箪003 広がる地下道
仕事の一言に、講義室の面々の興味がより強まった。
騒がしかったボウマも、金の匂いを感じ取ってか動きを止めている。
ザイキの役人は、部屋の空気が静まり返ったのを見計らったように、間を開けてから再び口を開いた。
「ミネオマルタの地下には巨大な水脈が存在する。地上水路が運用されるまでのミネオマルタ王の時代では、地下から水車を用いて水を汲み上げていた」
それが地下水路。地下水道とも言うのかな。
地下にそういった空間があること自体は知っている。
「今では非常時のために残された一部の水路以外は封鎖され、水車もほとんど運用されていない。故に、乾いた地下水路は通称“闇市”や“地下市”と呼ばれる、ミネオマルタの裏の市場として栄えるようになった」
「……それって、国も知ってたんだ」
「当然だ。昔はいかがわしい商売を行う者もいたが、今では有名になりすぎたせいか、法を逸した商いをする者もほとんど居ない。雰囲気こそ背徳的なものはあるが、出入口が限定されている以上、逆に管理がし易いのだ」
最後に“そういう方便も必要なのでな”と付け加え、ザイキはぶかぶかの僧衣の袖から大判の書類を取り出した。
「問題はその地下水路より、更に深きにある水路だ。闇市からは厳重な鉄格子に阻まれ隔絶された、何階層もある旧地下水道……」
「何階層も?」
「その果ては、我々の知の及ばぬものだ。いつから存在するのか、誰が作ったのか。虫食いにあったミネオマルタ王時代の文献からは、何も掴み取れん。実際に赴いて調べようにも、深部には強力な魔獣や魔族が封じられ、近づくこともままならん」
地下深くにどこまでも広がる水路を、想像する。
何階層も、まるで学園構内ように入り組んだ暗い地下迷宮。
足元は、綺麗か汚いかもわからない水で浸されている。水を蹴りながら進む自分と、どこからか流れる水の音だけが支配する世界。
奥には恐ろしい魔獣が存在し……。
……ちょっとどころではないくらい、怖いな。
「まさか、その地下水道の調査を?」
もしかして、その果てまで行って調べて来いなんて言うんじゃないだろうな。
国の手も及ばないほどの厄介な魔獣と戦えってか。
「最奥の調査ではない。お前たちに頼みたいのは、以前ギルドに調査を委託した場所の、再調査だ。比較的安全な深度ではあるが、そこにも多少の魔獣は存在するだろうから、油断はできん」
言いながら、ザイキは手元の紙をこちらに向ける。
それは、針金をぐちゃぐちゃに組み合わせたように複雑な、地下水路内部の構造図だった。
よく見れば、図の一部に大きめの赤い印が付けられている。
「傭兵ギルドによる定期調査の結果、地下水道の壁に不自然な傷が発見された。調査員は素人だし、報告の内容も曖昧で、その傷の意味するところは良くわかっていない」
「……私達だって、そんな調査は素人なんだけど」
「洞窟の内部構造を完璧に推察できる者を、我々は素人とは呼ばない」
ぐいと近づいたザイキの顔に、たまらず一歩退く。
横一文字に入った切れ長の口は、近くで見ると一口に呑まれてしまいそうな迫力があった。
「ロッカ=ウィルコークス、ヒューゴ=ノムエル、クライン=ユノボイド、ライカン=ポールウッド、そしてボウマ。この五名を対象とし、地下水道の調査任務を委託したい。各々、返答を聞かせてもらおうか」
……つまり、なんだ。
前の洞窟探索で良い結果を出せたから、また新たに仕事を頼みたいっていうことか。
仕事は素直に嬉しい。渡りに舟という奴だ。けど、洞窟なら魔石や魔金もあるだろうけど、地下水道にはそんなものは無さそうだ。
前の探索とは違って、仕事中のおこぼれは全く望めないだろうし……。
「大事な事を聞いていないぞ」
「む」
クラインが席を立ち、ザイキの前まで歩いてきた。
眼鏡は光を反射して白く染まり、怪しげな雰囲気を漂わせている。
「報酬だ。オレ達は何をどこまでやって、その対価に何を得られる。頷くも横に振るも、まずはそれからだ」
「ふむ、ただの調査任務だからな。報酬は……」
「その傷とやらが何によって付けられたか判明していない以上、まさか通常の調査と同じ報酬ではないだろう」
「ほう」
ザイキの大きな口の端が、わずかに釣り上がったように見えた。
「魔獣か、魔族か、盗賊か。何があっても不思議ではないのであれば、やや危険な任務として分類されるべきだろう」
「それだけの認識があれば、こちらから注意を喚起啓発する必要も無いな。良いだろう、納得できる額をくれてやる」
大きな袖から、ザイキは再び書類を取り出した。
あの中にどれだけの物が入っているのか、ちょっと気になる。
「傷がどのようにできたのかを調査すること。現地の地下水道は老朽化によって、洞窟のような風合いになっているはずだ。ロッカ=ウィルコークスならば、その判別はできるかもしれん。だが、お前たちが見てわからないものであれば、スケッチで詳細に描くなどしても良い。報酬は一人につき四千YENを考えている」
「ほう」
今度は、クラインの口が笑みを浮かべた。
けどそれ以上に、多分私の口の方がニヤついているかもしれない。
四千YEN。とても個人で持てるとは思えない金額だ。
煩悩にまみれた私の頭は、その莫大な金を測る物差しに酒を使ってしまったが、すぐに頭を振って考え方を改める。
酒を買うための金じゃない。人に返すための金なのだ。
「ライカン、四千YENだって! あたしたち全員だってさ!」
『うむ、四千……これはなかなか』
「太っ腹だなぁ……なかなか美味しい話だね」
他のみんなも、やる気は十分である。
そりゃそうだ。四千YEN。一週間以上遊び呆けていられる額に、食指が動かないはずがない。
しかも内容はミネオマルタからすぐ、地下を行った場所での仕事なのだから、そううんざりするものでもない。
「もし地下水道内で何かに……その傷を作ったであろう魔獣などに遭遇した場合、可能であれば無力化まで、と言いたいところだが、こちらもそこまでは求めない。あくまで調査、原因究明に尽力し、あとは己の命を念頭に行動してもらって構わない。当然、やってもらえるならば追加の報奨を用意はするが……」
「特異科とはいえ、学徒を危険な目に遭わせるわけにはいきませぬ。それ以上は止していただこう」
ザイキは更に報酬を上乗せするような口ぶりだったが、それは後ろのゲルーム導師の厳しい口調によって阻まれた。
「……調査に関する説明は、以上だ」
「なるほどな」
深く言及はしなかったが、充分に追加報酬の匂いは嗅ぎ取れた。
クラインの目つきも狩人のそれになっているし、私達の欲を刺激するには充分である。
つまり、基本の報酬が四千YEN。
で、しかも調査の深度によっては、追加でいくらかの上乗せがあるのだという。
もしもその傷とやらをつけたのがCクラスの魔獣であれば、五人もいれば多分、倒すのは難しくない。
その程度のリスクで受け取る金が増えるのであれば、むしろ自分から探しに行ってしまいそうだ。
幸いに地図もあるので、道に迷うこともないだろう。
「皆、どうする」
クラインは振り向き、答えを知っているつもりで聞いたのだろう。
顔は半分以上、笑っているように見えた。
「当然、やるよ」
「ジュース飲み放題だ! やるじぇ!」
「断る理由は無いかな。滅多に入れる場所ではないし、いい経験になりそうだ」
『俺も行くぞ。役に立てるかは、わからんがな』
満場一致だ。欲深いやつらだぜ。
ザイキはその答えに満足したのか、“うむ”と大きく頷いた。
「だが、導師ゲルームから釘を刺されていてな。今回は、ここの学徒だけで向かわせるわけにはいかないのだそうだ。なので、引率として一人、護衛をつけることになった」
「え?」
「学園側にも色々と都合があるのだろう。我々の知った事ではないがな」
ゲルーム導師の厳しい目線が、ザイキの後頭部を抜かり無く観察している。
どんなやり取りがあったのかは不明だが、学園と役人。あまり仲が良くないのだろうか。
「護衛については、後日話す。日程は、できれば一週間以内で考えてもらいたいが……」
「明日でいいだろ」
「うん」
「おっけーだじぇ」
「別に構わないよ」
『おう』
「……気の早い連中だな」
五人揃っての即答であった。
他にやることが無いとも言うんだけどね。
というか、四千YENを脇に置くほどの用事なんて、早々あるわけがない。
「では、明日の同じ時間に中央役場に来い。詳しい詰めの説明を行った後、現地まで送迎する」
こうして私達は、またしても調査に赴くことになった。
今度は自分たちの受注ではなく、向こうからの指名だ。それだけに報酬も大きく、実入りの良いものとなるだろう。
だが向こうの羽振りが良い分だけ、地下水道には危険も潜んでいるかもしれない。ソーニャは講義室での話が終わった後、私に対して、何度も気をつけるよう注意を促していた。
その度に私は笑って大丈夫だと握り拳を掲げてみせたが、もちろん内心では、不安が全く無いわけではない。
それでも、せっかく舞い込んできた仕事だ。
ゴーレムの修理費を払うため、多少の無茶は覚悟するべきだろう。
むしろ、願わくば、追加報酬になるような魔獣と、運良く出会えますように。
……なんて、そりゃちょっと不吉か。




