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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第二章 貫く鉄錐

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擦007 倒れる柱

 私はクラインと期間限定の師弟関係を結んだ。

 ギブアンドテイクだ。私はナタリーに勝つための魔術や方法を教わり、代わりに私はクラインの色々なことを手伝う。

 ここ数日追加学徒指令で養ってきた奴隷根性からしてみれば、ちょっとやそっとの手伝いでは私は動じない。元々故郷の仕事のほうが過酷だったし、むしろ良い運動にもなる。


 決闘までの猶予は残り僅かで、あと九日。あとたったの九日だ。

 「じゃあ明日から頑張っていこう」などと悠長な事は言ってられない。

 行動は即日だ。善は急げ。講義が終わってすぐに、私達は動いた。


「どうコソコソ動いたところで、オレ達が一緒に行動している事はすぐに外へ漏れる」


 廊下をゆくクラインの猫背を追う。

 行き先は聞かされていない。とりあえず来い、との事だった。

 外へ出て演習場で修行でもするのかと思ったが、外へは行かないらしい。

 私達は学園のどこか一室を目指しているようだ。


「戦術が命だ。戦術には絶対の秘密を保て。良いな、ウィルコークス君」

「うん」

「相手はナタリーだ。意表を突かず正攻法で勝てると思うなよ」

「わかった」


 埃っぽい扉が開かれ、私はそこへと招かれた。


 薄暗い中は、沢山の物に囲まれて窮屈だった。 

 基本的に置かれている家具はいくつかの本棚と机だけなのに、机に山積みされた資料や器具が、床に積まれた雑多な品々が、歩くための隙間すら阻んでいる。

 ずぼらな変態理学者の研究室。浮かんだ印象はそれだった。

 こんな中でもクラインは慣れたもので、低い本を跨ぎ、物を踏まないように奥へと進んでゆく。


「ここで訓練?」

「まさか。ここで行うのは簡単な身体検査だよ、ウィルコークス君」

「え? うわっ」


 身体検査。

 その語感に硬直した私は、足元の本の山を崩してしまった。

 崩れた物に埋まった足首は簡単に引き抜けそうにない。


「なに、痛くはしない。リラックスしていればすぐに終わる」

「ま、待てよ。私に何する気なんだよ」


 クラインの意図不明な冷たい目が、逃げようにも足場の悪さに身動きが取れない私を狙っている。

 ごちゃごちゃした床を一歩ずつゆっくりと、しかし確実に踏みしめながら、クラインが手を構えて近づいてくる。

 目は狩人のように冷静で、一切の躊躇いを見せていなかった。


「君はナタリーに勝つためなら何でもするんだろう?」

「へ、変なことしないって言っただろ!?」

「ああ、オレはちっとも変だとは思わない。このくらい当然の事だと思っている」


 クラインを信じたことを後悔しかけた時、ついに彼の手は私に触れた。


「……!」


 目を閉じた私は、小さく小動物のように縮こまるだけ。

 迫る手には、抵抗することもできなかった。


 ひんやりとした感触が、頬に触れる。


「良し」

「よ、良し?」

「だから、何を怖がっている。それを受け取れ」

「え?」


 恐怖に瞑っていた目を開けると、クラインは私の頬に何かを差し伸べていたようだった。

 紙だ。丁度手に収まるくらいの、艶々とした一枚の厚紙。


 薄っぺらな、頬に当たるその紙を手にとって眺める。

 紙には指導書の中でもよく見るような、複雑怪奇な理学式が細かく描かれていた。


衝紋(しょうもん)記録紙だ。生物の強い魔力に当たると反応し、衝紋を描き出す」

「……」

「傭兵ギルドならまとめて買うこともできるが、それでも割と高価でな。オレの自作だ」


 ……どうやら私は恥ずかしい思い違いをしていたようだ。

 手の中の魔法陣をじっと眺めて、紅潮した身体を冷ますことに集中しよう……。

 その間にクラインは更に部屋の奥をまさぐり、何かを探しているようだった。


「な、なあ。クライン、これって私の、えっと、楯衝紋(とんしょうもん)ってやつだよな」

「そうだ。君の魔力に感化したエコータイト皮膜が、ナツライト皮膜を弾いて衝紋を映し出している」

「エコ……ナツ……?」

「楯衝紋は全ての生き物で変わってくる。楯衝紋はこの地球上で唯一無二の生物である証。そいつを詳しく調べてみれば、君の特異性が現れているはずだ」


 渡された紙をもう一度よく眺めてみる。

 細かくびっしりと描かれた、目も眩むような幾何学模様だ。

 中央から大きな円形を広げ、模様は外側までも果てしなく続いている。

 紙の端は白くぼけていて見えないが、きっと衝紋という模様は、どこまでも続いているものなのだろう。


 特定の魔術を発動させる理学式を、更にその上に何個も上書きしたような、この楯衝紋。

 生まれ来てからずっと変わらない模様ではあるけれど、私はこの模様と長く付き合っていくのだろうと。言ってみれば変なことだが、実際にそう思った。




 ゴミなのか大切なものなのか、とにかく物という物で溢れかえる研究室の一角をブーツの側面で掃き、スペースを作る。

 なんとか私の分の椅子を置き終えた私は、ようやく机を隔ててクラインと対面した。

 静かに光る眼鏡のレンズが眩しい。


「さて、まずパイク・ナタリーへの対策、その基本方針を説明するわけだが」

「うん」


 机に散らばる本を並べ替えながら、クラインは重みなく口を開く。


「魔術投擲は諦めろ、時間が足りない」

「えっ」


 私は椅子から飛び跳ねそうになるのをなんとか堪えた。

 しかし驚きの衝撃はそれだけに収まるものではない。

 魔術投擲を諦める。それは、私の中では戦闘を放棄するに近いものだったからだ。


「そ、それじゃあ今の私には、岩を出して落とすくらいしかないんだけど……」

「だから新たな魔術を覚えてもらう」

「!」


 一冊の本が開かれた状態で差し出される。

 ページは茶色っぽく変色しており、紙の端がボロボロになるほど使い込まれていた。

 見開きの半分近くは大きな論理式が細かく書き込まれ、その脚注が更に小さな文字であちこちについている。

 ぱっと見ただけでも見たことのない記号が沢山あるので、すぐに難解なものだとわかった。


「術は“スティ・ラギロ・アブローム”。あまり使われないが、鉄の初歩的な魔術だ」

「す、スティ、ラギロ……」

「魔術投擲を使わない術だが、使い方次第では距離が離れた敵を攻撃できる」

「! 本当?」

「ああ。だが理学式はしっかり隅々まで覚えておけ。適当に発動させると、尋常でない量の魔力を食うからな。講義時間も有効活用しろ」

「おお……」


 聞く限りでは、ものすごく派手そうな魔術だ。

 新しい術。なんだか魔道士っぽくて、その気になってきたぞ。

 私が論理式に食いついている間にも、クラインは次の本を取り出す。


「オレが知っている限りでは、その本にある理学式が一番正確だと思っている。基本はそれで覚えればいい」

「理学式が正確に描かれていないなんてあるの? 指導書なのに」

「魔力は目に見えないからな。そもそも、実際魔術というものは平面で表せるものでもない。術に関して言えば、初等術ですら指導書でもおおまかな予想、論理で式が描かれているというのが、現状だ」

「へぇー……結構適当なんだ」

「可能な限り正確、ではあるんだがな」


 私が適当な指導書を読んで、適当なイメージを浮かべても発動するくらいだ。魔術というものはかなりアバウトなのだろう。

 私が小さな石しか生み出せなかった頃は、詠唱すらしていなかったのだし。


「だがそこにあるのは第五環陣までで、それ以上の式が省略されている。しかし魔術の理学式に果てはない。突き詰めれば突き詰めるほど術は正確に発動し、魔力の消耗は抑えられる。それと一緒に、こっちの資料も併せて覚えておけ」

「うえ、うええ?」


 あと九日で覚えなきゃいけないのかと唾を飲んでいる最中に、新たな資料が差し出される。

 そちらは更に複雑な紋様で、じっと見つめるだけで目が回りそうになる。


「こ、これ覚えるの? 私が?」

「そうだ」

「九日で? これを?」

「ああ、あと他にもある」


 眩暈がしてきた。まだあるっていうのか。


「こっちの本にも目を通しておけ。“パイク・ナタリー”相手なら役に立つだろう」


 渡してきたのはまた分厚い本。

 これをただ読むだけでも、九日で読みきれるかどうかが怪しいものだ。ただでさえ私は読むのが遅いのに。

 黒く固い表紙の中央にある小さな題は、“魔術の回避”とある。


「鉄魔術、特にナタリーが撃ってくる針状の術に当たれば、上級設定の保護でも一、二発で敗北となるだろう。鉄と岩が撃ち合っても勝敗は見えているしな。避けを念頭に戦うためにも、読め」

「……なるほどね」


 ナタリーは純粋な鉄の魔術。

 私も得意とするのは鉄属性だけど、特異性のおかげで岩になってしまう。

 鉄と岩のどっちが勝つかなんて、そんなのこの学園では私が一番良くわかっている。

 なるほど、私は色々な面でハンデを背負っているってことか。


「残り九日、この本たちをしっかり読んでおかないとな……」


 読み慣れていない、難しい、そんな事で甘えていられない。

 ハンデがあるなら、それを覆してやらなきゃいけない。

 勉強は苦手だけど頭に叩きこんでやろう。


「ああ、それと」

「まだあんの!?」

「次は外だ。早速今渡した魔術の実践をやるぞ」

「……」


 そ、そうだ。明日からやるんじゃない。今日からやっていくんだ。

 甘えない、甘えない……。

 でもさすがにちょっと早すぎないか。まだ全然覚えていないってのに。




 次の行き先は外らしい。

 外でやると言えば、広い屋外演習場。

 と思いきや、クラインが目指す場所は更にその先のようだった。

 私は与えられた三冊の本を抱え、クラインの猫背を追う。


 夕陽は雲に阻まれ、燃えるような眩しさを消していた。

 僅かに赤ぼんやりした空はほとんどが寒そうな色で、今にも崩れそうだった。

 雨が降るかもしれない。

 そんな心配をしながら、学園の敷地内の林へ進むクラインを追った。

 学園には、まだまだ私の知らない施設が多い。

 屋外演習場の先にある、整った林の向こうもまた、そうだった。


 木々を抜けると、いくつかの小屋とその中央の広場に出た。

 広場は平らに均されてはいるものの、屋外演習場ほどの広さはない。

 林に囲まれた不自然な平地。そんな印象だった。


「なにここ」

「魔具科がゴーレム製作のために使う広場だ。小屋の中に専用の材料置き場や、地下室への入口がある」

「へぇー」

「ゴーレム制作はほとんど魔具科しかやらないからな。属性科の目を離れて練習するには、ここが一番だろう」

「ああ、なるほどね」


 私の九日間の特訓は、なるべく人目につかない場所でやりたい。

 正攻法ではナタリーに勝てないのだ。

 情けない話だが、戦術がバレるだけで、ただでさえ低い勝率が、がくりと更に落ちてしまう。

 これからは目立つ屋外演習場ではなく、ここでやっていくことになるのだろう。


「さてウィルコークス君。まずは君の楯衝紋を見せてもらおうか」

「さっき私から録ったやつ?」


 本の間に挟んでいた厚紙をクラインに渡す。

 それを奪うように受け取ると、クラインは悪い目つきを更に細めて凝視した。

 しばらく私の楯衝紋を眺め、肩を揺らしながら何かを考えた後、何かに納得したらしく「ふん」と鼻を鳴らした。


「なるほど、確かに鉄属性を司る環陣が珍しい形をしている。詳しくは理式科の導師に見てもらう必要があるが、重篤な特異性を持っている事は間違いない」

「重篤って……」

「ふん、オレはヒューゴのように特異性を個性だとは思っていない。あくまでも特異理質は人間の欠陥だ」


 クラインは私が聞く前にはっきりと断言した。

 なにか思うところがあるのだろうか。


「まず、オレが先に手本を見せる。だが当然だが、鉄と岩では強度が違う。オレと君とでは、実践において明らかな差が出るだろうが、それを踏まえた上で見るように」

「うん」


 これからクラインが魔術を披露するようだ。

 広場のより広い場所に立ち、曲がった姿勢を正している。

 掌をすっ、と正面に構え、眠そうな目は水を浴びたように覚めていた。

 珍しい彼の表情に気付かされると共に、私は彼の構えのおかしさにも気付いた。


「あれ。クライン、杖は?」

「オレの杖はこの指輪だ」

「指輪?」


 クラインは両手の中指に指輪をはめていた。

 棒状の杖ではないらしい。


「君の物覚えがいくら悪かろうとも、やるのは一度だけだ。よく見ていろ」

「うん」


 息を呑む一瞬。

 この直後に数秒の間を空けるのが大体のお約束なのだろうが、クラインは私の緊張の合間などは少しも気にしないようで、すぐさま魔術を使ってみせた。


「“スティ(鉄よ)ラギロ(隆起し)アブローム(柱となれ)”」


 クラインは魔術を発動させる一瞬だけ、地面に屈んだ。

 掌を地面に当てて詠唱したのだ。


 すると式に魔力が通うわずかな発光の後、手を当てた土から黒い塊が勢い良く空へ伸びた。


「わっ……」


 ぐんぐん、と一気に伸びて、すぐに周囲に林立する木々と同じくらいの高さにまで育ってしまった。

 それは黒い鉄の柱。

 円柱状の、それこそ幹のような太さの、立派な柱である。


「“スティ・ラギロ・アブローム”は大地から発動する鉄魔術だ。巨大な鉄柱を生成する」

「ほほー……でもこれ、すごいのはわかるけど柱だし……」

「つまり、こう使うんだよ」

「え?」

「ふんっ」


 クラインの右足が柱の前に突き出され、そして素早く後ろへ引かれた。

 勢い良く戻された踵は鉄柱の根本の土を掻き、根本をごつん、と叩く。

 今の足の動きは人に足払いをかける姿に似ている。

 つまりこれは、そういうことだった。


 根本の土を崩された鉄柱がぐらりと揺れて、私が「あっ」と声を上げる間もなく、黒い影はクラインの前方へと倒れた。

 鉄柱倒壊の超重量の衝撃に土は凹み、砂埃が舞う。


「……すっげ」


 土色に霞む視界に思わず咳き込んでしまった。


「鉄柱を……いや、石柱を出して、そいつを倒して攻撃しろ。今のはオレの身体強化が入っていたが、岩なら強化なしでも倒せるだろう」

「な、なるほど……」


 確かにクラインがやってみせた方法なら、魔術投擲は必要ない。

 魔術を発動させると同時に、既にそれが相手に届くリーチを持っているのだから。

 有効範囲は私の魔術の出来次第だが、これは長ささえ足りていれば威力もありそうだし、なかなか現実的なんじゃないだろうか。




 広場を一文字に占有する鉄柱は邪魔であったか、クラインはそれを消すために再び魔術を使うと言った。

 彼がまた姿勢を伸ばしたので、私も緊張して距離を取る。


「“スティ・ボウ(いでよ鉄銛)”」


 軽く振った手の中に鋼鉄の銛が顕れ、それは手の勢いのまま、横倒しの鉄柱へと放たれた。

 鋭い銛先は鉄柱の中央に命中し、ガチンという硬い音が辺りに響く。


 クラインはただ鉄の銛を投げて、鉄柱に刺しただけ。

 それだけで広場に無駄な鉄が増えたかと思いきや、巨大な鉄柱は今の一撃によって、命の灯火でも狩られたかのように、ふっと煙に巻かれて消え去ってしまった。

 後に残った細い鉄の銛も、その後を追うようにしてフワリと消え去ってゆく。


「あれ? それ刺しただけで消えちゃうの?」

「鉄柱の術の芯を傷つけた。アブローム自体も柔くしていたし、中心さえ射抜ければ難しいことではない」


 鉄の魔術には芯というものがあるらしい。

 魔術投擲のページにも載っていた事だ。術を構成する中心で、それが少しでも傷つくと全体を保てなくなるのだとか。

 私は自分で魔術を使ってて芯なんて気にしたことがない。


 ……だからいつまで経っても、魔術投擲ができないのかな?


「君には万が一にも、ナタリーの術の芯を傷つけて破壊することはできないだろう」

「相手は鉄で、こっちは岩だしね」

「そうだ。だから今回は、相手の魔術を破壊する事については気にしなくていい。鉄の術は頑丈だが、時間経過で蒸発してゆく事は他の術と変わりない。壇上に相手の術が残っていても、無理に打ち消そうとは思わず、じっくり待つんだな」


 悔しいけど、そういうことなら仕方ない。

 相手の魔術は防御することも、打ち崩すこともできないのだから。

 当日は本当に、避け以外の対抗手段は取れなさそうだ。

 身体強化もできないから、せめて敏捷性を高めるために地の足腰を鍛えておこうかな。

 脚が太くなるのは嫌だけど……。


「じゃあとりあえず、ウィルコークス君。早速アブロームを発動させたまえ」

「え、今?」

「どうせ精神力なんてすぐに回復する。魔術は実践で使用感を覚えるのが一番の近道だ」


 とりあえずやって覚える、ということか。

 まぁ私自身も、どっぷりと座学で知識を蓄えてから、という柄でもない。

 体当たりにやっていくのは嫌いじゃない。駄目で元々でやってみるとしよう。

 もちろん、術を発動させるためにある程度の理学式を覚えてからだけど……。




 数分だけ理学式とにらめっこして、いざ実践へ移る。

 図式を睨む私の横で、クラインがじっとこちらを見ていた。

 こういうことをされると暗記に集中できないのでやめてほしい。こればかりは、私のわがままではないはずだ。


 さて、現状ではそもそも発動するかが怪しいところではあるけど、失敗して暴発するものでもないだろうし、とにかく挑戦だ。


「当分の目標は、十メートルの石柱を作る事だな。理想は初期位置の間合いをカバーする二十メートルだが、それはどうせ無理だろう。太さは気にしなくていいから、まずは限界まで伸ばしてみるんだ」

「太さよりも長さか……」

「どうせ石でも鉄でも、倒れこんで頭に当たれば一撃だからな。長さを優先する」

「たしかに」


 太くして相手を押し潰すのもありだけど、闘技演習場ではそんなことも必要ないだろう。

 そもそも材質は岩なのだし、ある程度の重さで倒れかかってくるのだ。コップくらいの太さでも、充分に致命傷を負わせられるはず。




「さて……いくよ」


 この魔術が、私が始めて修得する遠距離攻撃になるわけだ。

 ナタリーを倒すための唯一の手段である。

 望み薄な第一回目だけど、はりきっていこう。


「“スティ(鉄よ)ラギロ(隆起し)アブローム(柱となれ)”!」


 赤陳のタクトを土に差し向け、呪文を紡ぐ。

 杖の先石が薄く光り、私の魔術は発動した。


 ゴン、と鈍い音と共に、土から石柱が伸びる。

 土を突き破って伸びるのではなく、土の表面を基点に成長するように。


 私の魔術は石柱を発生させた。

 が、それはクラインの発動させたものとは比べようもなく、劣悪な出来栄えだった。


 太さは腿くらいで、クラインの生み出した鉄柱よりも細い。

 肝心の長さはさらに短く、私の身長に届くか届かないか程度。

 石柱というよりも、石杭と言った方がしっくりくる物体だ。

 わかってはいたものの、かなり粗末な処女作だ。


「……ふー」


 その上、単語一つで発動する岩生成魔術(ステイ)を遥かに超える強い疲労感のおまけつき。

 小さな石柱を出すだけの術にしては、あまりにもリスクとリターンの釣り合いが取れていないように感じる。

 これが効率の悪さというやつなのだろう。身を持って覚えた。


「最初はそんなものだろうな」

「そ、そうなの?」

「理学式もろくに読ませていないんだ。とりあえず、最初はこれだけできれば充分だろう」


 今のは、私は褒められたのかな。

 相手はクラインだ。よくわからない。




「あ、そうだ」


 自分が作った岩をつぶさに観察するあまり、肝心なことを忘れていた。


 私の闘い方では、岩を投げる代わりに岩柱を倒すという行為をしなければならない。

 作った石柱を素早く倒す動きは、そのまま私の攻撃の速さにも繋がるだろう。

 なので、今回生み出した小さな石柱は未完成のものではあるけど、せっかくなので蹴り倒すことにする。

 何事も練習だ。


「実用に足るサイズは五メートル以上からだな。そのサイズでは頭にすら当たらないが……」

「まぁ良いじゃん、倒させてよっ……と!」


 自分で生み出した石柱に足を掛け、そのまま体重をかけて蹴押す。

 小さな石柱は容易く私の脚力に服従し、ぐらりと揺れて土へと倒れこんだ。


 ゴキン、と鈍い音を立て、石柱は真ん中から真っ二つに砕け散った。

 自分で生み出したものとはいえ、このためだけに作られたことを想うと、ただの岩でも少し、哀れな気持ちになる。


「……」

「まぁ最初だしね。今夜は術の理学式をよく覚えて、明日はもっとすげーの出してみせるよ」


 土の上に散らばる石片を見つめて、クラインは押し黙っていた。


 ……初回とはいえ、もっと大きな石柱を出せなきゃまずかっただろうか。

 指導する価値ナシとか、思われてないだろうか。

 こんな入口で見捨てられるのは嫌だな。


 私がクラインの腹の内を心配していると、しかし彼から意外な言葉を掛けられた。


「……おい、ウィルコークス君、どういうことだ」

「何?」

「何故、君の石柱は、砕け散っても消滅しないんだ」

「え?」




 クラインは頬に汗を垂らしながら、地面を見つめていた。

 茶けた土の上には、私が生成したネズミ色の岩の破片が、あちこちに散らばっている。


 彼は土に膝をついて、私の魔術の残滓を漁り始めた。

 散らばる石片を拾い上げ、手の中で握り砕く。

 柔い小さな石は容易く壊れ、砂となって消えていった。

 自分の魔術をもりもりと握りつぶされる様は、傍から見ていてどことなく、嫌な意味でむず痒い。


「粒子になってようやく消滅、か」

「私の魔術、何かおかしい?」


 特異性と名がつく程なのだから変な所があって当然なんだろうけど。

 クラインは再び私の楯衝紋を記録した用紙を取り出して、親の仇のように強く睨みつける。


「オレも専門家ではない……詳しく調べなければわからない事だが……鉄の他に、水属性の環陣にも特異性があるのかも」

「え」

「水の特異性というよりは、水属性の一部性質にも侵食していると言うべきだろうか」


 それはまずいことなのか、喜ばしいことなのかがわからない。

 当事者でありながら、端へ置いてきぼりにされた気分だ。


「いや、これは良いことだ」


 クラインは長く考えた後にそう結論付けた。


「ウィルコークス君、これは嬉しい誤算だ。君の魔術は完全破壊の難しいものであることが判明した」

「完全破壊が難しいって?」

「今、君は石柱を倒して砕いてみせただろう。その破片をオレが砕いた。それでも小さな粒子になるまでは、君の魔術のかけらは残り続けていた」

「うん」

「普通なら、魔術は一刀両断にされただけでも全消滅してしまうものだ」

「そうなの?」


 クラインが言うには、魔術を構成する核、魔術の芯を傷つけられてしまうと、どんなに巨大な魔術生成物でも崩壊してしまうのだという。

 たとえクラインが全長五十メートルの鉄柱を生み出したとしても、先ほどのように柱の中心を傷つけられれば、全てが崩れて消え去るのだとか。


 それに対して、私の魔術は消滅することがない。

 蹴倒して真ん中からぽっきり折れようが、その砕けた片方を踏みつけてさらに砕こうが、砂状になるまでは消滅することがない。


 私が魔術でつくり出す石や岩は、時間と共に氷のように、空気中へと溶けて消える。

 それは健常な人の鉄魔術でも同じことだけど、私の場合は自然消滅にかかる時間が異常に長くなってしまうようだ。


「ウィルコークス君。君の魔術は環境侵食戦に有利だ。何故か。魔術と魔術のぶつかり合いにおいては対消滅が起こるからだ。芯の存在のために環境戦に不向きな鉄魔術だが、君の場合は芯の存在があやふやで、そのため非常に粘り強い」


 彼は灰色の石を手中で遊ばせ、熱弁を続ける。


「君は長期戦に有利だ。術を使えば使うほど有利になる。環境が君の術で埋まってゆくからだ。そこでは襲い来る水流も、延焼する業火も力を弱めるだろう」


 石が私へ投げ渡される。

 咄嗟に受け取った灰色のつぶては、相変わらずみすぼらしい。

 でもこれが、クラインに言わせるととんでもなく、良いものなのだとか。

 これは私の思い出が創りだした、故郷に打ち捨てられた何の変哲もない石なのに。


「とはいえ、パイク・ナタリーにはポリシーがある。奴は鉄魔術以外は使わない」

「そうなの?」

「奴は他にも水属性、火属性、雷属性も扱えるはずだ。闘技演習で見たことはないがね」


 つまり四属性も扱えるということか。流石はAクラス。

 暴力的な雰囲気で、頭が良さそうには見えないのに。


「ウィルコークス君。環境戦であれ決闘であれ、物量だ。今の君は、とにかく石柱の高さと量を鍛えなくちゃいけない」


 こうして、私の九日間の方針が決定した。


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