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68 主君の許し

 ノアはいささか驚いたが、それを顔に出すことはしない。

 まずは今回のクリンゲイト国への訪問において、大人としての権限を持っている師に尋ねる。


「カールハインツさま」


 カールハインツは胸に手を当てた礼の形を取ったまま、淡々と答えた。


「他ならぬ、ルイス殿下直々のお申し出ですので」

「ありがとうございます。……いいかな、ノア君?」


 カールハインツの承諾が合ったのであれば、ノアの次に取る選択はひとつだ。


「それでは続いて、姫さまに許可をいただいて参ります」


 ルイスは僅かに目を丸くしたあと、柔らかく微笑んだ。


「クラウディアは眠っているんだろう? 手合わせといっても、それほど大袈裟なものではないつもりだったんだ。ほんの少しだけ付き合ってもらえれば、それだけで……」

「いいえ、ルイス殿下」


 ノアはカールハインツにタオルを返しつつ、はっきりと返す。


「――俺の魂も、体も、すべては姫さまの所有物です」

「!」


 ノアの自由を決めるのは、ノア自身では有り得ないのだ。


「姫さまのお許し無しに、『姫さまのもの』を勝手に使う訳には参りません。……ルイス殿下が俺をご所望ということであれば、何卒」


 そう言って礼をすると、ルイスは納得したように息を吐き出した。


「……そうか」


 一介の従者にこんなことを言われたのなら、王族として機嫌を損ねても良いはずだ

 だがルイスは、自分の非礼を詫びるかのように謝罪を述べる。


「すまなかった。君とクラウディアの間にどのような取り決めがあるのか、知りもしないのに発言してしまったね」

「ルイス殿下に、そのように仰っていただくほどのことではありません」

「僕からの頼みごとだというのに、ノア君に動いてもらうのは申し訳ない。ノア君との手合わせの許可は、僕がクラウディアから貰いに行こう」


 どうやらルイスは、ノアの発言に腹を立てるどころか、それに納得して従おうとしているようだ。


「お昼寝中のクラウディアを起こさないように、時間を改めた方が良いかな?」

「…………」


 ノアの脳裏に浮かぶのは、昼寝をたっぷり楽しんだあとのクラウディアが、機嫌を損ねたふりをしてくちびるを尖らせている姿だ。


『ノアったら! 面白い事件が起きているのに私を起こさないだなんて、いけない子だわ。ノアをひとりにすると、ノアだけにお話が行ってしまうようね。今度からお昼寝のときはひとりだけでなく、ノアも寝台に引き込んで一緒に寝ることにしようかしら?』

(…………)


 あくまでノアの想像だが、クラウディアの声音までがありありと想像できる。

 ノアは小さく溜め息をつき、ほとんど独り言のように呟いた。


「このような事態が発生した際は、姫さまの眠りを妨げてでも迅速にお伝えするようにと、常々言い付けられておりますので」

「?」


 そしてノアとルイス、それにカールハインツは、クラウディアの眠る賓客室へと向かうのだった。




***




 ルイスとカールハインツを廊下に待たせ、そっと起こしたクラウディアは、むにゅむにゅと目を擦りながらもノアの報告を聞いていた。


 すべて話し終えたあとで主君の様子を窺うと、この世界のあらゆる宝石を砕いて散りばめたようなクラウディアの瞳は、きらきらに輝いている。


「まあ、素敵!」

(く……)


 その嬉しそうな顔がどうにも眩しく、ノアは密かに顔を顰めた。

 クラウディアはにこにことしながら、ノアが淹れた寝起きのお茶を手に言う。


「いつも私とカールハインツ、それに時々にーさまたちとの手合わせばかりだものね。ノアにはもっと色々な経験を積ませたいと思っていたの、是非ともおやりなさいな」

「……ありがとうございます」

「見学用に、大きな帽子を用意しなくちゃ! おやつも持って行こうかしら。カールハインツもきっと楽しみね、愛弟子の手合わせだもの」

「姫さま」


 ノアはちらりと後ろを見遣り、閉ざされた扉を一瞥する。その向こうには、カールハインツと共にルイスが待っているはずだ。


「俺はきちんと負けるつもりです。ご覧になってもつまらないかと」


 しかし、そこでふと気が付く。


(……いいや、ルイスは姫さまの見合い相手だ。姫さまは婚約相手を見極めるため、ルイスの魔法をご覧になりたいに決まっている)


 胸の中がもやりと濁ったが、表には出さずに涼しい顔をした。

 従僕の立場は弁えている。クラウディアが見聞きしようとするものに対し、ノアは進言する立場にない。


 けれどもそんなノアに、クラウディアはティーカップからくちびるを離して言った。


「あら、何故?」

「!」


 透き通った瞳が、ノアの方へと向けられる。


「……お相手は、姫さまの婚約者候補である王子殿下です。従僕である俺が手合わせをして、失礼なことがあってはなりません」

「そんなものはつまらないわ。やるからには野暮な加減など必要ない、そうでしょう? このアビノアイア国第二王女、クラウディア・ナターリエ・ブライトクロイツの従僕として、存分におやりなさいな」


 クラウディアはティーカップを魔法で消してから、美しく微笑む。


「勝つことを許すわ。――私のノア」

「…………っ!!」


 ぞくりとするほどの力が沸き、ノアはぐっと拳を握り締めた。

 クラウディアの言葉は、いつだってノアの背中を押す。ノアは短く息をつくと、クラウディアに頭を下げた。


「そのお許しを、有り難く賜ります。姫さま」


 絨毯の上に膝をつき、クラウディアに誓う。


「あなたへ勝利を献上することを、楽しみにお待ちください」

「ふふっ。……いい子ね」




***





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