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71 兄王子と姉姫

【3章】




 クリンゲイト国での晩餐を終えたあと、クラウディアはノアと一緒に、カールハインツの使う転移魔法に便乗した。


 カールハインツの転移先は、クラウディアの故国アビノアイアである。

 けれど、父に報告のため帰国するカールハインツと違って、クラウディアの目的は別にあった。


「にーさま、ねーさま、ただいまあー」

「おわ、クラウディア!?」


 クラウディアがひょこっと顔を覗かせると、長兄のヴィルヘルムが驚いて目を丸くした。


 父王が『子供部屋』と呼称するこの部屋は、兄たちが室内で遊ぶ際などに使う場所だ。

 夕食を終えたあと今は、ちょうど全員が集まっていたらしい。ふたりの兄とひとりの姉は、大きなテーブルを囲んでいた。


 ヴィルヘルムは椅子から立って、こんな時間にやってきた末の妹を出迎えてくれる。


 十二歳になったヴィルヘルムは、二年前から更に背が伸びた。

 依然としてノアよりも身長が高く、恐らくまだまだ体格も良くなるだろう。毎日外で魔法の鍛錬に明け暮れているために、魔法で防護していてもうっすらと日焼けしている。


 吊り目で意思の強そうな顔付きだが、正義感に溢れていて年下に優しい。いまも、わざわざ屈み込み、クラウディアに視線の高さを合わせながら言った。


「どうしたんだよ。お前、クリンゲイト国に来週まで泊まるんだろ?」

「クラウディアね? ルイスさまに遊んでもらってたら、大好きなにーさまたちにも会いたくなっちゃった」

「クラウディア……」

「だから、お風呂の前に会いに来たの!」


 とびきり可愛らしい顔で言うと、傍に控えているノアが物言いたげな視線を向けてきた。だが、クラウディアはにこにこと無邪気なふりを続ける。


「そうかそうか、寂しくなったのか! お前は八歳になっても子供だなあ、クラウディア。大丈夫か? 苛められてないか、何かあったらすぐに言えよ?」

「えへへー。大丈夫、ルイスさまやさしいよ!」


 わしわしと頭を撫でられていると、テーブルについた姉が溜め息をつく。


「分かっていないわね、ヴィルヘルムお兄さま」

「エミねーさま!」


 姉のエミリアは、その赤い髪をさらりと手で梳きながら長兄を見遣った。


 ノアと同じく十一歳になったエミリアは、前まではツインテールに結んでいたその髪を、一年ほど前から大人びたハーフアップに結っている。


 元々緩やかなウェーブの掛かった髪だからこそ、きっちり編まれた三つ編みとふわふわ泳ぐ髪のバランスが可愛らしい。


 下向きに長い睫毛は物憂げで、目を伏せると儚げな雰囲気を帯びる。息を呑むほどに色が白いことも相俟って、透明感のある美しい少女に成長していた。


 とはいえ、薔薇色のくちびるから紡がれる言葉には、しっかりとした意見が込められている。


「この子は私たちの妹、クラウディアよ? クリンゲイト国の王子なんて、あっさり手玉に取ってみせたに決まってるでしょ」

「……エミリアお前。今では俺たちの中の誰よりも、一番クラウディアを可愛がってるよな……」


 長兄ヴィルヘルムの言う通りだ。

 かつてクラウディアを疎み、幼さ故に排除しようとした姉のエミリアは、てらいなくクラウディアを溺愛するようになっていた。


「当然じゃない。こんなに可愛いんだもの」

「クラウディア、エミねーさまの方が可愛いと思う!」

「ああっ、クラウディア……」


 エミリアもクラウディアに駆け寄ると、ひしっと抱き締めてこう言った。


「とはいえ心配だわ。こんなに天使なんだから、クリンゲイト国に捕まって帰されなくなる可能性もあるもの……」

「そんな非現実的なことがある訳ないだろ、エミリア」

「なによ、エーレンフリート」


 次兄のエーレンフリートは、さしたる興味もなさそうな顔で頬杖をつき、テーブルの上に置かれた駒を並べていた。


 エーレンフリートが少し動く度に、その美しい金髪がさらさらと揺れる。

 こちらも十一歳になった次兄は、同い年のノアの身長どころか、異母妹であるエミリアの身長も追い抜けていないことが少々悩みらしい。


 けれど、その線が細く華奢な外見は、エーレンフリートの持つ知性を更に印象付けていた。エーレンフリートの魔法研究は、クラウディアとは別の分野で高い評価を受けていて、あちこちの国から留学の声が掛かっている。

 本人いわく、「この国にとって一番有利な選択を吟味中」だそうだが、その実は他の兄弟から離れるのが寂しいだけであるようにも見えるのだった。


 とはいえ普段のエーレンフリートは、少々冷淡な物言いをする。


「クリンゲイト国だって馬鹿じゃない。うちの国を敵に回さないよう、丁重に扱ってるに決まってるだろ? いくらクラウディアが可愛くても」

「分からないじゃない! たとえば王子がとんでもなく不埒な輩で、クラウディアを魔法で眠らせて閉じ込めてしまうかもしれないでしょ!」


 ノアがぎょっとしたようだが、顔には出さないように頑張ったらしい。そんなノアに、エミリアがびしっと指を突きつける。


「ノア! あなたなら分かっていると思うけれど、クラウディアを守って頂戴ね」

「……もちろんです。俺の命に替えてでも」

「それでいいわ」


 いまのエミリアは、ノアに対する恋愛感情を手放したようだ。


 エミリアが母である元正妃の見舞いを許された際、クラウディアはこっそりとその様子を確かめたことがある。

 あまり入念に観察はしなかったものの、元正妃イルメラとふたりで笑って過ごせていたのを確かめて、あとはそっとしておいた。


(イルメラから引き出せた情報のお陰で、各国に散らばる呪いの魔法道具もいくつかは見付けられたもの。あとはただ、呪いによる洗脳で消耗したものを、ゆっくり回復させてくれればいいわ)




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