嚢007 鑑定する物体
ソーニャとの話もそろそろお開きになるかといったところで、私達のテーブルにヒューゴがやってきた。
彼の様子はどうも慌ただしいもので、食堂まで走って来たかのような息の荒さであった。
珍しい彼の様子にソーニャと一緒にぽかんと半口開いていると、彼は息継ぎも惜しんで告げる。
「ライカンが戻って、魔石の鑑定も終わった」
「おお、じゃあ報酬を貰ってきたんだ」
「報酬もそうだが、鑑定の結果がすごいんだ」
「え?」
何度か大きな息を吸っては吐いてから、ヒューゴが言う。
「とにかく、来てくれ」
その様子だと、そうしたほうが良さそうだな。
私が緊急で行く旨を伝えると、ソーニャは“忙しそうだから、また明日ね”と言ってくれた。
付き合ってもらったのに、つくづく申し訳ないとは思っている。
えっちらおっちらと階段を登り、特異科の講義室へ戻ると、いつものメンバーがそこに集まっていた。
その中心人物であるクラインが私の入室を認めると、突然に文字がびっしりと書かれた一枚の紙を私に差し出してくる。
「魔石と思わしき物体の鑑定の結果が出た」
「文字がびっしりで、ぱっと見ただけではよくわからないんだけど」
「つまるところ、魔石ではなかったということだ」
「え、うそっ」
魔石じゃないだと。あれが?
でも私は、確かにあれが普通の岩ではないと感じたし、クラインもそれを魔力で感じ取ったはずだ。
しかしどちらも、人の曖昧な感覚による判別。二人とも宛てを外しているという可能性も、無くはない。
するってぇと、なんだ。掘り当てたのは素敵な石ころで、成果無しってことか。
「魔石でも魔金でもないが、魔力との親和性のある物体ではあったということだな」
楕円形の、円盤状に近い石を手にとって、クラインが鋭く目を細めた。
「つまり、魔獣や魔族の化石。鑑定によると、それは歯の一部……可能性としては、猫竜クノプのものであることが判明した」
「クノプ?」
魔石でも魔金でもなければ、同じ魔のつく由来の化石ということか。
なるほど、それならば魔力が通った事にも納得がいく。
しかし、クノプという生き物の名には、あまり覚えはない。冠称に竜が付くくらいだから、きっと大きいのだろうけど。
『クノプは水国ではわりとよく見られる、魚の魔獣だな』
「ぐひひ、残念だなロッカぁ、こいつはそんなに珍しくはないらしーぜ」
「なんだ、珍しくないのか」
古代の竜の化石。その言葉の響きにまんまと騙されてしまった。
竜の化石をあしらった荘厳な杖まで想像してしまった私の落胆は、あまりにも大きい。
「まぁ、気を落とすなよロッカ。クノプの歯とはいえ、化石だ。そんなに悪いものじゃないみたいだよ」
「そうなの?」
ここで私はようやっと、手元の鑑定書に目を走らせた。
そこには頭の良さそうな人が羅列した意味不明の単語が大半を埋め尽くしていたが、辛うじていくつかの行に眼が止まる。
「買い取りしてくれるって書いてあるね」
「そうだ。猫竜クノプの歯の化石……年代までは更に詳しい調査が必要だろうが、状態も良いので価値はあるらしい」
「ほー、で、いくらなのかな」
「二千YENだってさー」
「……」
二千YENか。
いや、私の感覚からしたら結構高額だとは思うし、それを掘り当てたってのは実際嬉しいんだけど……。
なんだろうか。このちょっとしたがっかりは。
「言葉に困るだろ、ロッカぁ」
「うん、かなり……」
ボウマに言われ、頷いてしまう。
周りのみんなも苦笑していることから、この金額の中途半端さには同じ思いがあるようだ。
「まぁでも、それなりの価値があるものを見つけたことに間違いはないよ、ロッカ」
「てゆーか、見た感じ石ころなのになぁ、それを見分けられるなんて、魔石とか魔金を見つけるよりすげーよ」
「はは……二人とも、ありがと」
五人掛かりで精神をすり減らして探した割には、うっすら塩味のついた報酬だ。
私がもっとよく探していれば、この魚の歯よりも価値のある物が見つけられたかもしれない。
けど皆、それを悔やんではいないようだし、私を責めてもいなかった。
相変わらず、気にしているのは私だけらしい。
「まぁ、そう簡単に手にできるほど、ロマンも身近には転がっちゃいないか」
『そういうことだな』
掘ったら宝箱。掘ったら魔石。世の中、やっぱりそう上手くはいかないものらしい。
「国の調査による報酬が千二百YENと、化石の売却額二千YEN。合わせて三千二百YENを分割し、一人あたり六百四十YENになるな」
「おー、まぁ一日の対価としたら、まぁギリギリで不可もないってところだね」
いつぞやの魔獣討伐に比べたら旨味は少ないが、デムハムドのヤマで働くよりもいくらか安定しているのが悲しいところである。
これが都会の物価ってやつか。
「ライカンが中央まで行ったからな。化石の売却はオレがやっておこう。買い取り手に心当たりもある」
化石を布で包み込んだクラインが、私の手から鑑定書を引ったくって宣言した。
クラインが金を独り占めするなどとは疑っていないが、突然出てくる横暴な節々にはどうしても慣れない。
「そのくらいなら僕がやるけど。クラインは光魔術とかで最近、忙しいだろ?」
「まだゾディアトス導師の講義はオレの予習範囲内だ。今はそれよりも、クリームの吐いた息が篭る学園に居たくない」
ああ、やっぱりまだクリームさんの事は引きずっていたか。
皺の寄った顔を見るに、嫌悪感は変わらず相当のものである。
「はは、そうか。なら任せるよ。お金は明日でもいいからな」
「わかった」
「あたしは今日中にもらって、なんか美味いもん食べたいんだけどなー。つーかクラインをパシらせてぇ」
「明日だな」
化石の金は、一人あたり四百YENか。
こりゃあ、食堂の昼飯と相殺ってところだな……くそ、なんだかやるせないな。
『じゃあ、金のことは任せたぞクライン。俺は……そうだなぁ』
ライカンの黄色い目が、ちらりと私を伺った。
また、話に付き合わせる気だ。そうに違いない。
『武術の鍛錬でも、していようか』
それは、方便か? 本気で言ってるのか?
判断に迷うぞ。
もちろん私がライカンと一緒に武術の訓練なんてするわけもない。
かといって私とライカンで何ができるのかといえば、何かできるわけでもない。
事前にソーニャから“あまり不自然な単独行動はしないように”と釘を刺されてしまったので、動きたくとも動けないのだ。
特に、マコ導師に直接、根掘り葉掘り聞くのは駄目なのだとか。周りくどいことであるが、それがソーニャの判断である。
『ううむ、せめてマコ先生の好みのタイプでもわかればなぁ』
「……わかったら、どうすんの?」
『無論、努力するに決まっているだろう』
「そうか、まぁ、それしかないもんな」
私がソーニャから与えられた役目は、マコ導師に関する情報収集だった。
マコ導師には直接聞かず、なおかつマコ先生に嗅ぎまわっていることがばれないような相手を選んで、情報を集めろとのことである。
その調べでマコ導師の好みのタイプなんかを聞ければ最良、というか最短で話が終わるんだけど、そんなものを知っている人はなかなか居るものではないだろう。
というより、そういった大事なところはソーニャがなんとかするらしい。
私はもっと簡単な、マコ導師の基本的な経歴や嗜好を探るように言われている。
何事も順序が大切だ。ライカンの望み薄な悲願を実現させるためには、マコ導師に関する基礎からの、より念入りな調査が必要なのだ。
って、ソーニャが言ってた。
「ライカンは、マコ先生に関してどこまで知ってるの?」
『話した通りだ。可憐で、美しく……』
「それはいいから」
また一時間近く時間を潰されてしまう。
聞いているだけで魔力が削られそうなので、本人が心地よかろうとも勘弁願いたいものだ。
『いや、俺が知っているのはロッカと同じだな。杖士隊からやってきたという話以外には、特に聞いていない』
「普通、好きになる人のことって、詳しく知ってるもんなんじゃないの?」
『常日頃そう思ってはいるが、講義中に私情で質問はできんしなぁ。休み時間に声をかける勇気はないし、他人にはもっと聞きづらいし……』
おい、ボソボソ喋るな。もっとハキハキ言え。
つーかライカン、お前変な所で女々しいな。
「まぁ、そういうことなら、わかった。私がマコ先生について、出来る限り色々と調べてきてやる」
『おお! さすがはロッカだ! 頼めるか!』
「ライカンには世話になってるからね。まぁ、これを期にマコ先生の理解を深めることだね。そこから合否を自己判断するのも、悪く無いと思うよ」
『かたじけない!』
私がにわかにやる気を燃やすと、ライカンは勇者の出立を見送る父のような勢いでエールを送ってくれる。
私の闘技演習前にかけてくれた声援よりも大きな彼の期待感に、私は何も考えずに淡々と仕事をこなすことに決めた。
何故三十三歳と二十五歳の男同士の恋仲を私に頼むのか。
そんな疑問を総動員した理性で振り払って、私はひとまず、最初のアドバイザーのもとへ向かった。
「え、セドミスト導師に関する話?」
「うん、知ってる限りのこと全部聞きたい」
最初に当たったのは、第二棟の九階で幼竜を眺めていたルウナだ。
ちなみに、ここにいる彼女を探し出すのに二十分近くかかっている。
どこにいるかわからないルウナをそれでも探し続けた理由といえば、一番まともそうな人であるからという一点をおいて他にはない。
久々の出会いに積もる話もあったのだが、とにかく今はマコ導師についての情報が先だ。
「んー、属性科の担当導師じゃないから、私も詳しいわけじゃないけど」
「知ってる限りでいいんだ」
「本当に知ってることは少ないけど、いいの?」
「お願い」
ルウナは“わかったわ”と快く頷いてくれた。
ここで、何故そんなことを聞くのかと疑わないあたりが、純粋なルウナらしい。
「まず、学園に来たのは三年前。杖士隊を抜けてやってきたということかな」
彼女も、マコ導師が杖士隊から来たことを知っているようだ。
まぁ、杖士隊もエリートだから、話題になって当然の事なのかな。
三年前といえば、ルウナの属性科の三年で、マコ導師とは同じ年に入ってきたことになる。そんな関係でも、覚えていたのかもしれない。
「杖士隊では、かなり実力の高い部隊にいたらしいわね。水属性術が得意らしいから、私の憧れでもあるわ」
「おー、マコ先生、すごいんだ」
つまり、エリートの中のエリートだ。
流石は世界でも最大級の理学学園。新人の導師すらも粒ぞろいってことか。
水属性が得意というのは初耳だけど、なんとなくわかるかな。
「あとー……やっぱり、男女問わずよくモテるってことかな」
「男女問わず?」
「懐かれる、好かれるっていう言い方のが正しいかもね。セドミスト導師、誰に対しても優しいし、なんていうか……場を和ませてくれるから」
確かにマコ導師がいるだけで、ボウマの悪戯や暴走もほとんど抑えられている。
雰囲気がほわほわとしているので、講義中もどこか落ち着いた気分で黒板を眺めていられるのは嬉しい。
私が勉強で躓くと授業の更新を逐一止めてまで教えてくれるので、面倒見も良さそうだ。
彼の性格は間違いなく、男女問わずに素晴らしい人であると言っても良いだろう。
「私から見たセドミスト導師の評価も含めて、こんなところかな。知っているのは」
「ありがとう、ルウナ。すごく助かったよ」
「ふふ、どういたしまして。けど、知りたければ本人に聞けばいいのに」
実は私もそう思う。まどろっこしいよね。
けど、ソーニャが駄目だって言うからさ、仕方ないんだ。
とまぁ、そんな感じでマコ導師の軽い情報をひとつ手に入れた。
ライカンと同じく、マコ導師は私の担当導師でもあるので、こんな情報収集もあまり時間の無駄では無いかもしれない。
私は構内をひたすらに歩きまわっていた数分前よりもやる気を滾らせて、次の宛てを目指した。
次は誰か。
無論、出会った顔見知りが対象である。
「おや、君はロッカ=ウィルコークス」
「!」
属性科の階段を歩いているうちに遭遇したのは、特徴的な白髪の少年だった。
当然、そんな姿に見覚えが無いはずもない。
階段の下で私を見上げる彼の年不相応な眼力に、私の中に微かな火が灯った。
「あんたは……確か、イズヴェル、だっけ」
「そうだ……ああ、自己紹介をしていなかったかな。僕はイズヴェル=カーン、よろしく頼む」
「よろしく」
イズヴェル。通称“激昂のイズヴェル”。
こいつのことは、ラビノッチ騒動の時に邪魔をされたので、よく覚えている。
結局ウサギは捕まえたからいいものを、あと一歩間違えていたら、ラビノッチはまた再び街の中に掻き消えていたかもしれない。また街中から追い詰めることを考えると、おぞましさのあまりに総毛立ちそうだ。
「……そういえば、まだ謝っていなかったな。あの時は、本当にすまなかった。多大な迷惑をかけてしまったことを、ここに詫びさせてくれ」
私が軽く握手してやり過ごそうとする前に、イズヴェルは意外にも頭を垂れた。
階段から降りようという、あと数歩のところでの不意打ちである。
「え、おい、やめてくれよ、こんな所で……」
「いや、謝らせてくれ。僕はあの時、どうかしていたんだ」
ここは属性科の中央階段だ。決して人通りは少なくない。
頭を下げる年下の少年と、それを階段の上から高圧的な感じで見下ろす私。
そんな私達を、足を止めて伺う学徒たち。
鈍い私でもわかる、構図としてあまりよろしくない状況であった。
「ああいったことには僕も無知で、礼儀や流儀も知らなかったんだ。初めてのことだったとはいえ、君には乱暴なことをしてしまった」
「いや、いいよ、全然気にしてないし……」
イズヴェルの重すぎる謝罪が、かえって近くを通る学徒達に不信感を与えている気がする。
どこからか“そんなことまで”だとか、“噂は本当だったんだ”だとか、不穏な言葉まで聞こえてくる。
これは、ついさっき“去り際に肩でもぶつけてやろうか”と考えていた私への罰だとでもいうのだろうか。
「僕を、殴ってくれ」
「は?」
窮地の最中で、イズヴェルは固く目を閉じ、比べようがあるならば、まだ魔術の詠唱の方がいくらかマシと言えるような言葉を口にした。
「君もあの時、多少なり怪我をしたはずだ。僕は、それを一言二言で謝って済ませようだなんて思っていない。全てを受け入れる覚悟だ」
「い、いや、本当にいいから……」
「頼む。僕は自分が許せないんだ」
遠目に伺うだけだった通りすがりの学徒達が、これから私が行うらしいなんぞに勝手に息を飲んでいる。
いかにも“これから暴力が振舞われるのか”とでもいうような、戦慄した雰囲気だ。
いや、勘弁してくれ。冗談じゃないぞ。私を何だと思っているんだ。
「ま、まあ、イズヴェル。気にすんなよ」
「気にするなと言われても……」
「そのことについては、もっと邪魔にならない場所で話そうか。な」
「ん、そうだな。わかった、そうしよう」
私は勝手に淀んでいった空気に耐え切れず、イズヴェルの手を引いてその場を離れた。
去り際に“あのイズヴェルまでも……”といった声が聞こえてくるが、努めて聞かなかったことにしよう。
だが“噂通りの猿人だな”とか呟いていた男の顔だけは覚えておく。お前だけはどこかで肩を破壊する。
かくして、私とイズヴェルという奇妙な二人組みは、静けさ漂う第四棟まで逃げてきたのである。
第四棟は、学園の端にある棟だ。
数字の上では第五とは隣だが、第五棟とは真逆に位置しているので、勘違いしていると学徒指令などの時に大変な事になるので注意が必要である。
端に追いやられた第五棟と同じで、第四棟もまた学園の主要な棟ではなく、魔道士にとっては割とどうでも良いような施設が多い。
代表的なものといえば、純粋な魔力や身体強化などを擁する気学になるだろうか。
しかし気学というものの研究はあまり盛んではないようで、導師の数も少ないのだとか。
つまり、その他色々の寄せ集め。第五棟並に寂しい棟なのである。
「……まぁ、なんだ。イズヴェルだっけ」
ハーブの花壇が点在するロビーには、私とイズヴェルがいるのみ。
ここならば人目を気にせず、話しやすいだろう。
「とりあえず、聞かせてよ。ラビノッチの時、どうしてあんなに怒ってたんだ」
私がどうしたものかと、ひとまず順序立てて聞くと、イズヴェルは傍らのロッドを強く握りこんだ。
柄に包帯のような布を螺旋状に巻きつけた、一見材質のわからないロッド。
布のない露出した柄の先端部分は、赤褐色の原石のような質感であることが伺えるものの、材料はわからない。
六本の鉤状に削り整えられた柄は、大きな赤い先石を咥えこんで、固定している。
竜の杖。なんとなく、そんな言葉をイメージさせるロッドだった。
滑らかに磨かれた先石は煌灯の光を反射して、細められた赤い瞳をわずかに照らしている。
「あれは、魔獣を殺そうとする奴が許せなかったから」
「はあ? 街に入った魔獣だぞ」
よくわからない答えに、私は頭をひねる。
「それでも、魔獣自体に害意があったわけじゃないだろうと、そう思ったんだ。僕はどうしても魔獣を助けたくて、それでカッとなって……」
「人の縄張りに入っておいて、それはないだろ」
「……今は、反省している。魔獣や人の営みについて理解もないのに、僕は単純な感情に任せて、君たちに手を上げてしまった。すまない」
「いや、手を上げたっていうか」
危うく焼き殺されそうになったんだけどな。
が、そのところもまるごと反省しているのだろう。
人は取り返しのつかない罪を犯すと、こんな表情になるのかもしれない。イズヴェルの顔からは、それほどの強い想いが感じられた。
デムハムドの悪ガキ共はしょっちゅうみみっちい悪事を働いていたので、その折檻には慣れている。
真っ向から開き直られるなら簡単だ。殴ってやればいい。
涙を浮かべて情けなく平謝りするなら、まぁまぁと許してやらんでもない。
けどこうして、あらゆる罰を覚悟するような態度で謝られるのは、ちょっと苦手だ。経験がない。
叱りつける前から反省して、なおかつ罰を要求してくる相手なんて、さすがの私も初めてなのだ。
「あー、まぁ、そうだな」
私は彼の低い頭に、軽く手を置いてやる。
イズヴェルはぴくりと震えたが、以降のことは受け入れたように、固く目を瞑った。
何をされると思っているのやら……。
相手は年下だし、私よりも背は低い。
しかし、男の子だ。数年もすればきっと、私くらいすぐに追い抜いてしまうだろう。
イズヴェルに母や姉がいるかは知らないが、こうして女が頭に手を置いてやれるのも、今のうちだろう。
「反省してるなら、良いんだよ。次からは暴走しないように、気をつけりゃあな」
「ん……」
白髪を少々荒っぽく掻くように撫でてやると、イズヴェルは困ったような顔をしてみせた。
「……子供扱いは、やめてくれ」
「子供だろ」
「僕は十五だ。魔術も立派に使える」
「だから、子供だっつうの。ったく、ボウマみたいな奴だな」
十五歳を大人だと言い張る奴と会ったのも、これが初めてだな。
けど、イズヴェルのように背伸びしながらも、純粋な心を持っているようなガキは嫌いじゃない。
「あ、そうだ。イズヴェル、反省ついでに、知ってたらで良いから。聞きたいことがあるんだけど」
「聞きたいこと? それはなんだい、ロッカ。僕に答えられることなら、何でも話すぞ」
いや、そんなに真剣な目をして構えられると、ちょっと言い出しにくくなるくらいの些細なものなんだけど。
けど、彼は“激昂のイズヴェル”という呼び名を持つ、学園の神童らしい。魔術に関しては有能なのだから、もしかしたら導師さんの事情にも詳しいかもしれない。
彼に聞いてみても、損は無いだろう。
「マコ=セドミストって知ってる? 私達、特異科の担当導師さんなんだけど……」
「ああ、知ってる。女性の格好をした、変な男性導師だな」
「うん、まぁ、そうだよ」
おおっと。学園内ではマコ導師の女装については受け入れられていると思ったけど、やっぱり全てが全て、そういうわけでもないんだな。
どれだけその姿が似合っていようとも、イズヴェルのように変だと思う人がいるのも、当然か。
「セドミスト導師がどうかしたのかい」
「いや、私、最近学園に来たばっかりだから、マコ導師のこと詳しくなくてさ、色々と知りたいんだけど」
「僕に聞かなくても、周りに聞けばいいと思うけどな。杖士隊の“白偸霧のマコ”といえば、かなり有名じゃないか」
「……えっ、なにそれ」
“白偸霧のマコ”?
闘技演習でも使うような二つ名か。今まで私が見てきたのは解りやすい二つ名が多かったけど、彼が言ったそこからは、あまり情報が読み取れない。
イズヴェルは私が何も知らないことがよほど不思議なのか、ちょっと呆れたような表情を見せながらも、丁寧に説明を続けてくれる。
「ロッカの担任であるセドミスト導師は、元杖士隊ワンドフォースの優秀なヘッドリーダーだったんだぞ」
「……わんど……へっど?」
「杖士隊の全体をロッドフォース、そこから三十人前後で組んだ隊がワンドフォース、さらにそこから五人前後で組まれた班がタクトフォースと名付けられている。セドミスト導師は、三十人規模の魔道士達を指揮する立場にあった人なんだ」
「うそっ」
エリートだとは思っていたけど、まさかあのほわほわした先生が、軍隊の中で結構な立場にいたとは。
三十人規模の選りすぐりの魔道戦士達に命令を出す、マコ導師。
……だめだ、全く想像できない。私の頭の中のマコ導師は、ひたすらお茶汲みに奔走している。
「セドミスト導師率いるワンドフォース、通称“白失の隊”は、主にリリ地方で活動していた。実績は他のワンドフォースとは比べ物にならないほど高く、近年では飛び抜けて優秀だったそうだ。水魔術というものはあまり好きではないけど、それでも僕が尊敬する人物だよ」
「す、すごい人だったんだ」
「竜討伐数、盗賊討伐数共に多かったはずだ。水国への貢献度は文句のつけようがないくらい高いぞ。それだけに、隊をやめて導師となったことは、ちょっと残念だな。まだまだ現役として、世のために杖を振れるはずなのに」
イズヴェルはそう言うと、本心から悲しそうな顔をしてみせた。
そこからは、マコ導師に対する確かな尊敬の念が感じ取れる。
「しかし、君の担当導師だろう。偉大な導師だというのに……魔道士を目指す身として、そのくらい知っておかないでどうするんだ。師から学ぶ身である以上、師を尊ぶべきだろう」
「う、返す言葉もない……」
確かに、私は正面の問題にかかりきりで、マコ導師やその他周りの色々なものに目を向けて来なかったかもしれない。
覚えた魔術は基礎から順序良くというものではないだろうし、マコ導師に限らず、他の導師さんについても全くの無知である。学園内の知らないことは、まだまだ沢山ありそうだ。
イズヴェルの言う通り、魔道士としてそういったところも、私には大きく欠けているのだろう。
「だからミスイも、君のことを魔道士として認めていないんだろうな」
「え、ミスイ?」
「ああ。けど安心してくれ、僕は君のことを、ちゃんと魔道士として認めているぞ。ルウナとの闘技演習は、なかなかに見応えがあった」
「お、おう、ありがとう……」
ミスイが私を認める認めないについて引っかかったが、さらりと流してしまったイズヴェルによって、私も深く追求することを忘れてしまった。
「まあ、僕がセドミスト導師について知っているのは、そういうところになるだろう。詳しい武勇伝などについては、彼から直接聞けばいいんじゃないか」
「……そうか、ありがとう、イズヴェル。色々と、貴重な事を教えてもらったよ」
しかし、マコ導師。
人から聞けば聞くほどに、とんでもない人物像が組み上がっていくな。
ライカンよ、お前の憧れる可憐なその人は、仙山の高嶺の花かもしれないぞ。




