86 鮮烈な光
愛されていたことを分かっていて、泣き縋る弟子たちの前で命を使った。
「愛する魔女とあのように決別して、弟子がまともな人生を歩めたと思いますか?」
その自覚はきちんと持っている。
ルイスの言葉を甘んじて受け入れようとした、そのときだった。
「……やめろ」
「……ノア?」
クラウディアは、ひとつ瞬きをする。
「姫さまに、お前の醜い願いをぶつけるな」
低い声音で呟いたノアに向けて、ルイスが続ける。
「アーデルハイトさまが亡くなったとき、僕たちの未来も死んだんだ」
「姫さま。聞き入れては駄目です」
「いなくなってしまわれるのなら、僕らもちゃんと道連れにしてくれればよかった……」
「黙れ。さもなくば――……」
魔法の剣を手にしたノアが、その切っ先をルイスに突き付ける。
「ノア君なら、クラウディアよりもずっと僕の気持ちを分かってくれるよね?」
「……」
ノアは静かに口を開いた。
「……お前の取った手段について、俺が共感することは有り得ない」
「嘘だ。君だってアーデルハイトさまを失ったあと、蘇っていただくためになんでもするはずだ……!!」
「姫さまはそんなことを望まない。……本当はお前だって、自分のやっていることが姫さまに拒絶されることくらい、最初から分かっていたんだろう?」
そう告げられて、ルイスが目を丸くする。
「アーデルハイトさまに拒絶されることを、僕が、分かっていた……?」
「それとも無自覚なのか? お前が塔の女性たちに対し、『魔法』の話しかしていないのは。だがあの女性たちが眠っているのは、お前の優秀な結界魔法とやらの所為じゃない」
ノアの持つ黒曜石の瞳が、ルイスのことを睨み付けた。
「あれは、呪いによるものだ」
「…………?」
ルイスがゆっくりと瞬きをする。
「……のろい」
その呟きは、まるで聞いたこともない単語を口にしたかのようだ。
「僕が呪いを発動させた? ……確かに苦心した。あの女たちを生きたまま眠らせ続けることが、どうしても出来なくて。手元に残っていたのは五百年前の、あいつらから奪った魔法道具……」
「だから俺はお前に共感しないと言った。同類に成り下がってたまるものか」
「いいや、僕が呪いになんか頼る筈はない……! 呪いの魔法、あれは僕たちが戦った敵による道具だぞ!? その所為でアーデルハイトさまを失った。そんなものに僕が頼る訳が、嗚呼、だけど……!!」
ルイスが自らの瞳を隠すかのように、片手でその目元を覆った。
「そうだ、確かに覚えがある。強い願いを捧げる感覚、手を伸ばした銀色の首輪……」
「健気な思慕を捧げているだけのようなふりをして、姫さまの御心を傷付けるな。お前の行動は、呪いに抗うために命を懸けた姫さまを、取り戻して守るためのものじゃない」
ノアは、静かな殺気をルイスに注いで言い切った。
「――姫さまへの、復讐のためだろう」
「………………」
ルイスが僅かに息を呑む。
「……ふ」
けれども動揺が見えたのは、そこまでだった。
その瞳から光が消え、虹彩がぼやけて虚ろに霞む。
ルイスは自らを見下ろすノアに、冷めた声で淡々と告げた。
「君はまだこの人を失ったことがないから、正気を保っていられるんだ」
「…………」
その瞬間、ノアがぐっと剣を握り込む。
「復讐。……そうだね、復讐だよ。確かに僕は許せなかった。僕たちを置いて行ったアーデルハイトさま、その惨たらしい所業に怒りを燃やした……!!」
「お分かりになったでしょう、姫さま! 愛弟子があなたのためにやったことなのだと、そんな風にあなたが御心を痛める必要はない」
ノアの言葉に、クラウディアは目を細めた。
どうやらノアは理解しているのだ。クラウディアが表情にはほとんど出さず、優雅に椅子へと腰掛けながらも、とても悲しく感じていたことを。
シーウェルという名だったこの弟子に、どうしたら償えるかを考えていたことも。
「アーデルハイトさまは本当にひどい。僕は五百年苦しんだ、ずっと……!!」
「やめろ!!」
「あなたが惨たらしい人間であることを、僕の所業を通して実感して下さい……! あなたが捨てたからこうなった。あなたの所為で女たちの人生も歪んだ!! 彼女たちの犠牲を無駄にしないためにも、どうか僕の言葉に頷いて下さいアーデルハイトさま。あなたこそが世界で唯一、僕に大切にされている存在……!」
「姫さま。俺に、ルイスを斬る許可を!」
クラウディアはルイスを見据え、その叫びに耳を傾ける。
「僕の用意した器に入れば、もう二度と僕を置いて行かせないように守ってあげられる。お守り致します、あなたに再びお会い出来ることを待ち侘びておりました! アーデルハイトさまだけが僕の光、クラウディア……褒めて下さい、お願いだよ!」
ぐらぐらと何かが混濁したかのように、『シーウェル』の言葉と『ルイス』の言葉が入り混じる。
雪の上に崩れ落ちたままのルイスは、クラウディアに縋るように手を伸ばした。
「……ずるくて残酷な、僕の光……」
それと同時に、ルイスの白い肌の表面に、氷が割れるような亀裂が走る。




