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72 王室の秘密




 そんなことを考えつつも、クラウディアはノアを呼んだ。


「ノア、座りましょ。こっちおいで!」

「いえ、俺は結構です」

「なんだよノア。大人が居ないんだから、堅苦しく立ってる必要無いぞ?」

「お気遣いをありがとうございます。――ですが座った体勢では、咄嗟のときに姫さまをお守り出来ませんから」


 するとヴィルヘルムは目を丸くした後、にっと笑った。


「分かった、お前の信念を尊重しよう。……ほらクラウディア、ひとりで座れるか?」

「ぶう……。ノア、頑固!」


 クラウディアはぷくっと右側の頬を膨らませつつ、椅子に座る。エーレンフリートの隣を選んだのは、クラウディアがアビノアイア国に戻ってきた本当の理由があるからだ。


「ねえねえエルにーさま。アーデルハイトさまって、いっぱい弟子が居たんでしょ?」

「そうだよ、クラウディア」


 エーレンフリートは、魔法に関する書物にたくさん目を通している。

 中でもアーデルハイトに関するものを好んでいて、アーデルハイトが死んだあとの後世への影響面などの知識は、クラウディアよりもエーレンフリートの方が豊富だ。


 夕刻、クラウディアは賓客室の椅子でお茶を飲みながら、ノアに対してこんなことを話していた。


『――私の弟子に、結界魔法の得意な青年が居たの』


 ちょうど昨日、その弟子に纏わる夢を見たのだ。


『シーウェルという名前で、その子は銀色の髪を持ち、部屋に閉じ篭りがちだったわ』

『銀髪……』

『スチュアートの庭は、シーウェルを思い出すの。見事な結界で守られていたし、スチュアート自身の気配遮断も完璧だった』

『気配遮断は、結界魔法の分野ですね』


 頷いて、ティーカップの中の水面を揺らす。


『クリンゲイト国の初代国王は、前世の私の弟子だったとルイスは言ったわ。けれど、ルイスは初代国王の名前は覚えていないと話していたの』

『姫さまは、初代国王がそのシーウェルという名の弟子だとお考えで?』

『どうかしら。いずれにせよ、その弟子が一体誰なのかは突き止めておきたいわね。眠ってしまった姫君たちは全員がこの国の王家の血を引いている――つまりは弟子の子孫だもの』


 クラウディアは、彼らの懐かしい姿を思い浮かべた。


『弟子の魔力の性質は、いまでもそれぞれ細やかに覚えている。姫君を眠りから呼び覚ますには、彼女たちの魔力を利用してあげるのが、一番目覚めがいいのよ』


 そんなやりとりを踏まえて、エーレンフリートに話を聞きに来たのだ。


「エルにーさまは知ってる? クリンゲイトの最初の王さまは、アーデルハイトさまの弟子なんだって!」

「それ本当? クラウディア」


 エーレンフリートが目を丸くしたので、クラウディアはにこりと笑った。


「ほんとう! だってルイスさまが教えてくれたもん!」

「うわ……」


 エーレンフリートは、焦燥と興奮が混じった様子で口元を押さえた。


「クラウディア。それはクリンゲイト王室の秘密かもしれない」

「ひみつ?」

「少なくとも僕の知っている文献には、アーデルハイトの弟子がクリンゲイトの初代国王だっていう話も、あの辺りの地域に流れ着いたっていう情報も見当たらなかったよ……!」


 エーレンフリートの説明を聞いて、机に頬杖をついたヴィルヘルムが顔を顰めた。


「そのルイスって奴が嘘をついてるんじゃないか? クラウディアに見栄を張ろうとしてさ」

「可能性として無くはない。でも、噂に聞くと聡明な王子なんだろ? わざわざそんな嘘をつくかな……」


 エーレンフリートがノアを見遣る。暗に意見を求められたノアは、それに従って口を開いた。


「俺の目から見ても、ルイス殿下がそのような嘘をつく必要性は薄いように思います。それと、姫さまからお話を聞いて、ひとつ違和感がありました」

「言ってみて? ノア」

「ルイス殿下は噂通りに聡明なお方で、勉学にも優れていると。……そんなお方が自国の初代国王の名前を、『忘れた』などと仰るでしょうか?」

「……考えにくいよね。一般国民ならともかく、なにせ王子だ」

「忘れていらっしゃるのではなく、敢えて伏せていらっしゃるのであれば納得がいきます。……王室の秘密という推測も、あながち遠くないのでは……」


 ノアの言葉に、エミリアが血相を変えた。


「クラウディア! ルイス王子にそんな話を聞いたって、他の誰かに言っちゃ駄目よ。口封じに酷い目に遭わされるかもしれないわ!」

「そんなことにならないよう、俺とノアがクラウディアを守ってやるよ。なあノア?」

「当然です。ヴィルヘルム殿下」

(んん……)


 子供たちが大騒ぎしている傍らで、当のクラウディアは考える。


(クリンゲイト初代国王がどの弟子なのか、エルにーさまに聞いても分からない。……やっぱり、考えれば考えるほどに……)


 そして、ふっと息をついた。


(そうね。やるべきことは明白だわ)


 クラウディアは、椅子から降りながら兄たちに告げた。


「んしょ。クラウディア、眠くなってきちゃったからもう行くね!」

「いけないわ、クラウディア。ちゃんとお風呂に入らないと駄目よ」

「ノアのまほーでぴかぴかにしてもらう! エルにーさま、さっきのは競争ね。クラウディアが最初の王さまの名前を見付けるのと、エルにーさまが見付けるの、どっちが早いか比べよう!」


 そしてノアに駆け寄ると、ぎゅっとしがみついて手を振る。


「おやすみー!」

「おいおいクラウディア、そんなばたばたと……」

「失礼いたします」


 ノアがクラウディアを抱き上げて、転移魔法を唱えた。

 そうすれば、一瞬でクリンゲイト国の賓客室に戻ってくる。ノアは従順に転移したものの、クラウディアの急な行動には驚いたようだ。


「姫さま。突然どうなさったので――……まさか」


 何かに気が付いたらしきノアが、思わずといった様子で眉根を寄せる。


「……今からですか?」

「さすがはノアね。賢い上に察しが良いわ」

「――っ」


 ぽんっと軽やかな音を立てて、辺りに煙が満ちる。

 そこから現れたお互いは、それぞれ大人の姿になっていた。


「実はね。姫君たちが何処に捕われているか、正確な場所はもう分かっていたの」

「……この姿で、潜入なさると?」

「見つかったら外交問題だもの。アビノアイア国の王女とその従者が、クリンゲイト国の汚点として隠されている姫君たちに会いに行くなんて」


 くすっと笑い、大人らしく長い指をくちびるの前に立てる。

 大人姿のクラウディアを見て、同じく大人姿のノアは溜め息をついた。


「……せめて帰りを待たなくては、カールハインツさまに叱られますよ」

「そうしたら私だけ怒られるから、ノアは安心してね」


 クラウディアがにこっと微笑むと、ノアは抗えないという顔で口を開く。


「……俺も一緒に。最終的には、俺自身の意思ですので」

「ふふ」




***

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