83 重ねてきた目的
ノアが目を見開き、ルイスを見遣る。
「不死の存在……?」
呟いたノアは、凄まじい速度で状況を理解しつつあるようだ。
「やっぱりかつての弟子だもの。シーウェルと、そう呼んだ方がいいかしら」
クラウディアのその呼び掛けに、ルイスはとても幸せそうに笑った。
「僕の呼び方については、どちらでも構わないよ。君が呼んでくれるのであれば、何でもいいんだ」
そんなルイスの様子を見て、ノアが不快そうに顔を顰める。
「ルイス殿下。姫さまのお言葉を、否定はなさらないのですか?」
「彼女に真相を暴かれた。それなら、それを否定するなんて選択肢は僕たちに存在しないだろう?」
「……」
「彼女だけが正しい。それでいいんだ。……この感覚は、ノア君なら分かるよね」
目を細めたルイスは、ノアの守るクラウディアに笑い掛けた。
そして、朝焼けにも夕焼けにも見える瞳でこちらを見据える。
「君に会うために、この五百年を生き延びた。結界魔法の技術を駆使し、体から魂が剝がれないように閉じ込めて、魔法で体を作り変えて……」
「そうね。願いの話を聞きましょう」
ノアの引いた椅子に座って、クラウディアはお茶の席に着く。
「解決をするには、それを知る必要があるもの」
「僕の願いは君だよ、クラウディア。だって、ちゃんと分かったから」
ルイスは微笑みを絶やさず、少し首を傾げながら言った。
「最初は不思議だったんだ。……僕の前で無邪気に笑う君は、アーデルハイトさまとはまったく似ていないはずなのに。どうしてこんなにもあのお方を思い出すんだろうって」
似ていないのは当然だ。クラウディアは子供らしさを心掛け、無邪気に明るく振る舞っていた。
「けれど少しずつ分かっていった。君こそが間違いなく、僕の待ち続けていたあのお方なんだって」
ルイスは幸福そうな目で、クラウディアを前にして言う。
「……君は間違いなく、僕の運命を変えてくれた、たったひとりの人なんだ」
「……」
ルイスとふたりきりになった食堂でも、これと同じ言葉を告げられた。
『君は間違いなく、僕の運命を変えてくれた、たったひとりの人なんだ』
クラウディアは、くちびるで微笑みを作る。
「本当に長らく待たせてしまったわ。でも、城下でアーデルハイトを信仰する子供たちの会話を聞いたあなたは、『伝説に縋っても意味はない』と話したでしょう?」
あのときのルイスは、隣にいるクラウディアがアーデルハイトであることを知らないまま、彼の信念を語っていたのだろう。
「あなたがシーウェルなら、そんなことを言うはずがないように思ったの。だから、シーウェル当人だという断定に少し時間が掛かったわ」
「あの発言は、決してアーデルハイトさまを軽んじたものではないよ? だって、アーデルハイトさまは偉大な魔女だけれど、五百年前に亡くなった人の幻影を求めても取り戻せない。……大事なのは、いまこの時代に生きている人だ」
それは城下に出掛けた際、ルイスが話していたことと同じ言葉だった。
本当はどういう意図を持った言葉だったのか、事態をすべて把握した今ならばよく分かる。
「そう、大事なのは未来。つまりは、もう亡くなっているアーデルハイトさまの奇跡を夢想するのではなく、生きているアーデルハイトさまに再会すること。――生まれ変わった魂を探すことだよ」
「…………」
クラウディアは小さく息をつき、椅子の背凭れに身を預けた。
「最初の姫君が目覚めなくなったのは、八年前ね。……ねえノア」
クラウディアは、テーブルの横でふたり分のお茶を淹れてくれるノアに問い掛ける。
「八年前といえば、ノアはどんなことを連想する?」
ノアは手を止めることなく、静かに答えた。
「御年八歳の姫さまが、お生まれになった年かと」
「ふふ、呆れるほどに私のことばかりね。――けれど、正解だわ」
「まさか」
眉根を寄せたノアは、クラウディアの言わんとしたことに気が付いたようだ。
「ルイス。あなたは私が死んでから、五百年間ずっと監視していたのね。アーデルハイトと同じ魂を持つ子供が、この世界に再び生まれてくることを」
「……やっぱりアーデルハイトさまの生まれ変わりだ。僕の考えをこんなに分かってくれる人は、他に居ない」
そう笑ったルイスは、完璧な王子さまとしての顔で語る。
「君がいなくなってしまってから、僕はたくさん魔法の勉強をしたんだ。そのひとつに、世界全体を薄い結界で覆って、中にいる人間の魂を調べるというものがあった」
「……」
ノアが目をみはったのも無理はない。
ルイスが口にしてみせたのは、前世の魔女アーデルハイトでもうんざりするほどの労力が掛かる、そんな魔法だった。
「もちろんひどく消耗した。しかも、自分自身の魂を体に閉じ込めて縛り付けながらだ。八年前、君の魂がこの世に戻ってきたことを察知したときは、泣いてしまうほどに嬉しかったけれど……」
ささやかな失敗談を口にするかのように、ルイスは照れ笑いを浮かべて言う。
「そこで意識が途切れて、肝心の場所が掴めなかった。それは許せない失態だけれど、少なくともあのお方がこの世界にいる! だからその生まれ変わりを見付け出すまで、準備をしながら待つことにしたんだ」




