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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第六章 轟く雷鳴

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嚢017 来す不調

 すさまじい勢いで捲り返された盾の繭は、壇上から転げ落ちてしばらくすると、自重によってどこかしらが折れたらしく、大きな弾けるような音を立てた。

 その折れた箇所がまずかったのか、盾は塵も残さず、薄紙が燃えるように消滅してしまった。


 盾に突き刺さった三本の金属タクトが床に落ちると、ライカンは開きっぱなしだった顎を閉じて、同時にぎらついていた眼光も鎮め、構えを解いた。


『大人げなかったか』


 会場の歓声は、まばらだった。堰を切ったように、とはいかないらしい。

 会場の一部は惜しみない拍手を送っている席もあれば、困惑気味に辺りを見回して、事の真相を伺っている席もあった。

 拍手を渋っている人々は、今の試合で不正が行われていたかどうかで、半信半疑なのだろう。ライカンの怪物的な速度を見れば、首を傾げたくなるのも無理はないことだ。


「勝者、“狼人のライカン”!」


 しかし、壇上に残ったのは紛れもなくライカンである。

 勝者はライカン。彼の勝ちに嘘はない。

 の、だが。


「ねえ、この試合のポールウッドさんの動き、ありえるの?」


 間近にも、納得できない人はいるようだ。

 ルウナが怪訝そうな顔で訊ねてきた。


「ライカンだったらありえるよ。武闘家だし」

「そうなの?」


 私は胸を張って答えたが、ルウナは心から納得していない様子だ。

 見かねたヒューゴが、“あれはね”と口を挟んだ。


「転移理式がライカンに反応せず、デリヌスにだけ反応したっていうことは、ライカンが気術を使っていないという証明になるんじゃないかな」

「気術の使用に反応する式が壊れているのかもしれない」

「自己修復用の理学式まで備えているここの設備が壊れるっていうことは、ないと思うよ。それに、僕らはライカンの動きの良さに、納得のいく心当たりがあるしね」


 この試合のライカンの素早さについて、ヒューゴ達は納得のいく理由を知っているらしい。

 やっぱり、ライカンが単純に強いってわけじゃないのか。


 私とソーニャは顔を見合わせたが、私達はお互いに不思議そうな顔を交換するばかりである。

 ライカンのマコ導師に対する恋愛相談には乗ったが、肝心のライカン自身については、私達は不勉強なのであった。

 こういうところでは、まだまだ付き合いの長いボウマやヒューゴ達との距離を感じてしまう。




『うっ』


 目を離している間に、壇上で鈍い金属音が響く。

 瞬間、会場がワッとどよめき、私は何事が起きたかと白いフィールドに目をやった。


 ライカンが片膝を突き、倒れかけていた。


「うわぁあああ、ライカァアアン!」

「うわっ」


 私が悲鳴や驚きの声を上げる前に、後ろの席のボウマが大きな声で叫んだ。

 後ろから私の頭を馬跳びし、ボウマはそのまま身体強化を加えた身体で一階分下のフィールドへと着地する。


「び、びっくりしたー。驚かせるなよな、ボウマ」

「いや、だけどそれなりの事態ではありそうだよ」

「ポールウッドさん、怪我でもしたの?」

「反動が来たか」


 強化を使えないヒューゴは階段に向かって走り、クラインはそのままボウマと同じように、身体強化をかけて席から直接飛び降りた。

 クラインが動いたということは、捨て置けない事態であることに疑いを挟む余地はない。反動が来たか、というつぶやきも気になる。

 急に不安になってきた私は、そのまま気の勢いで、クラインの後を追って席から飛び出した。


 着地し、そのまま強化した脚で一気に、ライカンのもとへ走り寄る。

 鼻水を垂らしてびーびー泣くボウマを背中に乗せたまま、ライカンはどこか調子悪そうに眼光を明滅させていた。

 機人のこうした眼は、あまり見られるものではない。


「ライカン?」

『ああ、大丈夫だ。少々、無理が祟ったようでな』


 見るからに大丈夫そうではないし、そしてボウマ、お前は泣きついてばかりで何しに来たんだ。


「“イグネンプト(稲光れ)ライカン(我が拳)”を使いすぎたな。機体の部位を磁力魔術で強引に操り、身体強化無しに莫大な運動能力を得る。あれほど多用すれば、反動も来るだろうよ」

「えっ、ライカンそんなことしてたの?」


 磁力を操れるということは、鉄などの一部の金属を操れるということだ。

 相手が鉄製の武器や杖を持っていれば干渉できるし、事前に鉄製の武器を用意していれば、砂鉄のように自由な動きをさせることも難しくはない。

 けど、ライカン自体、機人としての身体まで磁力で操っていたとは、全くの予想外だった。

 しかし、なるほど。やろうと思えば、できないことでもないのだろうか。


「磁力を使った機体の操作は、身体強化に並ぶか、時にそれ以上の瞬発力を生む。しかし、身体強化との大きな違いは、魔力によって身体が保護されていないということだ」

「それって……」

『うぐっ』


 ライカンが呻き、眼光が瞬く。


「目にも留まらぬ速さで壇上を駆け回る反動も、分厚い鉄板にタクトを突き立てた衝撃も、全てライカンの機体にそのまま返ってくるということだ」

「うわぁああー、ライカァアアン! 死んじゃやだぁああ!」

「ボウマ、お前はそろそろ降りとこうな」


 泣きつくボウマをひっぺがし、とりあえずはライカンを運び出そうと、腕を持った。

 が、ライカンは身を捩ってそれを拒む。


「どうしたんだよ、ライカン。立てないほど調子が悪いの?」

『いや……運ぶのは、クライン。お前に頼めるか』

「構わないが、どうしてオレなんだ」


 クラインよりも私のほうが力あるんだけどな。


『女に担がれる男というのは、どうしたって格好がつかないものだろう?』

「……ああ、そう」


 ライカンよ、私にとってはむしろその一言で、この試合での格好良さが全て台無しになってしまった感じがあるぞ。

 かなり気合入れて戦っていたけど、やっぱりあれもマコ導師を想っているからこその底力だったんだろうなぁ。


 しかしクラインの方はライカンの言うことを特に気にせず、素直に彼を担ぎ始めてしまった。


「見た目よりも重いな、ライカン」

『すまんな』

「びぇえー、ライカァアアン」

「……」


 肩を担いで、多少引きずるように運ぶクラインと、運ばれるライカン。

 そしてそのライカンのズボンにしがみついたまま引きずられてゆく泣き喚いたボウマを尻目に、私は一人考える。


 ライカンは今日、デリヌスを圧倒したと言ってもいいだろう。

 少なくとも試合を見た者は、そう迂闊に彼に手出しできなくなったはずである。


 魔術投擲を弾き、術を交えた接近戦でも優位に立ち、目にも留まらぬ速さで動く彼は、身体強化に近い戦い方で防御さえ打ち破り、果敢に挑んでくるのだ。

 魔道士というよりは、闘士をそのまま壇上に呼び込んだような戦い方をするライカン。どのような魔道士でも、そんな規格破りな相手と進んで戦いたくはないだろう。


 けど、その力にも身体的な限界はある。

 ライカンは百連勝すると豪語したが、今回の消耗で、彼の天井が僅かながら、見えてしまった。

 たとえ一試合一試合に勝てたとしても、このような、機体に負担を強いる戦闘法では、いずれ彼は再起不能になってしまうかもしれない。


「……けど」


 ライカンがマコ導師に抱く想いは本物だ。

 それが本物で、純粋で、強いものである限り、彼は戦い続けてしまうだろう。

 その死力の限りを、百戦目まで尽くし続けながら。


 ライカンを、止めるべきかもしれない。




 あの後、ライカンは治療室に運ばれた。

 学園付きの機人整備技士さんに機体内部の検診をしてもらったところによれば、部位によっては疲労があるかもしれないが、目立った損耗は無いとのことである。


 が、機人の怪我は場合によって、義肢の魂が乖離し激痛を招く事がある。

 普段はあらゆる痛みや刺激を硬い装甲で低減させている機体も、無茶な動きや打撲で折れてしまえば、生身の身体とは比べ物にならないほどの痛みに苛まれる。

 激痛に耐え切れなくなると、その部位に固着されていた魂が剥がれてしまい、再度着床する必要が出てくるし、場合によってはショックで魂が義肢の再着床を拒否し、機人でありながらにして片端姿になってしまうこともある。

 魂が義肢に拒否反応を示した場合、再び魂を着床させるには、数年か十数年近くかかってしまうという。


 そんな事情もあり、機人は自らの体を丁重に扱わなければならない。

 当然、ライカンは整備技士の人にこっぴどく怒られたそうだ。

 自分で開放した力による症状なのだから、当然ではある。


 ……そして多分、彼は必要とあらば、またあの術を使ってしまうだろう。




「ライカンが強いのはよくわかったけどさ、これ以上は良くないと思うんだよね」

「そうねぇ」


 古代都市ミネオマルタ中央部、水国立タンザ美術館の静かな回廊の中を、私とソーニャが歩いていた。

 入場料三百YENとなかなか馬鹿にならない金を取られるものの、一度中に入ってしまえば、広大な庭、画廊、彫像の森、あらゆる場所を見て回れる。

 ソーニャが落ち着いて話せる場所だからと誘ってくれたのでついていったが、思いの外、私のようなガサツ者でも楽しめる。


 ある程度見終えたところで、抽象的な作品ばかりで批評に困る区画へやってくると、私達は今日のライカンの事について、どちらからともなく、話し始めたのだ。


「私もあまり魔術に詳しくないけどね。それでも今日見た限りでは、ライカンならきっと、上級生相手にも渡り合えるほどの実力があると思うのよ」

「うん、私もそう思う」


 ライカンは魔道士としての戦い方に優れているわけではない。

 彼の強さは、あくまで闘士としての技量や反射神経、根本的な身体能力によるものが大きいと言える。

 その武闘家としての黄金の素質に、磁力の魔術を合わせる。そこから生まれる身体強化さながらの爆発的な力の有用性は、今日見た試合の通りだ。


「でも、強い人と戦って、その度にあの磁力の魔術を使っていたら……ライカン、二、三試合目で身体を壊すと思うの」

「うん」


 ソーニャの言う通りだ。

 ライカンは強い。身体強化禁止という致命的なルールに縛られた壇上ですら、彼は強い。

 でもその強さは、自らの機体を危険に晒した上での強さだ。

 長く持つはずがない。


「百連勝なんて、やめさせないと駄目だよね」

「うん。恋愛事に茶々を入れるのは個人的に好きじゃないけど、これ以上彼を暴走させたらいけないわ」


 ボウマはライカンの身を案じて、びいびいと泣いていた。

 いつもは悪戯ばかりでふざけているボウマでも、ライカンの無理が解ったのだろう。彼女も、これ以上のライカンの無茶を黙って見過ごすことはないだろう。


「でも、このままライカンが十連勝の記録を作ったままそっと武勇を終えるっていうのも、寂しい話だよな」

「えぇ? 十一連勝しなきゃ気がすまないってこと?」

「や、そうじゃなくてさ。なんか、一度もマコ先生に見てもらってないじゃん、ライカン」

「あー」


 ソーニャは肝心なそれを思い出し、難しそうな顔をしながらふわふわの金髪を指で巻き始めた。


「ライカン、マコ先生に良い所を見せたくて始めたのにさ。何度も戦って、今日みたいな、ちょっと無茶したり、辛い思いもしてさ。なのに、一度も見てもらえずにやめるっていうのも、可哀想じゃない」

「まー……そーだけどー」


 いや、そりゃあ私だって、ソーニャが思うような心配をしているさ。

 一度でいいからマコ先生に試合を見てもらうということは、もう一度、ライカンが闘技演習に臨むということだ。

 その一度の無茶で、身体を壊してしまうことだって、有り得ない話ではない。


 けど、それでもと私は思うのだ。

 せっかく男が己を賭けて格好付けてるんだから、それが馬鹿な姿であれ、とりあえず見てやるってのが情けだろうと。


「……はぁ。ま、ライカンにそのまま“もうやめろ”って言うのも気が引けるし……言っても頑固に続けそうだしね。一度だけに限定して、次はマコ先生も見に来るっていう状況をこっちで作ったほうが、無茶もないか」


 ソーニャは真剣な目で訴える私に折れてくれたか、ため息混じりに納得してくれた。


「うん、そう。マコ先生をなんとかして呼んでさ」

「マコ先生からも、その試合でやめるようにって言ってもらえれば、効果覿面かしらねー」

「おー、それいいね。良いアイデアだ」


 ライカンのことだ。

 マコ先生から直接“めっ”されれば、一発でハイスイマセンと頭を垂れることだろう。


「とりあえず、マコ先生を自然と誘う所からだね」

「言い出しっぺだから、その役目はロッカにお願いするわね」

「う……わ、わかったよ。まぁ、仕方ないな」


 こうして、私達二人はライカン百連勝強制中断計画を始動させたのである。

 結局、回廊に飾られた抽象的な絵画のほとんどは、題名すらまともに読まないまま、歩き終えてしまった。




 そんなこんなで、翌日。

 さすがのライカンも酷使した機体を労ってか、今日の闘技演習の予定は無いらしい。

 しかし、


『なに、今日休んだ分だけ、明日頑張ればいいのだ』


 なんてことを大真面目に言っていたので、武勇伝製作再開も秒読みだろう。

 そしてヒューゴ曰く、ライカン自身だけでなく、学園内に漂い始めた雰囲気も、勝手に闘技演習の流れを作っているらしい。

 属性科の中学年でも“誰がライカンを倒すか”という話題が行き交いはじめており、挑戦者は掲示板に貼られる前から既に名乗りを上げ始めているのだそうな。

 似たような経験があるだけに、物騒極まりない話である。


 が、まぁ、それはもはや、良いのだ。

 どれだけ物騒であっても、それも明日の一度きりに過ぎないのだから。

 明日のライカンの闘技演習を最後に、彼の闘技演習の日々は唐突な終わりを告げるだろう。


 私はそのネタを仕込むため、二時限目の講義を終えたマコ導師の背中を追うように、さりげなく廊下に躍り出る。

 小走りで近づけば、人気のない角辺りですぐに呼び止めることができた。


「マコ先生」

「ん、ウィルコークスさん? なんでしょうか、質問ですか?」

「いや、そういうわけじゃないんですけど」


 話の流れが読めないのか、マコ導師が顎に指を当てて首を傾げる。


「実は明日、昼休みの時間にライカンが闘技演習に出場するんです」

「あら、そうなんですか! ポールウッドさんが……珍しいですねぇ」


 口ぶりからして、やっぱりマコ導師はこれまでのライカンの連続勝利を知らないらしい。

 意外と導師さんは、学内で流行る娯楽に疎いのだろうか。


「明日で十一連勝できるかどうかっていう所なんですよ」

「十一? そ、そんなにやってたんですか」

「はい。最近ずっとですよ」

「知らなかった……でも、そんな短期間に闘技演習……身体の方が心配になりますねぇ」


 驚く仕草や案じる仕草も、どこか可愛らしい。

 なんか、マコ導師と話していると悔しくなるな。重要な話は早めに切り上げておこう。


「明日もライカンが闘技演習の掲示板に貼りだすと思うんですけど、マコ先生もどうですか。それと、やっぱり私達もライカンが無茶してるかなって思ってて。できればマコ先生から、その試合で最後だよっていう風に、彼に言ってあげてほしいというか」

「うーん……明日、それきり、っていうこと……なるほど、そうですね」


 マコ導師は斜め上の虚空を見上げ、しばらく何かを考えると、表情に笑顔を浮かべて私に向き直った。


「わかりました。闘技演習は悪い事ではないですけど、ポールウッドさんの身体も心配ですからね。私から強く言っておきます」

「はい。あ、でも言うだけじゃなくて、ちゃんと闘技演習にも……」

「もちろんですよ。お昼、ちゃんと行きますからねー」


 私の懸念する事項全てが大体消化されると同時に、マコ導師は資料を胸の前に抱えたながら、廊下を後にした。

 なんとなく教室側の後ろを振り向いてみたが、今回はライカンが見つめている様子もない。


「……とりあえず、これで良し、と」


 なかなかスムーズに進んだ気がする。

 マコ導師との示し合わせはできたので、これで明日の十一戦目の闘技演習を最後に、勝っても負けてもライカンの闘いはひとまずおしまいとなるはずだ。

 ライカンとしても、ようやく憧れのマコ先生に観戦してもらえるのだ。

 対戦相手が強くなってきたこの辺りで力を遺憾無く披露できるのだし、事の区切りとしては最善であろう。


 はー、なんか、一仕事した気分だ。

 今日は奮発して、屋台のチキンピザでも食べようかな……。


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