66 完璧な王子さま
ルイスが呼んだのは、白を基調にした花柄の長椅子だ。
彼はクラウディアを抱き上げると、そこに座らせる。
ルイス自身も隣に腰掛けると、目の前のテーブルに置かれたティーセットとケーキを示して、微笑みながらこう尋ねた。
「ほら、どれが食べたい? 菓子職人に頼んで、君に気に入ってもらえそうなケーキをたくさん用意させたんだよ」
「クラウディア、フルーツのケーキが好き!」
「では、苺と桃のタルトからだね」
メイドが取り分けたケーキは、芸術品のような三角形をしている。生地とクリームとフルーツが織りなす断層は、美しい調和を作り上げていた。
苺と桃の甘味に、それを包み込むやさしいクリームの味がする。さくさくとした生地の小気味よい食感を楽しみ、クラウディアはにこっとルイスに微笑んだ。
「すっごく美味しい! ありがとう、ルイスさま!」
「……良かった」
クラウディアのその顔を見て、ルイスはとろけるような笑みを浮かべるのだ。
「君の笑った顔を見られるだけで、心の底から嬉しくなる。……君の傍に居られて、とても幸せだよ」
そんなルイスの様子を見て、周囲に控えていたメイドたちは微笑ましそうに囁き合った。
「ルイス殿下は、クラウディア姫殿下のことがとってもお気に召したのね」
「他家のご令嬢や、他の国からいらした姫君とお茶をなさることはあっても、あんなまなざしを向けていらっしゃるのは初めてだわ」
「もともと女の子におやさしくて、十一歳でありながら紳士的な振る舞いを身に着けていらしたけれど……」
メイドたちのまなざしが、美少年ぶりの完成しているルイスの横顔へと向けられる。
「――クラウディア姫殿下を前にしたルイス殿下は、絵に描いたように完璧な『王子さま』ね」
(……本当に……)
もくもくとケーキを頬張るクラウディアは、無邪気で何も分かっていないふりを続けながらも、心の中で考えていた。
(まさか、ルイスの接し方がここまで変わってしまうとは想定していなかったわ)
世界は『予定外』で溢れていることを、しみじみと実感する。ルイスは「?」と首を傾げたあと、クラウディアの顔を覗き込んだまま尋ねた。
「クラウディア。ケーキを食べさせてあげようか?」
「ん-ん。クラウディア、自分で食べられるよ!」
「そうかい? それなら好きなだけ食べると良い。このテーブルにあるものはすべて、君だけのために用意させたものだよ」
クラウディアは、ルイスの顔を見上げた。
「ケーキ、とっても美味しいのに。ルイスさまは食べないの?」
「僕は平気。……クラウディアが美味しそうに食べている顔を見ているだけで、頬がとろけそうになる」
(あらあら、まあ)
ルイスの微笑んだ顔を見て、メイドたちが頬を染めた。クラウディアは引き続き、子供のふりで瞬きを繰り返すだけだ。
(これはよっぽどね。さて、どうしたものかしら)
隅で待機しているノアを見遣ると、きつく眉根を寄せている。だが、クラウディアと視線が重なった途端、ノアは澄ました顔で目を伏せた。
「食べ終わったら、僕が本を読んであげる」
「わあい。ルイスさま、ありがとう!」
「君のためならなんでもするよ。クラウディア」
そしてルイスは、クラウディアの口元を見下ろした。
「クリームがついているね。待っていて、拭ってあげる」
「へいき!」
クラウディアはにこっと笑い、従僕を呼んだ。
「ノア。ノアー」
「はい。姫さま」
ノアは真っ直ぐに歩いてきて、クラウディアの足元に跪く。
そして魔法でハンカチを取り出すと、口元にちょんとついたクリームをやさしく拭った。
「ぷは! いい子ね、ノア」
「ご命令ですので。しかしもう少し綺麗に召し上がっていただきませんと、ルイス殿下の御前でお行儀が悪いかと」
「いいんだよ、ノア君」
ルイスは苦笑しつつ、爽やかな口調で言う。
「クラウディアには、僕の前では自由に過ごしてほしいから。僕には甘えられているのだと、そう受け取っても良いんだろう?」
「……それは、失礼いたしました」
ノアがルイスに一礼する。
そして、すぐに再び隅まで下がった。ルイスはその様子を見つつ、クラウディアに語り掛ける。
「ノア君は、本当にとても忠実な従者なんだね」
「うん! ノアね、クラウディアのために色んな『どりょく』をしてくれるの」
魔法や剣術の鍛錬、髪を結う練習。ドレスを生み出す魔法以外にも、ノアの頑張りは二年間ずっと続いている。
「たとえばクラウディア、お野菜が嫌いなんだけど……」
「ふふ。そんな気がしていたよ」
「ノアが作ったご飯なら、お野菜を残さないんじゃないかってノアが考えたの。そのためにお料理をいっぱいお勉強してくれるから、クラウディアもノアのご飯だけは残さず食べるのよ」
「そっか。クラウディアにとってのノア君も、信頼すべき大切な従者らしい」
そしてルイスは呟いた。
「なら、僕も頑張らないとな」
***




