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70 王女と王子



 結界魔法が発動するよりも、さらに手前で静止した形だ。


「――ありがとうございました」


 ルイスはこめかみから一筋の汗を伝わせたあと、大きく息を吐き出してから笑った。


「強いな、ノア君は」

「……こちらこそ、お手合わせいただき光栄でした」


 ノアも剣を下げ、深く頭を下げる。そして、自分が必要以上に強く剣を握りしめていたことに気が付いた。

 どうやら自分で思っていた以上に、この手合わせにのめり込んでいたらしい。


「ふたりとも、すごい!」


 ぱちぱちぱち、と小さな手による拍手の音がした。

 クラウディアはとことこ歩いてくると、ノアを彼女の前に跪かせる。そして、よしよしとノアの頭を撫でた。


「えらいわ、ノア。よく頑張ったわね」

「……」


 その言葉を賜って、ノアは目を閉じた。


「身に余るお言葉。ありがとうございます」

「ふふ」


 クラウディアはくるっと振り返ると、次いでルイスの方に駆け寄る。


「ルイスさまも、すーっごくすごかった!」

「はは、ノア君には敵わないよ。クラウディアに格好悪いところを見せちゃったな」

「ううん! あのねあのね、ノアとの手合わせが一分以上続くのは、アビノアイア国ではカールハインツだけなの!」

「本当? とはいえ、僕もまだまだ精進しないと」


 ルイスも跪き、クラウディアの手を取って微笑む。


「応援してくれる? クラウディア」

「うん! ルイスさま、がんばって!」

「ありがとう」


 クラウディアの言葉を聞いて、ルイスは綻ぶように微笑んだ。


 心から幸福そうで、噛み締めるような微笑みだ。

 何年も待ち侘びた宝物を手に入れたかのような、愛おしいまなざしをクラウディアに向けている。


 ノアは、その光景を思わず見据えてしまった。


「………………」


 数秒ののちに、はっとする。


「ノアー」

「……はい」


 こちらに戻ってきたクラウディアが両手を伸ばしたので、その言外の要求通りに抱き上げる。ノアの果たすべき役割は、クラウディアの従僕としての勤めだ。


 ふわりと抱き上げたクラウディアは、少し高い位置からノアの顔を見下ろした。


「姫さま?」

「…………」


 いまのクラウディアの瞳の色は、ごく淡い金色のシトリン色だ。

 伝説の魔女だったころと同じ瞳を隠し、幼子のふりをするクラウディアは、それでも時折隠しきれないほどに妖艶で大人びた表情を見せることがある。


 いまがまさに、その瞬間だ。

 太陽を背にしたクラウディアは、ノアのことを観察しながら、何らかの意図を含んだ微笑みを浮かべた。


「……ふうん」

「……っ?」


 いまは一体、何を見透かされたのだろうか。


 尋ねたかったものの、これは八歳の王女が見せる表情ではない。

 ルイスの前では出来ない話なのだろうと判断し、クラウディアに提案する。


「姫さま。今日は予想よりも気温が高そうですので、一度ドレスをお着替えされますか?」


 これならば、一度ルイスの前から退がることが出来る。クラウディアはノアを褒めるように、そっと頭を撫でた。

 けれどもそのあとで、ふるふると首を横に振ってみせる。


「んーん、お着替えしない!」

「!」


 そのままクラウディアが降りたがったので、ノアは内心で驚きつつも、彼女を地面に降ろした。


「クラウディア、ルイスさまと一緒にケーキのお代わり食べる!」

「おや。気に入ってくれたのなら嬉しいな」

「さっきおなかいっぱいだったから、今度こそチョコレートのケーキにするの」

「はは、そうだね。すぐに用意させよう。……ノア君も」


 にこりと優しく微笑むルイスに、ノアは丁寧に頭を下げた。


「――お気持ちだけ。お茶の支度を手伝わせていただきます」


 そう告げつつも、楽しそうにケーキの歌を歌っている主君の横顔を見据え、目を眇めるのである。




***




「違う。……違う、違う、違う!」


 凍り付いた銀白のその庭で、スチュアートはぐちゃぐちゃと絵筆を混ぜていた。

 こんなやり方をしては筆先が傷む。それは分かっているのだが、この悔しさを上手くぶつける先がなくて、焦燥の方が勝ってしまうのだった。


「こんなんじゃまだ美しくない。完璧には、程遠い……」


 大きな壁には、ひとりの女性の姿が描かれている。

 ミルクティー色の髪に、蜂蜜を溶かしたような薄い金色の瞳を持つ彼女は、スチュアートの脳裏に焼き付いて離れない人物だ。


「……アーデルハイトさま……」


 その名前をぽつりと口にするだけで、心の奥底から喜びと力が湧き上がってくるかのようだ。


「あの完璧な美しさ、あれこそが俺の庭に必要なのに……。描き切れば今度こそ救われるかもしれないのに、嗚呼、やっぱりこれでは駄目だ」


 何枚も着込んだ服の上から、心臓の辺りをぐっと握り込んだ。


「俺の技術じゃ、アーデルハイトさまを絵の中に閉じ込められない」


 そして、虚な目がゆらりとここではない遠くを眺める。


「……アーデルハイトさま。どうか、俺に救いを……」





***


3章に続く

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