擦006 嘲笑う神童
属性科の講義室や演習施設が集中する第二棟。
中央第一棟の正面から見て右隣の棟である。ここは“属性棟”とも呼ばれ、科の中で最も学徒数の多い属性魔術系の施設が集中している。
第二棟の属性科の学徒達は普段から物静かで、波風を立てず大人しい。そして誰もが例外なく、座学、実技において、魔術の分野で優秀な者達だ。
彼らは優秀である事を鼻にかけない。
自分の周りも同じくらい優秀であるため、鼻にかけている暇などはなく、気が抜けないのだ。
この学園は水国の理学機関の頂点。
学園に入学しただけでも相当の箔がついているが、頂点のより高み、更に輝かしい場所が目の前にあって、それを諦められる者はいない。
彼らは何気ない顔で友人との交流をしているかに見えるが、内心では一歩でも自分が先んじようと、出し抜こうという野望を潜めている。
何故彼らの競争心は高いのか。
それは、彼らが卒業後の杖士隊への入隊を狙っているためであろう。
杖士隊。
それは、水国が誇る最大の魔術武装組織であり、全ての魔道士が憧れる魔道士軍団。
強力な魔術を難なく操るエリートのみが入隊を許された、様々な花型任務を担当する特殊組織である。
竜討伐、防衛討伐。絵の中のような大きな闘いを生業とし、水国中を駆け回り、平和を保全する名誉ある部隊。それが杖士隊である。
杖士隊員には水国の首都への永住権と、目が眩むほどの給金が与えられる。
それだけでも魅力的だが、他にも国内における警察権。通行権。乗船権。討伐権。挙げればキリが無いほどの優遇を受けられるのだ。
この役職が目の前にぶら下がっていて、必死にならない者はいないだろう。
しかし、ここは狭き門である。
属性科の学徒は六学年がA、B、Cのクラスに分けられている。
Aがミスイやイズヴェルを筆頭とし、ナタリーなどを含んだ最優秀学徒のクラスであり、BやCはその下に位置するクラスである。
杖士隊に入隊する資格を持つ者は、六年の在学期間中、五年以上をAクラスで過ごし、Cクラスの在籍経験がない者に限られる。
杖士隊を狙う者は皆、Aクラスにしがみつこうと必死になるし、逆に一度でもBに落ちた者は、再びAクラスに返り咲こうと、もっと必死になる。
杖士隊に入る機会を逃した者にとっても、他の優良魔道職を狙うためにもAクラスの在籍経験は見逃せるものではない。
属性科の熾烈な競争は一年中続いている。
彼らは常に身近な友人を敵視しながら過ごしているのだ。
属性科学徒の熱意、とりわけ他者との競い合いへの意識は強く、表には出さず静かだが、凄まじい。
だが、そんな彼らの第二棟の様子が、今日だけは朝から違っていた。
「聞いたか、パイク・ナタリーが決闘する話」
「例の殴った女でしょ?」
「ああ、特異科のロッカっていう子だ」
廊下を歩く学徒達は、知り合いとすれちがう度にそのような話題で盛り上がっていた。
ナタリーの取り巻き連中に聞かれまいと小声ではあるが、誰もが口々に話す事だ。遠くからでも噂は耳に届く。
「クックック、いやぁ、広まってんなぁ」
話題の中心人物であるナタリーは、中央ロビーの噴水の縁に腰掛けてけらけらと笑っている。
どこからでも聞こえてくる噂話が面白くてたまらないのだ。
「命知らずな奴も居たものよね……特異科なのに」
「可哀相だけど、ナタリーに喧嘩を売ったらもう遅いよな」
「決闘ってことは、上級保護でしょ? 血が流れるのよね……」
普段は静かな属性科の学徒達がそこかしこで盛り上がっていた。
来たる惨劇への恐怖と、怖いもの見たさ故の興奮が綯い交ぜになり、混濁した感情は結果として強い興味になる。
「上級保護なんて滅多に見れるものじゃないぞ。早めに席を取っておかないとな」
「闘技場は第三じゃなくて第二よね? 早めに行っておこうかしら」
ナタリーは、普段の属性科を包んでいるような、静かに張り詰めた緊張が好きではない。
今この時のように、どこか高揚するような、胸騒ぎがする状況が好きだった。
九日後に行われる本番も当然として、その間の熟成期間も楽しみのひとつなのだ。
祭りはその最中と前準備が一番楽しくあるように。
ナタリーは自分で組み上げたこの長い前夜祭の空気を満喫していた。
ここまで属性科の学徒がそわそわと盛り上がっているのには、ナタリーの決闘相手が特異科である事も、騒がしさの理由だろう。
属性科ではない外部の、しかも特異科の人間が相手ならば、こそこそと陰口を叩く必要はない。
入学の苦労や進級の辛酸を知っている属性科の者にとって、居眠りしていても卒業できるような優遇を受けている特異科の学徒達は、当然のように見下すべき対象なのだ。
素行の悪いナタリーも嫌われ者ではあるが、特異科の学徒も同じか、それ以上の嫌われ者で通っている。
パイク・ナタリーによって特異科の学徒が串刺しにされるであろうこの決闘は、属性科の鬱屈した気持ちを晴らすためには格好のはけ口なのであった。
「ククク……どうするよロッカちゃん。マジでもう、退ける空気じゃないけど……?」
ナタリーは静かに笑い続ける。




