76 従僕への罰
※昨日も更新しています。前話をお読みでない方は、ひとつ前のお話からご覧ください。
「っ、ぐ……!!」
苦しげに呻いたスチュアートが、クラウディアの方に手を伸ばす。
けれどもクラウディアは、寝台へ優雅に腰掛けたまま動かない。ただただ微笑みを、スチュアートの方に向けるだけだ。
「アーデルハイト、さま……」
そう呟いて、スチュアートは石床に崩れ落ちた。
クラウディアは無感動にそれを眺めたあと、今度は従僕の背中に視線を向ける。
「ノーア?」
「…………」
叱られることをした自覚のあるらしきノアは、どこか気まずげな空気を纏い、ゆっくりとこちらを振り返る。
その様子は、主人の命令に背いてしまった番犬のようだ。クラウディアはノアを手招いて、目の前に跪かせた。
「私の『いい子』は何処に行ってしまったのかしら?」
敢えて尋ねれば、石床に片膝を突いたノアは、どこか拗ねたような表情でこう答える。
「……俺はあなたの『いい子』のままです」
「ふうん?」
「ご命令通り、スチュアートには傷のひとつも付けていません」
「結界を強制的に砕かれた衝撃で気絶した状態は、無傷とは言わないの」
そう告げると、ぐっと言葉に詰まったように顔を顰めた。
「……それは……」
やがて、大人姿のノアは頭を下げ、心底から反省した声音でこう呟く。
「――申し訳ありませんでした」
「…………」
無表情ながらも、はっきりとしょげたノアのつむじを見下ろして、大人姿のクラウディアは密かに考えた。
(……可愛いと思ってしまっているのをお顔に出すと、ノアの教育に良くないわよねえ……)
そう思い、両手でそっと口元を隠す。
(どうしましょう、でも可愛いわ。心なしか、萎れてしまったワンちゃんの耳と尻尾の幻が見える気がするもの)
だが、ここは心を鬼にする。ぷんと怒った表情を作り、豊満な胸の下で腕を組んだ。
「力の制御は上手くなって来ているのに、感情の制御が出来なくては台無しだわ。せっかく私の役に立つべく励んでいるのだから、どこまでも忠実でありなさいな」
「……はい。姫さまの仰る通りです」
「罰として、その大人姿で私によしよしされるのを我慢すること。いい?」
「………………」
ノアは何かを言い掛けたあと、それも押し殺したような顔をして、しずしずと頭を差し出してきた。
大人の姿をしたノアは、大人の姿のクラウディアに撫でられることをいつも嫌がる。だから、これは特別だ。
大人の姿になったノアの黒髪は、子供のノアよりも硬い。柔らかな子供のノアの髪を撫でるのも良いが、こうして撫で応えのある大人の髪も、可愛がっていてとても楽しいのだった。
それを存分に堪能しながら、クラウディアはにこにこ笑う。
「おりこうなノアに戻ったわね。いい子いい子」
「……っ、姫さま。お気が済まれましたら、何卒」
「だぁめ。さてと、スチュアートをどうするかだけれど……」
ノアを片手に撫でつつも、倒れ込んでいるスチュアートを見遣る。
「他国の王子に、下手なことは出来ないわね」
「……」
大人の姿に変身して、秘密裏に動こうとも怪しまれる。なにせ、いまがクラウディアたちの来訪期間中であることに変わりは無いのだ。
スチュアートが誰かにこのことを話せば、クラウディアやアビノアイア国に疑いの目が向けられる可能性はあった。
「スチュアートには、初日に大人姿を見られてしまっているもの。スチュアートが部屋に閉じ籠っていて、他人との交流がほとんど無かったから問題は無かったけれど」
「とはいえ、こうして敵対してしまっては、さすがにスチュアートも他の人間に黙っていないのでは」
ノアは言い、改めてクラウディアに頭を下げた。
「申し訳ございません。すべて俺の失態です」
「いいわ。どうせ、抵抗されるようなら眠らせて連れて行こうと思っていたのだもの。……さて」
クラウディアは立ち上がり、気絶したスチュアートの傍にちょこんとしゃがんだ。
「…………」
目を閉じて手を翳し、彼に流れている魔力を確かめる。これは、眠った姫君たちに行ったのと同じものだ。
クラウディアはその魔力を丁寧に辿ったあと、緩やかに瞼を開いた。
「……やっぱり」
「姫さま?」
立ち上がり、裾が床についてしまったドレスを手で払った。するとノアがすぐさま傍に来て、浄化の魔法で綺麗にしてくれる。
「スチュアートに話を聞きたいけれど、目覚めるまでもう少し掛かりそうね」
「……いかが致しましょう。治癒魔法の類が効かないようであれば、冷水でも顔に浴びせますか?」
「傷を負って気絶している訳ではないから、治癒は駄目だわ。万が一色んなことがバレてしまったときの対策として、攻撃魔法と取られかねない魔法も避けなくては。――ということで」
クラウディアはにこっと可憐に笑い、ノアを見上げる。
「しちゃいましょうか。誘拐」
「――――は?」
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