブルは、今の娘の痛みを少しでも和らげてやろうと必死だった。

 救護係の男も、彼ら親子と無縁ではない。ロッカを助けようとする気持ちは変わらず強い。その点で言えば、ヘイブルの差し出した案は乗っかりたいものだった。


「だが……」


 救護係の男は躊躇った。

 ヘイブルが拾い上げたこのヤマ唯一の義腕は、長年放置されていたせいで品質が落ちている。

 もともと古い品であるせいか作りも大雑把であるし、作業者向けの義腕であるためかデザインも不格好だ。


 何より、義腕のサイズである。

 ベッドの上でもがき苦しむロッカは、まだ身長が伸びている成長期の子供だ。

 成人男性、とりわけ過酷な作業場で働く者を想定して作られたであろうこの義腕では、決してサイズが合わず、非常に重い。

 この先ロッカが成長し、義腕と生身の左腕の長さが揃ったとしても、腕そのものの太さや大きさは決して追いつけないことは、見るに明らかだった。


 ロッカは父親に似て頑固で、ヤマの子供の中でもガキ大将を張れるほどのお転婆であるが、今はまだまだ、女として将来のある可憐な少女だ。

 そんな彼女に鋲だらけの無骨な義腕を着床させる勇気が、彼には無かった。

 そう。


「ぅ、あ……」

「……!」


 痛みのあまりに肩に爪を立て血を流す、ロッカの姿を見るまでは。


「……この義腕をつける。良いんだな、ヘイブル」

「ああ、頼む! お願いだ!」


 この日、半人前の着床師でもあったヤマの救護係によって、ロッカの失われた右腕は復活した。


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