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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第七章 這い寄る幻影

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箪015 跳ねかえる波紋

 その後、地下三階で合流して不思議な顔を見合わせた私達は、共に猫の格子戸を通って地上を目指した。

 何故か地下に現れたソーニャとナタリーに対する戸惑いもあったが、概ね私達の中にある感情は、危機を乗り切った安堵で占められていた。


 というのも、ソーニャは何度も“本当に良かった”と私の無事に涙してくれて、その勢いというか優しさに流されてしまったからだ。

 そのおかげで深く追求することも忘れ、先ほどまでの死闘による疲れもあり、私たちは真っ先に地上を目指したのだった。


 ともかく、生きた。死なずに済んだ。

 謎の魔道士、サードニクス、レトケンオルム。調査の仕事とは思えない闘いの末に難敵を排除して、私たちは無事、ミネオマルタの危険な地下空間から離脱できたことは、今からして思えば、ちょっとした奇跡だったのかもしれない。


「はー、なぁんで金も貰えないのにアタシがこんなことしなきゃなんねーんだか……」


 私たちがそれぞれの武勇伝に華を咲かせている間、後ろからついてくるナタリーは、常にぶすっとした顔で文句を垂れていたのであった。




『で、君たちは地下水道で発見した魔道士を、ゴーレム破壊後に組み伏せて、無力化したと』

「はい」


 憮然とした顔で、クラインは機人警官の問いに肯定の意志を示した。

 警官は木板に張られたくすんだ色の紙に速記しつつ、金属の頭をカリカリと掻く。


『抵抗の手段を奪われた魔道士は観念し……地下水道で行っていたゴーレムの研究についての一切を話した』

「ええ」

『だがそれは君たちを油断させるための嘘で、その隙を突き、魔道士はレトケンオルムを召喚……』

「オレ達は、やむなく逃げ出した」


 傍らで聞いていると、クラインによる拷問の記録が残されていなかったことに眉を動かしそうになってしまうが、そこはじっと堪えよう。

 拷問を受けた魔道士が死んだ今、その事実はどこにもないのだ。

 死体に口無しとは言うが、死体がなければさらにどうしようもないはずである。

 無駄な事を言って、問題を生むのはやめておこう……。


「魔道士が影魔術による転移空間を発生させた時、それに対して衝紋記録紙を当ててはみたが……白紙のままで、何も変わらない。記録は不十分。結局、魔道士の素性に関する証拠は、何一つ掴むことはできなかった」


 クラインは何も描かれていない厚紙を掲げ、それをテーブルの上に放り投げた。

 警官はそれを手に取ってじっくり眺めてみたが、目を凝らしても何も無いとわかったのだろう。

 紙はすぐにテーブルへと戻された。


『……証拠を掴むのは我々の仕事だ。君たちがやる必要はない』


 警官が呆れたように言った直後、部屋の扉が勢いよく開け放たれた。

 そこには、今部屋の中にいる警官とほとんど同じ姿の機人警官が、電子音声で荒い呼吸を繰り返しながら立っている。


『地区長! 地下水道四階の格子戸越しに、証言にあったものと思われるレトケンオルムの姿が確認されたそうです!』

『……そうか』


 扉の向こう側、地区警備署の狭い廊下は、多くの警官が大慌てで走っている最中だ。

 あっちへ行ったりこっちへ行ったり。

 古い資料をひっぱったり、地図を探したり、通達のための人員を動かしていたり。

 私たちが地下で起こった出来事を話して、その裏付けが取れただけで、この騒ぎである。


 まぁ、誰もいないはずの地下に人がいて、そこで犯罪と死闘が行われていたというのだから、騒ぎにならない方がおかしいのか。

 水の国の首都、古代都市ミネオマルタ。

 最も安全であるはずの首都に、重大な治安問題が発生しようとしているのだから……。


「……なんか、大事になってきたな。わかってはいたけどさ」

「だじぇ」


 ヒューゴの呟きに、隣のボウマがこくこくと頷く。

 その隣のスズメは警官から差し出された暖かい紅茶で、一息ついている。

 普段なら渋い顔をしてしまうこういった取調室も、被害者気分でいれば、居心地はそう悪くもない。

 皆が横一列に座ったソファーは柔らかく、贅沢な座り心地でもあるし、私たちは文句なく、警官からの質問の受け答えを続けていた。


『うむ……』


 ただライカンだけは近くに座られると綿が沈んで傾いてしまうので、一人だけソファーのちょっと離れたところで大人しくしてもらっている。

 ちょっと寂しそうだが、許してくれ、ライカン。


『さて……これで聴取も一通り片が付いただろう。まだ後々、証言を求めることはあるだろうが、その際にはこちらから、君たちのいる学園に向かうことにする』


 警官さんから解散の気配が漂うと、私たちは一様に疲労の息を吐いた。

 これでようやく帰れるのだ。


 扉の向こう側の廊下の窓から見える空色は、すでに赤みがかった藍色に変わっている。夕食時も近いのだろう。解放されるには、丁度良い時間と言えた。


 ……まぁ、体感ではもっと時間が経ってるかと思ってたけどね。


「では、私達はもうそれぞれ、帰っても良いのでしょうか?」


 スズメが訊ねると、警官は眼光を落ち着かせて反応した。


『ああ。手間を取らせて申し訳ない。……災難だったな、今日はもう、ゆっくり休みなさい』

「はい、お仕事お疲れ様です」


 警官は、魔道士が溶かされて死んだという話から、まだ若い私達の心を案じたのだろう。気遣うような言葉を最後に急ぎ足で、騒がしい廊下へと消えてゆく。


 目の前で、人が死んだ。確かにそれは衝撃的だった。

 さすがの私も、目の前で人が溶かされて死ぬなんて光景は、今まで一度も見たことはない。それなりに心を揺らされたのは、事実だ。


 けど私はデムハムドで、過去には色々な事故や事件を見てきている。

 男たちの無残な死にざまや、母の千切れた亡骸もこの目に焼き付けてきた。

 だから今日、ちょっと珍しい人の死にざまを見たくらいでは、心の傷にもなりはしない。

 けど、他の人が大丈夫かどうかは別の話だろう。


「……ボウマ、大丈夫か?」

「へ? なにが?」


 私が心配そうに訊ねたが、ボウマは何事もないような顔で聞き返してくる。

 大丈夫が何なのかわかっていないあたり、いつもと同じなのだろう。

 無理をしている様子も見られない。


「いや……大丈夫ならいいんだ」

「腹へったなー」


 前から思ってたけど、図太い神経をしているよな、ボウマは。

 幼すぎるという年齢でもないし、起こった状況はちゃんと理解や認識ができているはずなのだ。その上で心が揺るがないということは、それだけ強靭な精神を持っているということなのだろう。

 ……言い方がちょっと尊大すぎな気もするけど、まぁ、ボウマはそれだけすごいってことだ。


『腹が減ったか。うーむ、この時間から食材集めとなると、少々割高になるか……』

「依頼達成のマトモな報酬も、この荒事に収集がついてからになりそうだな。学園での聴取では、あの役人とも再び会うだろうし、わざわざこちらから急いで取りに向かう必要はない」


 ライカンは何やら皆でつつく料理に乗り気のようだが、クラインは不参加の気配を匂わせた。


「僕もお腹減った……けど、すまないね。僕は身体が冷えたし、浴場のお湯にゆっくり浸かって、すぐに休むことにさせてもらうよ」

「ヒューゴさん、何度も水を被ってましたからね……」

「あはは……」


 どうやらヒューゴも、不参加のようだ。


『ううむ……』

「残念、ライカン。今日はみんな疲れてるし、無しだな」

『そうか……まぁ、また今度ということでな』


 多分、また何か新しい鍋でも考えていたんだろう。

 私も楽しみではあるけど、さすがに今日は酒を飲む気力もないんだ。

 近いうちにしよう。今度、近いうちに。




『地区長、地下水道の事件について報告です!』

『ああ、なんだ』

『地下水道の格子戸にかけられた、犬の錠から……鍵ではなく、魔術で開けられた痕跡が』

『……衝紋は』

『僅かに残っていたものから、採取ができました。間違いありません……同じ学園に通う特異科五年、ソーニャ=エスペタルのものかと』


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