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最悪 (4)

 昼間、青空を彩っていた薄雲が、夕刻が近づくにつれ次第に厚い雲へと変わっていく。蒸し暑さを含んだ空気が、まるで不吉な夜を歓迎するかのような憂鬱を連れてくる。いつもなら夕焼けが映える時間帯であるにもかかわらず、分厚くなった雲のせいですでに周囲は急速に薄暗くなりつつあった。


「コッチだよ~、りん~!」


 先頭切って歩く東子が、キョロキョロと落ち着かない“りん”を手招きした。“りん”は、小走りで東子や沙紀たちに追いつくと、足早に歩きながら物珍しそうに目の前の建物を見上げた。十階建てのマンションが目の前にそびえ立つ。いくつかの部屋にはすでに明かりが灯り、暗くなった周囲をほのかに照らしていた。


「あそこだよっ!」


 そう言いながら、東子は明かりのついていない最上階の角部屋を指差した。いうまでもなく東子の家である。

 東子、沙紀、栞、“りん”の一行は、オートロックに守られたセントラルコートを抜け、エレベーターに乗り込んだ。東子が十階のボタンを押すと、血の気が引くような独特の感覚とともに、現在フロアの表示がみるみるうちに上昇していった。十階に到着したエレベーターのドアが音もなく開き、四人は吐き出されるように外に出た。そのまま真っ直ぐ進んだ一番隅の部屋の前で、東子は鞄から取り出した鍵でドアを開けた。


「いいよ、入ってっ!」


 一軒家である“りん”の家よりも広いのではないかというような玄関が“りん”たちを出迎える。リビングとダイニングキッチンの他に二つの私室という間取りながら、廊下は幅広に取られており、ここがマンションの一室であることを感じさせなかった。

 “りん”たちも靴を脱いで東子に続いた。真っ直ぐ廊下を進んだ東子は、リビングの入口の手前のドアを開けて中に入った。後を追うように部屋に足を踏み入れた“りん”たちは、その妙な空間にアングリと口を開けた。


「な、なんだ、ここ?」

「これ、全部東子さんのものですか……?」


 まるで物置のような部屋だった。棚にはガラクタといって差し支えないものが所狭しと置かれ、マッドサイエンティストの研究室か魔女の実験室と見間違わんばかりの雰囲気作りに一役買っている。窓の近くには大きなパソコンデスクに高級そうなデスクトップパソコンが一台……その周囲だけが小奇麗に片付けられているため、この部屋の混沌とした雰囲気を助長させるチグハグ感があった。

 東子は、真っ先にパソコンの電源を入れた。東子の家(ここ)に来た目的がそれだったからだ。


「さ、シオリン! すぐにパソコンの準備が出来るよっ!」

「ありがとうございます! 早速使わせてもらいますね」


 そう言うなり、栞はパソコンチェアに座った。程なく二十七インチの大型液晶モニタにウィンドウズの起動画面が現れ、マウスカーソルが栞の手の動きに合わせて動きだす。早速ブラウザを立ち上げた栞は、慣れた手つきでカチャカチャとキーボードを叩き始めた。その間、和宏は部屋の中のガラクタ群に圧倒されていた。


「なぁ、ここ誰の部屋なんだ?」

「アタシの部屋だよっ」

「ええっ!」


 クリーム色の無地のカーテンに、飾り気のないスチール棚に所狭しと置かれた無数のガラクタたち。女子高生らしさのカケラも見当たらない部屋である。“りん”は、棚の陳列物をよく眺めてみた。端から順番に見ていくだけで、なんでこんなものが……? と突っ込まずにはいられない品物がいくらでも目に飛び込んでくる有様だった。


「この電気スタンドみたいなの……なんだ? なんで同じのが二つも三つもあるんだ……?」


 そう言いながら“りん”は、電気スタンドらしきもののスイッチを押した。


「おわっ!」


 突如、電気スタンドから放たれた強烈な閃光が“りん”の目に突き刺さった。電気コードも伸びていなかったため、まさか点くとは思っていないところへの奇襲攻撃。暗闇の部屋から出た途端に太陽の直射を喰らった時のように目が眩んだ。


「気をつけてっ! 園芸用の蓄電式日照ライトだから、油断すると目がつぶれちゃうよっ」

(はっ、早く言えっ!)


 一時的に何も見えなくなった“りん”の視力は、幸いにも程なく回復したが、こんな光がまともに目に入ろうものなら、太陽の直視と同じくらい危険だっただろう。


「この辺のモノはお父さんのモノだったけ?」

「うん、パパのっ」

「え、何? どういうことなんだ?」

「つまり、この部屋は東子の部屋兼家族の物置なのよ。いらなくなったガラクタなんかをここにひとまとめにしてるワケ。必要なくなったモノなら捨てればいいのにねぇ……」

「えへ、ウチはモノが捨てられない家族だからっ」


 東子がペロッと舌を出すも、沙紀は


「限度ってモンがあるでしょうが。本当に変わり者一家なんだから……」


と言って肩をすくめた。どうりでガラクタ然としたものばかりだ……と和宏は思った。家電、人形フィギュア、インテリアなどなど……よく見ると、おかしなものは他にいくらでもあった。


「これもお父さんのかしら?」


 沙紀が、電気スタンドの隣にあったデジタルビデオカメラを手に取りながら聞いた。今時のビデオカメラよりも一回り以上サイズが大きいビデオカメラだった。


「そうだよっ! 夜行性の虫か何かを撮るために買った特別なビデオカメラだったんだけど……ほとんど使わなかったような気がする」

「ふ~ん……もったいないわね。結構高そうなのに」

「東子、これ誰の?」


 “りん”が手に取ったのは、棚の上に無造作に置かれていた大量の野球の硬式ボールのうち、一つのサインボールだった。サインと一緒に“ソルティードッグズ”“7”と直筆らしきマジックペンで描かれている。和宏と栞もファンだというプロ野球選手、“ソルティードッグズ”所属の“海藤”選手のサインボールだ。


「多分パパの……だと思う。でも、パパはプロ野球興味ないから……もらい物じゃないかなぁっ」


 さまざまな物がズラリと並ぶ棚を順番に見ていこうとすれば、丸一日かかっても時間が足りなそうだった。そんな脱線しかかった三人を、栞の一言が引き止めた。


「ありました!」


 のどかを探す手がかりを求めてパソコンを操作していた栞が、若干興奮気味に叫んだ。“りん”たちは、弾かれたように栞を取り囲みながら、パソコンのモニタに食いついた。


「何これ? “株式会社 うるし”……?」


 モニタに映っていたのは“漆”という会社のウェブサイトだった。色使いにはセンスなく、レイアウトにも工夫が見られず、インタラクティブな動きは全くない。まるでやっつけ仕事のような造りで、トップページに踊る“未来への飛翔”といった大仰な飾り文句が空虚に感じられた。


「この会社は、漆原の一族が経営しているレンタルスペースの会社なんです」

「レンタルスペース?」

「はい。オフィスとか倉庫とかをレンタルしているらしいです」


 もちろん漆原の一族がタッチしている会社はこれ一つではなく、その中では比較的地味目な会社にしか過ぎない。ただし、一つだけ特筆するべき点があるとすれば、あの“漆原圭輔”が代表取締役となっているという点だった。


「ええっ!? 社長なのっ!?」

「はい、そうなんです」

「でも、それがどうつながるワケ……?」


 沙紀が、当然の疑問を呈する。栞はさらに続けた。


「実は、漆原はのんちゃんの時以外にも何回か暴行事件を起こしたと噂になったことがあるんですが、その現場はいつもこの会社の持ち物でした」

「――っ!」

「じゃあ、今回もそこで……っ?」


 いきり立つ三人に、栞は首を横に振りながら押し留めるように言った。


「ひょっとしたら……ですけど。そもそも、この会社の持ち物が近くにあるのかどうかもわかりませんし」


 何一つハッキリとしたことがわからない中、雲を掴むような話である。だが、他に手がかりがない以上……このまま進むしか道はなかった。栞は、ウェブサイトのリンクを辿り、レンタル物件の一覧をモニタに表示させた。全国津々浦々の物件の所在地が北から順番に並ぶ。その中の一つを見て、四人は同時に叫んだ。


『あったっ!』


 県内にあるただ一つのレンタル倉庫物件。所在地欄には“市”までしか出ていないため、詳細な場所がわからない。栞は、地図表示のリンクをクリックした。これで、周辺地図が画面に表示される……はずだった。


「え……! リンク切れ……!?」


 無味乾燥な“Not Found"の文字が画面に現れる。他の物件の所在地の地図リンクは生きているのに、肝心のこの物件に限って地図を見ることが出来ないのだ。栞は、悔しさのあまり唇を噛んだ。


「え、何? どうしたんだ?」


 事態を把握できてない“りん”の声が虚しく響く。地図を見なければ場所がわからない。もちろん、そこに行くことができない。ようやく事態を理解した和宏は、もう焦りを隠すことは出来なかった。


「じ、じゃあどうするんだよ!」

「ど、どうしましょう……。もう、しらみつぶしに探すしか……」


 さすがの栞もうろたえることしか出来なかった。市内といっても面積は相当広い。目を皿のようにして地図を端から端までスクロールさせて見たとしても、全てを見終わるのにどれだけ時間がかかるのか想像もつかないところだ。重苦しい雰囲気が四人の肩にズシっとのし掛かり、誰も声を発することが出来ないまま、ただ時間だけが過ぎていった。


「やっぱりムリよ! 探しきれるわけないじゃない! 何か手がかりでもあれば別だけど……」


 沙紀が、珍しく弱気な様子で頭を掻き毟った。東子の表情も似たような悲壮感が漂っている。その時、『手がかり』という沙紀の言葉に反応して、和宏の頭の中にだけ閃いたものがあった。


『彼……昔の知り合いでね。これから海までドライブに行こうって誘ってくれたんだ』(「俺、りん(完結編」『最悪 (2)』参照)


 のどかが漆原の車に乗る前の台詞が和宏の頭の中で再生され、それが何度となく繰り返される。


(海までドライブ……? 海?)


 それが本当に手がかりになるのかどうかはわからない。しかし、和宏は雲を掴むような思いで叫んだ。


「そうだ! 海! のどかは『海にドライブに行く』って言ってた!」

「海……ですか?」

「そう! 海!」


 海……倉庫……。栞はそう呟きながら、途中で顔色を変えた。


「ひょっとして港でしょうか。港なら倉庫は付き物ですし……」


 栞の着想に説得力を感じた沙紀と東子の顔が、パァーっと明るくなった。


「それよ! 探すのよ!」

「そうそう! 市内の港なら二ヶ所しかないよっ!」


 明確な目的を得て、栞のマウスの動きが早さを増した。港周辺の地図をストリートビューで表示させ、建物一つ一つを入念にチェックしていく。そして、目的の建物は予想以上に早く見つかった。


「ありました!」


 栞が元気良く叫ぶと、三人は食い付くように画面に群がった。画面には“株式会社 漆”という看板が掲げられた大き目の建物が表示されている。表示の角度を変えると、その倉庫の中は空っぽであることが確認できた。おかげで内部の造りまで丸見えだった。


「何してんだよ! 場所がわかったんなら早く行こう!」

「でも、ここからじゃ結構遠いわよ。東子の家、自転車あったっけ?」

「あるよっ! アタシのとパパのとママのと三台っ♪」

「おあつらえ向きね。東子は私の後ろに乗りなさい。飛ばせば三十分もかからないわ」


 “りん”たちが、急く気そのままにドタドタと駆け出していく。置いていかれないように後を追おうとした栞は、ある閃きを感じて足を止めた。


「東子さんっ!」


 大きな栞の声に、今にも部屋を出て行こうとしていた三人が一斉に振り向く。栞は、幾分か恐縮そうに呟いた。


 ここにあるもの(ガラクタ)……いくつか持っていってもいいですか――?



 ――To Be Continued

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