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67 従僕の懸念




***




 午後の日差しが降り注ぐ中、魔法で作り出した剣を握ったノアは、師であるカールハインツの懐に迷わず飛び込んだ。


「――――……」


 身長が大人と同等になるまでは、未熟であるが故の小柄さも武器だ。ノアは重心を低くして、急所となる顎に狙いを定める。下から斜めに斬り上げる前に、カールハインツが僅かな動きで身を引いた。


 師の顎下を掠めた剣は、そのまま弾き飛ばされそうになる。しかしノアもすかさず刃を逸らして、力を分散させることでそれを防いだ。


 そのまま更に間合いを詰め、剣先ではなく柄を向ける。みぞおちに叩き込もうとしたものの、すぐに手首を掴まれてしまった。


 けれどもそれを利用する。ぐるりとねじるように振り払い、反対にカールハインツの腕を掴んだ。


「!」


 彼の意表をついたらしく、カールハインツの重心が崩れる。ノアがそのままカールハインツを引き倒そうとした、そのときだった。


「……っ」


 ぐるんと上下が反転し、地面に背中を打ち付ける。カールハインツに投げ飛ばされたことを理解したときには、喉元に剣が突き付けられていた。


 カールハインツは、涼しい顔で言ってのける。


「――集中が乱れていたように見える割には、なかなかの健闘だったのではないか?」

「………………」


 ノアは大きく息を吐き、目を閉じた。


「……ありがとうございました」

「俺が追い越される日も遠くはないな。自主鍛錬では当面の間、上半身の体幹を意識して鍛えるように」


 起き上がったノアは、カールハインツに頭を下げる。

 先ほどの手合わせを脳裏に描き、敗因がどこにあったかを検証しながら魔法の剣を消すと、カールハインツがタオルを投げてくれた。


「姫殿下のことか?」

「…………」


 ぐっと眉根を寄せたノアは、その感情をすぐに消して淡々と返す。


「……別に何も。俺が一方的に案じているだけで、姫さまはご自身の御身を守ることが出来るお方だと分かっています」

「ほう?」

「それに、婚約者を作られるかもしれないという点においても」


 カールハインツは、どうせその件についても何か言おうとしているのだ。であれば先んじて口にしておこうと、ノアは開き直って続けた。


「お決めになるのは姫さまです。あのお方が、御自らの意思で未来を選択なさるというのであれば、俺はその遂行を支えるだけですから」

「王族の婚姻は、当人の意思で決められるものではないぞ。王女ともなれば尚更だ」

「いいえ」


 タオルをぐっと握り締めて、ノアは口にする。


「姫さまは何があろうとも、政略結婚などには絶対に従いません。……だからこそ、あの方がルイス殿下をお傍にとお選びになるのであれば、それは姫さまの決定されたこと」

「…………」


 それくらいの覚悟は出来ている。

 本当の身分を捨て、クラウディアの従僕として生きることを選んだときから、ノアに何かを口出しする権利など存在しない。


「そもそも俺が気掛かりなのは、カールハインツさまの仰るようなことではありません。……姫さまが、何か隠しごとをしていらっしゃるように見える点です」

「姫殿下は常に秘密主義だろう。底知れない力をお持ちだが、それを明かさない」


 けれどもノアは、黙ったまま考えた。


(……姫さまが多くの秘密を持っているのは、俺以外の人間に対してだけだ)


 ノアはきちんと自覚している。

 クラウディアの持つ秘密も嘘も、ノアにだけはつまびらかに明かされているのだ。


 だからこそ、クラウディアがごく稀に見せる、僅かな隠し事が気に掛かる。

 じっと考え込んだノアを見下ろして、カールハインツが息をついた。


「……お前が違和感を覚えたというのであれば、そうなのだろうな」

「カールハインツさま。俺は……」


 そこまで言い掛けたところで、ノアは口を噤んだ。

 カールハインツももちろん気が付いて、ふたり同時に振り返る。


 クリンゲイト城の片隅、生垣によって仕切られた庭園の向こうからは、ひとりの人物が現れた。


「やあ、ノア君」

「……ルイス殿下」


 銀色の髪に、赤から青へと移り変わる朝焼けの瞳を持つ少年だ。

 王子ルイスは柔和に微笑み、真っ直ぐこちらに歩いてきた。


「カールハインツ殿も。お取込み中、失礼いたします」

「滅相もございません、王子殿下。我々こそ、訓練着のお見苦しい姿で失礼いたします」


 カールハインツに倣ってノアも頭を下げる。しかし、ルイスは苦笑した。


「どうかお顔を上げてください。おふたりの鍛錬をお邪魔しているのは僕ですから、お気遣いなく」

「ご安心を、日課はもう終わったところですから。……姫殿下は現在お昼寝中ですが、何か御用がおありでしたか?」

「いえ。用があったのはクラウディアにではなく、ノア君に」

「……」


 思わぬところで名を呼ばれて、ノアは静かに顔を上げた。


「俺に何か?」

「クラウディアから話を聞いて、お願いしたいことが出来てしまってね。……彼女は君のことを、とても強くて魔法が上手い従者だと褒めていたから」


 ルイスは穏やかに微笑んで、こう言った。


「僕と勝負をしないか、ノア君」

「勝負?」


 意図が分からずに目を眇める。ルイスの発言には、一切の迷いが無かった。


「僕も剣術を習っている。……君と手合わせがしてみたい」

「…………」


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