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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第九章 渦巻く波濤

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盥009 働く男女

「運べ」


 クラインの簡潔な指示と共に、廊下に最後の一包が放り出された。


「運べと」

「ああ、運べ」


 廊下には、準備室から運び出された大きな紙包みの荷物が、文字通り山積していた。

 高さ、およそ一メートル五十。その上、両手でやっと抱えきれる程の幅がある。


 ……木箱なら、まぁわかる。その程度の高さや幅があっても、中身までギュウギュウってことは早々ないからだ。

 けど目の前にあるこれは、紙包み。重さが見た目並みにあるということは、何となくわかった。


「重そうだな」

「だから君を呼んだんじゃないか」

「……へえ」


 なるほどな、だからライカンか私を探してたってわけか。

 けどよ、クライン。それってな、私みたいな女に頼むことじゃないんだぜ。


「ふんっ……ぐ、ぉおおお!」

「その調子だ」


 でも運ぶ。金のためなら一時の女なんぞ捨ててやらあ。

 結局私は、クラインのおよそ三割増しの荷物を抱えながら、階段二階分と長い廊下一つ分を、鼻息荒く踏破したのであった。

 クラインに“女より物持てねーでどうすんだ”などと、悪態つく気力も残らなかった。




「なんとか、販売予定時間に間に合ったな」


 私達は、第二棟六階のロビーの一角に荷物を置いた。

 ロビーとはいえ、今は発表会中だ。広い空間は既に有効利用されている最中らしい。


「二等級マギタイトのマジックペンダント、残り七つですよー」

「ロッド用のキルト、今日の分残りあとわずかとなっております」


 ほとんど属性科が専有している第二棟なだけあって、売り物も実戦的な魔術関係の品が多いようだ。

 かくいう私達が運んだ大荷物も、魔術に深く関わるようなものらしい。


「……そもそもクライン、なに。売るの?」

「そうだ」


 クラインは頷きながら、山積みになった荷物の天辺の包装を、力任せに破き取った。


「おー、やっぱり本か」


 そこに見えたのは、本の表紙であった。

 紺色の落ち着いた表面に、題がペタリと貼られているだけの質素なものであるが、本自体の厚みはそこそこあるように見える。

 それが、何十冊、何百冊とあるのだ。もちろん今見えている種類だけじゃないだろうけど、それにしても凄まじい量である。


「これ、全部クラインが作ったやつ?」

「何ヶ月もかけてな。まぁ、理式科の協力者も何人かいたが、大体は独力と言えるか」

「へー……すごいな……」

「……ふん、当然だ」


 一冊取り出して、はらはらとページをめくり、よく観察する。

 表紙は思ったよりうすっぺらくてチャチな感じだけど、糊付けはしっかりとしているし、紙の質も悪くない。本としての体裁はしっかり保たれているようだ。

 中身も、……内容はわからないけど、さすがは活版印刷。文字は整っていて、美しい。


「こんなに作ったのか……」


 一度クラインの手伝いをやらされたこともあったので、一頁に必要な労力がどれほどのものかはわかっているつもりだ。

 私も何枚かは手伝ったけれど、それだけでもかなりの苦痛があったと記憶している。

 それを、この気が遠くなるような枚数まで仕上げるとなると、それこそ即金で金を積まれでもしなければ、やる気になれるものではない。


「ウィルコークス君、本は後でじっくり読んでくれて構わない。今は売り出しの準備だ」

「あ、ごめん」


 何やら、予め決められた販売時間が近づいて来ているらしい。

 クライン自作の本がどれほど売れるのかは興味のあるところだったので、私は最後まで彼の販売の手伝いをやってみることにした。

 それに、おそらくはこの収益から私の報酬が出てくるのだろうし、丸っきり他人事とは言い切れないのだ。


「ウィルコークス君、四桁の引き算はできるな」

「多分」

「おい」


 というわけで、準備に少々ドタバタしたものの、クラインと隣合いながらの販売会が始まったのであった。




 時間、とやらになると、クラインは私達がついた長テーブルに、本の名前と値段が書かれた紙を貼り付けて、販売を行うという主張を始めたようだ。

 その行動を皮切りに、ロビーを行き交う人々はこちらを目に止めたり、本の前まで足を運ぶようになったのである。


 この時、クラインは“いらっしゃいませー”だとか、“安いよー”だとか、そんな呼び込みは一切行わなかった。

 ただ、座して待つのみ。媚も謙りもしない商売人というのもおかしな話だが、それでも何人かは勝手にやってくるのだから、祭りっていうものはなかなか面白い。


 けど、それにしても……。


「おや、この本は……」

「属性術反駁考察、初歩。覚えの悪い馬鹿でも理解できるように作ってある」


 客に対してその言い方って、どうなんだよ。


「ふむ……」


 客の老紳士は、クラインの対応に一瞬顔をしかめたが、本のページをはらはらと捲っていくにつれて、その表情の硬さはほぐれてゆく。

 そして半分ほど捲った辺りで一気に本を閉じると、老紳士はもう一度、貼り付けられた値段を確認してから、なんと財布を取り出した。


「八百YENで良かったのだね?」

「できれば小銭で出してもらえるとありがたい」

「はは、分かった。そうしよう」


 紳士は満足そうに小銭をクラインに渡すと、本を革の手提げに入れて、ゆっくりと去っていった。


 にわかには……あまりにも信じがたいことではあるけど、先程からこんな流れで、本が売れてゆく。

 飛ぶように売れる、と言うには客もなかなか集まっては来ないんだけど、それでも本を手にとってからの感触はいいようで、今までほとんどの人が、クラインの本を買っているように見えた。


「私には、さっぱりわからないんだけどな……」


 受付で小銭を整えた私は、売り物の本をめくり、目を通す。

 図もどうやって印刷したのかってくらい綺麗だし、文章も破綻は無く、読むだけなら読めるものだ。だがいかんせん、意味が全く理解できない。


 中途半端な速度でページを変えてゆく私が面白かったのか可笑しかったのか、クラインは鼻で笑った。


「君に理解できる程度の書物が、ミネオマルタの学園で売れるはずがないだろう」

「んなにをぉ……そりゃこの本はわからないけどさ。私だって、新しい魔術を覚えたりとか、努力はしてるんだぞ」

「ほう?」


 クラインは心底意外そうな目で、私を見る。

 どこか期待に満ちた彼の目に、今度は私が鼻を鳴らす番だった。


「“スティ・レット(いでよ鉄鑿)”」


 しばらくの集中の後に、私は手の平から棒状の岩を生み出した。

 棒状、というよりは、麦粒型と表現するのが近いかもしれない。鉛筆程の長さの、小さな生成物である。

 それでも、新しい魔術が成功している事に違いはない。これから練習を続けていけば、ナタリーの生み出すような大きな鉄針……ならぬ岩針を作り出せるはずだ。


 しかし、クラインの反応はとても淡白で、そっけないものだった。


「酷いな」

「おい」


 第一声でそれかよ。さすがのヒューゴ達でもそこまで扱き下ろさなかったぞ。


「ウィルコークス君、客が来たぞ。さっさと片付けろ」

「ちょっとくらい褒めてよ」

「しまえ」


 し、しまえって……。

 そっけなく真顔で言われた事に深く傷ついた私は、机の下で何度も何度も、細い石棒を折り砕くのだった。




「ユノボイド君! おーおー、やっておりますなぁ!」

「おお、ルゲか」


 私がいじけながら小銭を整理していると、毒気ない笑顔を浮かべた星藍系の男が、両手を広げながらやってきた。

 魔族科の、クラインの友達、ルゲ。どこか彼と同じ博士っぽい雰囲気の漂う、痩せ型の男である。


「本の売れ行きはいかがです?」

「順調だ。半年前に出した本も、なかなか良く捌けている」

「おお、それはそれは……ふむふむ、となりますれば、ワテクシも冷やかすわけには参りませんね」


 そう言って、ルゲはポケットからくしゃくしゃに皺の寄った紙幣を取り出して、私の目の前に置いた。


「おや、ウィルコークスさんもいらっしゃいましたか。どうもどうも、お久しゅう……」

「あ、うん。久しぶり」


 この男が怖いってわけではないんだけど、前に地下水道のことで質問攻めにあった印象が強いせいで、どうも苦手だ。

 しかし、仕事は仕事。札の代わりに細かな小銭と共に、軽い愛想笑いを返しておく。


「ルゲ、そっちの発表は順調か」

「おかげさまで、大変好評をいただいておりますよ」

「人造ゴーレムにおける魂、か。オレからしてみれば、あまり良い題材ではないのだが……」

「ははは、いやいや、魔具科のイツェン=ショウラどのからの評価も、なかなか高いのですよ?」

「イツェンの立場からしてみれば、支持したくもなる理論だからな」


 二人はカウンターテーブルを挟み、会話に華を咲かせている。

 こうして、友達が他のあまり親しくない人と仲良く話していると、ちょっと窮屈な気分になってしまう。

 話も難しくて、なかなか入っていけないし……。


「寄贈された灼鉱竜の逆鱗についての研究の途中報告もありますよ」

「わざわざ見る気にはなれないが」

「ええ、ボリュームもさほどではありませんので、あくまでオマケといったところです。目新しい発見といえば、かなり若い個体が産卵することがわかった、といったくらいでしてね」


 普段からピリピリしてて口数の少ないクラインが、饒舌に話している所を見ると、なんとなく寂しくなる。

 別にこいつと話したいってわけではないけど。


「では、そろそろお邪魔になるでしょうから、ワテクシはこのくらいで。ではでは」

「ああ」


 楽しい会話がひと通り終わると、ルゲは満足そうな顔で廊下の向こうに去っていった。

 先ほどまで喋っていたクラインは口を閉じ、椅子に深く座り直している。


「……なぁ、クライン」

「なんだ」

「私の魔術について、もうちょっとコメントくれたっていいんじゃないの」


 ルゲとはあんなにたくさん喋っていたんだ。

 私が新たに覚えた魔術に対する反応が“酷い”だけなんて、そんなのあんまりである。

 褒めちぎれとは言わない。いや、いっそのこと褒めろだなんて贅沢な望みも捨てるから、もっと別の言葉が欲しい。


「……君のさっきの魔術は、パイク・ナタリーが使っていたものだな」

「あ、わかる?」

「大方、どんな経緯だか想像もつかないが、本人から理学式を教わったのだろう」

「そうそう! え、どうしてわかるの」


 クラインは眼鏡のつるを整え、“ふん”と鼻息を鳴らした。


「形状だ。“スティ・レット”は武器を生成する鉄魔術。人によっては剣にする場合もあるし、槍にする場合もある。単純な鉄銛を撃ち出すだけの“スティ・ボウ”とは違い、それはもっと複雑な魔術なんだ」

「へえ……」


 てっきりナタリーが使うような、鉄針を作り出す魔術だとばかり思っていたけど。実際はもっとややこしい魔術のようだ。


「君はそうやって気軽に発動させているが、その魔術は一般的なものではない。少なくとも水国に出回っている指導書には、なかなかその魔術は載っていないだろう」

「え、そうなの」

「武器生成は、基本として手元に武器を生み出し、それを握って扱うもの。単純に鋭利なものを投げ放つだけなら“スティ・ボウ”だけで十分だし、そっちのほうが理学式もかなりシンプルで、消費も少ない。何より魔道士には、わざわざ武器を握るメリットがない。“スティ・レット”は、大して有用な魔術ではないのだ」


 クラインは少々呆れたような調子で言い切った。

 一口分の溜め息を出して、私に不満らしい目を向けている。


「そもそも、それは鉄国騎士団が使うような魔術だぞ。刃のある刀剣を、先の鋭い槍を作り出す、繊細な魔術なんだ。君の特異性では扱えるものではない」

「う……」


 な、何かコメントしろと言った手前、嵐のように降らされる正論には、何一つ言い返すことができない……。

 確かに発動はちょっと難しいし、立派に大きな物が作れるようになったとしても、仕上がるのは岩製の槍だ。鉄とは違って、威力も貫通力も相当に劣ってしまうだろう。


「で、でも、ナタリーがこの魔術を使うと、ものすごく強いじゃんか」

「それは奴に特異性がなく、その魔術に派生術を加えるだけの技量があるからだ。仮に君が岩の槍を投げ放ってみたまえ。それはナタリーのように再利用できると思うのか」

「うっ」

「悪いことは言わん。投擲用に扱うなら、君は質量系のものにするべきだ」


 頭の中で、杖を持った自分を思い浮かべる。

 私がタクトを振って、都合よく大きな岩槍を打ち出すとすると……。

 それは地面に落ちようが、相手に直撃しようが、ものの見事に砕け散ってしまうだろう。

 ナタリーは、撃ちだした鉄針がそのままの形で壊れず残っているから再利用できるが、私の場合はそうではない。確かに、クラインの言う通りだ。


「くそぉ……」


 私はテーブルに突っ伏した。

 もうダメだ。せっかく新しい魔術を覚えたのに、皆からの評価はズタズタ。冷静な意見は更に残酷で、全くもってこの魔術に希望が見えてこない。


「せっかくナタリーが教えてくれたのに……」

「……“パイク・ナタリー”は、“冷徹のミスイ”と闘技演習を行うようだな」

「ああ、そうだよ」

「楽しみだ」


 クラインの率直な意見に、私は勢い良く起き上がった。


「楽しみ、とか。言うなよ」

「何故だ」


 私が抗議すると、クラインは本気で不思議そうな顔で返してくる。

 何もわかっていないような態度に、ちょっとムッときた。


「ナタリーはな……」

「ナタリーは?」

「……あいつは……なんでもない」

「なんだそれは」


 わざわざムキになって言うことでもない。

 ていうか、あまりナタリーが何のために戦うのかってことを言いふらすと、私の身が危なくなる。主にナタリーによる折檻のせいで。


「楽しみなのは事実だし、オレの中でそれは変わらない。“冷徹のミスイ”に“パイク・ナタリー”だぞ。楽しみでないほうがおかしいだろう」

「……アンタって本当、闘技演習見るの好きだよな」

「鉄国騎士団の珍しい魔術を拝見できるまたとない機会だ。ああ、今から楽しみだとも」


 そういうクラインの口の端は僅かに釣り上がり、本当に楽しそうに見えた。


「……で、クラインはさ」

「なんだ」

「ナタリーとミスイ、どっちが勝つと思うのさ」

「ふん、何を、愚問だな。“冷徹のミスイ”に決まっている」


 やけに自信満々に断言するクラインに、またしても私はムッときた。

 けど、何度も言い合いにならない言い合いをしても仕方ない。私は胃の中に不完全燃焼の火を灯したまま、前向きに座り直す。


 廊下を歩く人。賑やかな構内。

 私とクラインはしばらくの間、黙々と本の販売を続けるのであった。





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