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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第九章 渦巻く波濤

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盥021 語らない氷点下

 途中、様々な苦難はあったものの、ナタリーの治療は無事に終わった。

 重症部位であった腰は例のあの薬によって完膚なきまでに治されたので、後は骨折した両脚を治せば、また講義に復帰できるだろうということだ。


 私との闘技演習による骨折が治ってから、すぐにまた、今度はミスイとの決闘による骨折。

 ほとんど続けざまに何度も脚を折って、それで欠席になり続ける講義や、成績とかは大丈夫なのかと心配になって一度だけ聞いたのだが、そこらへんは“天才だから大丈夫”とのことである。レドリアが言ってたので、多分間違いないだろう。


 命に別状はなし。後遺症も残らない。それは良い。

 しかし、ナタリーがミスイに負けたというのは事実。彼女の宣言のことごとくが覆され、闘いの後には敗北という汚名は残された。


 ……残された、んだけど、どうも、ナタリーの敗北はそれほど、派閥争いに決定打が入るほどのものではなかったらしい。

 というのも、ナタリーの使ったあの魔術。全身に黒の鎧を着こみ、パイクを生み出すあの魔術のインパクトが強かったようなのだ。

 俊敏に動き、強固な壁をぶち破る近接魔術の威力と、何よりもその美しさは、様々な学徒の印象に深く刻まれたようで、逆にその力を見せたからこそ、ナタリーはより、人気だか、何かを得たのだとか。


 ……まあ、男は何かと剣やら槍やらに憧れるものだし、わからなくもない。

 ワイヤードの砕かれぬ盾だとか、黒髪の乙女だとか……男というのは、それが実話かどうかに関わらず、刃物に関する逸話や伝説に、強く心を惹かれるもの。

 あの時の闘技演習場のナタリーはまさにその伝説を体現したかのような姿であったことは、女の私から見ても、まぁ、そんな感じはするのだから。


 もちろん、勝者はミスイだ。同じAクラスの学徒を遥かに凌駕する規模と威力の魔術を操り、終始ナタリーよりも優位に立ち、ほとんど圧倒といった形での勝利を収めたのは間違いない。

 けれど最後、ナタリーが敗北することになった最後の一撃が不明瞭だったせいか、終わり方はパッとしなかった。

 これが大魔術でナタリーを押し潰したりといった派手な形であれば、彼女の“冷徹”の名もすこぶる畏れられたのだろう。しかし最終盤の優位をナタリーに明け渡す形になったミスイの評価や話題性は、ナタリーほどではないらしい。


 私にとっては初めて見る大魔術も、属性科の優等生達にとっては、何度かは見たことのあるもの。

 対して、鉄の国でしか伝授されないナタリーの武装術は、滅多にお目にかかることができない、稀有なもの。


 試合に負けて、話題性で勝った……とでもいうのかな。

 私やヒューゴが訊く限りの噂では、ナタリーの敗北を貶めるような会話は、驚くほど耳に入ってきていない。


 今回の一件で、“弱者にも強者にも喧嘩を売る狂犬”みたいなナタリーのイメージが、学徒たちの間で広まった。

 下手に陰口を叩いて、復学したナタリーに目をつけられるのは嫌なのだろう。それこそ、当人にとっては死活問題だ。

 決闘の結果は鉄代表の敗北と相成ったが、学園は、属性科は、私の抱いていた予想を裏切るほど、平和であった。




「ミスイが最後に使った魔術?」

「うん」


 学園の庭園にある小さな川。そこにパンくずを撒いているらしいクラインを捕まえて、私は訊ねた。

 クラインは一瞬面倒くさそうに眉間を強張らせたが、魔術関係の話には寛容なのか、すぐに平穏な顔色になる。


 未だ発表会の期間中であるため、普段は静かな庭園付近にも、賑やかな人影は多い。

 それでも私がクラインの姿を発見できたのは、こいつの薄い色の髪のおかげだ。


「色々と、噂を集めてみたんだけどさ。どうしても最後にミスイの使った魔術の実態が、わからないんだよね。ヒューゴもあの試合の時に観覧席にいたらしいんだけど、知らないみたいでさ」

「ああ……まぁ、そうだろうな」


 クラインはパンくずのついた手を叩き、指の臭いを嗅いだ。

 パン臭かったのか、彼の目つきが悪くなっている。


「無詠唱の氷結魔術……それが、“冷徹のミスイ”が最後に使った魔術の正体だろう」

「無詠唱の……?」


 無詠唱。それは、魔術を発動させるために必要な詠唱を省いて発動させる魔術のこと。

 イメージの問題なので、詠唱、無詠唱に理学的違いはほとんどない。

 ただ単に発動の燃費と効力を悪くしただけ……というのは、マコ導師の講義で習ったことだ。

 実際、私が最初に使えるようになった魔術も、手から小石を生み出す無詠唱の鉄魔術。それほど特別なことではないものだけど……。


「無詠唱だが、奴の使うあれだけは特別だ。発動が一瞬のために決して相手に悟られることはなく、効力は強く、しかも杖を媒体としないので、発生は無動作だ」

「なんだそれ、無敵じゃねえか」

「無敵かどうかはさておき、あの闘技演習で良い動きを見せたのは確かだな。“パイク・ナタリー”の動きを二度も止めたのだから」

「……二度?」


 私が首を傾げると、クラインは“やっぱりわかってなかったか”という意味の篭った短い溜め息を吐いた。


「“大波濤”の前で一回、最後の一撃で二回だ」

「えっ、そうなの。一回目は全然わからなかったんだけど」

「……まぁ、君でなくとも、他の奴にも判り辛い魔術だからな。気付けないのも無理はない、か。それでも、無詠唱の氷結魔術が発動されたのは確かだ。間違いない」


 無詠唱。口が動かず、杖も必要としない。前触れを一切感じさせない、究極の奇襲魔術。

 あのナタリーですら、二度もそれを受けてしまった。あの場に立っていたのが私であったなら……一瞬で氷漬けにされるのは間違いないだろう。

 ……いや、むしろその前に、私くらいじゃ壇上から洗い流されているか?


「オレも詳しくは知らん。だが、あの無詠唱の氷結術は間違いなく強力だ。今回、“パイク・ナタリー”の鎧すら破壊した上で攻撃を通した様子を見るに、相手の鎧や服に付着した水を集め、鋭い刃を形成したのだろう」

「……えっと、つまり、身体が濡れてたからナタリーはやられたってこと?」

「そうだな。鎧にもう少しだけ耐久力が残っていれば、防げたかもしれないが。長期戦となっては、難しいことだ」

「……たった、それだけでかよ」


 ミスイの無詠唱魔術の効果範囲は狭く、近距離限定のものらしい。

 それでも、ただ身体が濡れているという条件だけで、氷結魔術は有無を言わさず発動し、一撃必殺の結果を生む。

 ある程度近づかなければマトモな勝機を見いだせない私にとって、ミスイの魔術は恐ろしいものだった。


「……なあ、クライン。もしも私がミスイと戦ったら、さ。どうなるかな」

「君は馬鹿か」

「他に何か言ってくれよ、具体的に」

「オレが具体的に答えてやったのがわからないのか」

「……その通りだけどさ」


 正直、私なんかじゃミスイには勝てる気がしない。

 そもそも、試合開始を告げられて、私が無事に最初の魔術を発動できるかどうかも怪しい。


 ナタリーとミスイの闘技演習は、ソーニャの一件に関する決闘でもあると同時に、洗練された魔道士の力の差を私に見せつけるものだった。


 ……仇討ち。もちろん、それはしてやりたい。

 ミスイは気に入らねえ。何発ぶん殴っても足りないくらい、憎たらしい女だ。


 ナタリーがミスイに闘技演習を申し込んだ時は、それはもう、煮え切らない気持ちを抱えたものだし、“じゃあそれが終わったら次は私が”なんて考えたりもしていた。

 けど……やっぱりそれは、クラインの言う通り、バカバカしいくらい現実離れしてる。


 私は、ミスイには……絶対に、勝ちようがない。


「……畜生」


 噛みしめるでもない、涙混じりに言うでもない。

 ただ言葉をこぼすように、私は小さく悪態をついた。


「強くなることだな」

「……簡単に言ってくれるね」


 もしかして、ナタリーは……猪突猛進にミスイに喧嘩を売ろうとした私を、止めるために……なんて、考え過ぎか。

 それじゃあまるで、ナタリーがすごく良い奴みたいじゃんな。



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