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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第九章 渦巻く波濤

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盥010 変更する演目

 背の低い女が、五人掛けのベンチを占有していた。

 占有といっても、ベンチの上で寝転がっているわけでも、私物で埋め尽くしているわけでもない。彼女はただベンチの中央に陣取り、一人分の幅で腰を落ち着かせているだけである。

 両隣の二人分の場所を誰も取ろうとしない要因は、おそらく彼女の鋭すぎる目つきや、威圧的な雰囲気にあるのだろう。

 彼女は深煎りナッツの紙袋を片手に持ち、色の濃い硬そうなそれを、気の立った表情でバリバリと噛み砕いている。


 ここは第二棟の九階。

 普段ならば人も疎らなこの階のロビーも、発表会中はひっきりなしに闘技演習が行われるためか、日頃以上の人の姿が伺える。

 灼鉱竜の展示や、外部からの来客もあって、賑わい方も日頃のそれとは少々違う。

 つまり、普段ならば賑わってもどこかピリピリとしているのが常のこのロビーが、今日は少々浮ついているのだ。


「日和ってんなァー」


 ベンチの上でナッツを食い縛る、このナタリー=ベラドネスは、そんな空気があまり好きではない。

 発表会期間中の闘技演習は常に観覧席が満員で、外部からの衆目にも晒され、非常に注目度の高い試合となる。ナタリーはその性質を見越して、このロビーに張り詰めた空気を期待していたのだが、いざナッツを小脇に立ち寄って見れば、雰囲気は真逆。

 表と何ら変わらないお祭りの気配に、彼女は途方もなくがっかりしていた。


 外部からの来客は、貼りだされた闘技演習の予定を後ろ手に見上げ、“ほー”だの“なるほど”だのと気の抜けた声を漏らし、その周辺をうろつく属性科の学徒らは、外部の人間に配慮してか、品行方正な優等生の態度を繕っている。


「はーぁあ」


 つまるところナタリーは、いわゆる“いい子ちゃん”が嫌いなのだった。

 派閥争いや、死闘を匂わせる組み合わせに戦慄し、緊張する。そんな第二棟九階の張り詰めた空気は、もはや見る影もない。普段は観覧席でやじを飛ばす連中が猫かぶっている姿は、子供の厚化粧のように無粋で、滑稽だ。

 唯一素のままでいるのは、ロビーの片隅に配置された灼鉱竜の檻を見つめる、火属性専攻のイズヴェルくらいのもの。

 嵐の前の静けさと言えば聞こえは良いが、後日はミスイとの決戦が控えているというのに、少々盛り上がりに欠けすぎているのではないか。


「だっはぁ」


 ナタリーは今日何度目かの、陰鬱な溜め息をこぼした。

 するとその直後、その二つ隣のベンチに、誰かが静かに腰を降ろした。


 ナタリーはやってきた隣人に目を向けなかったが、彼女の目は退屈そうなものから、ほんの少しではあるが、鋭さを含むものに変遷する。

 しばらくの沈黙を経て、ナタリーは口を開いた。


「……闘技演習ってのはよぉ。お披露目じゃあねえ。アタシはな、ショーだと思ってンだ」

「はあ」


 隣に座る女が、気のない返事を呟く。


「自分の術を見てもらう? 日頃の成果を余すこと無く発揮する? ちょっと着飾りすぎだよねぇ、これ」

「不満ですか」

「キシシ……そりゃ、不満だわねぇ。だってよ、実際は誰一人としてそんなこたァ、思っちゃいねーんだからさ」


 ナタリーはくすぐったそうに笑い、獰猛そうに歯を見せた。


「闘うってのは、相手をぶっ倒してぇからやるもんだ。相手を遠慮無く床に叩き落として、自分は喝采を受けて大笑いしてやる。勝った方はスカッとするし、見る方だって面白ェ。なあ、それってショーみたいなもんじゃなぁい?」

「そうかも、しれませんね」


 殺気立った笑みを浮かべるナタリーの隣で、ミスイは目を細めた。


「ショー……私は、よく劇団を見に足を運ぶことがあるのですが」

「おーおー、さすがは干満街(クモノス)元貴族(ラストノーヴル)。趣味も気品に満ちていらっしゃいますでございますねぇ?」


 ナタリーが挟んだ言葉に一瞬閉口するが、それでも表情を崩さず、ミスイは続ける。


「あまり、短い劇は好きではないのです」

「……へえ」


 ナタリーの声色は、一段階低くなった。


「見るなら、長い劇です。主人公がきらびやかな舞台で踊り、歌い、翻弄され、騙され、もがき、苦しみ……そして死ぬ。そんな……」


 ゆっくりと、ミスイの顔がナタリーへと向けられた。

 深海のような深い藍色の目が、彼女の横顔を凝視している。


「人の栄華から没落を描いた、長い、長い悲劇が……とっても好きなのです」

「……へえ?」


 ナタリーは犬歯を見せ、不敵に笑う。


「奇遇だねぇ……アタシも、どうせ楽しむなら長ぁーい方が良いと思ってた所でさ」

「あら、本当に奇遇……」

「キヒ、キヒヒヒッ。案外、アタシ達って気が合うじゃない? ねえ、ミスイちゃんさぁ……」

「そうですね……ふふ、ふふふふ」


 二人はどちらからともなく立ち上がり、不気味な笑顔を向かい合わせた。

 一方は、獣のように獰猛な笑み。もう一方は、蝋で拵えたような異質な笑み。


「じゃーあァ、明日は、たっっっくさん、楽しもぉね? ミスイちゃん?」

「はい、よろしくお願いします。ベラドネスさん……」


 彼女たちはお互いに、右手を差し出し、握手を交わした。


 片方は、指の間に無数の鉄針を仕込んで。

 もう片方は、硬い氷の棘を手に纏って。




 この日、ナタリー=ベラドネス対ミスイ=ススガレの闘技演習は、中級保護から上級保護へと変更された。


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