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64 行動準備


「お返事は、とてもよろしいようですが……」


 いつもはクラウディアに忠実なカールハインツが、こんなにも苦々しい顔をしている。それにはもちろん理由があった。


 つまり、城下への脱走が見抜かれたのだ。


「姫殿下のお姿が無いと気が付いたときには、大変肝が冷えました。国王陛下は咄嗟に誤魔化したものの、ルイスさままで連れ出されて……万が一発覚してしまえば、大変な騒ぎになっていたとお分かりのはずです」

「だってね。クラウディア、お外に出たくなっちゃったの……」


 うるるる……と瞳を潤ませてみるが、カールハインツの表情はまったく変わらなかった。彼はクラウディアの本性を知っているので、これは当然の反応だ。


「姫殿下……」

「安心して? 得るものはあったから。ノアがいたから身の危険は心配していなかったし、それに――」


 クラウディアは目を細め、この優秀な魔術師を見つめる。


「信頼していたわ。カールハインツが城に残っている限り、絶対に完璧に誤魔化してくれるはずだと」

「……それは」

「応えてくれてありがとう、カールハインツ」


 クラウディアが微笑むと、カールハインツは目を伏せて溜め息をついた。


「そのようなお言葉を賜ってしまうと、私とノアには姫殿下を責めることが出来ません。……あなたというお方は、本当に……」

「ふふ。ノアは私の我が儘に付き合わされただけなのだから、叱らないであげてね」

「いいえ姫さま。最終的にはすべて、俺自身の意思です」


 そう進言した従僕を、いい子いい子と撫でて褒めた。クラウディアは手近にあったクッションを抱き締め、「さて」と切り出す。


「この国の姫君を狙った呪いについて、調査すべき人物は絞り込めたわ。ノア、雪の庭でスチュアートが反応した名を覚えている?」

「はい。忘れもしません」


 クラウディアは、前世のことを少しだけ思い出しながら口にした。


「鍵になる存在の名は、『魔女アーデルハイト』」

「アーデルハイト?」

「……」


 ノアが静かに目を細める。一方でカールハインツにとって、それは思わぬ名だったようだ。


「五百年前の魔女、アーデルハイトのことでしょうか」

「カールハインツは、アーデルハイトのお話に詳しい?」

「彼女の残した魔導書や魔術理論の類には、すべて目を通しましたね。しかし、アーデルハイトそのものには興味がありませんでしたので、人物像についてはさほど知識はありません」

「ふふふっ」

「?」


 不思議そうなまなざしには説明をせず、クラウディアはクッションにもふっと顎を乗せた。


「アーデルハイトはその死後、一部の国や地域で、まるで特別な存在であるかのように崇められているわ。多くの根源は、生前のアーデルハイトが傍に置いていた弟子たちによって広められたもの」


 可愛い弟子たちは、アーデルハイトが死んでからの終戦後、世界の各地に旅立ったらしい。

 彼らはみんな優秀だったから、その地で多くの偉業を果たした。クラウディアが出来る限り調べてみたところ、ある者は王になり、あるものは魔術組織の長になり、ある者は教会を作ったようだ。


 たとえばノアの先祖であり、ノアの故国レミルシアの初代国王だったライナルトも、アーデルハイトの弟子として最も優秀だった男である。


「姫さま。ルイス殿下の話によれば、この国の初代国王もアーデルハイトさまの弟子のひとりだったのですよね? ルイス殿下は、そのお方の名前が分からないと仰っていたそうですが」

「……ええ。そうね」


 そこでクラウディアが思い浮かべたのは、とある青年の姿だった。


「やっぱり、行ってみないと駄目だと思うの」

「……行くとは?」


 ノアの質問に、クラウディアはむにゃむにゃと答える。


「それはもちろん、現状を見によ」

「現状……」


 ノアの表情は、『分かっているけれど理解したくない』というものだ。


「だけど、さすがにいますぐの転移は出来ないわね。転移魔法は、行ったことがあるとか間取りを知っているとか、転移先に関するイメージが明確じゃないと飛べないもの。私たちの誰も、その場所のことをよく知らないし……むにゃ」

「姫さま。まさか」

「――お願いを聞いてね、ノア。カールハインツ」


 クラウディアは目元を擦りながら、ノアとカールハインツに伝えた。


「準備が整い次第、眠った姫君たちを探しに行くわ。この城のどこかに隠されているはずよ」

「…………」

「………………」


 簡単に言ってのけた侵入宣言に、ノアとカールハインツのふたりは、揃って溜め息をついたのだった。




***




「――俺ひとりに行かせていただく訳には参りませんか? 姫さま」

「もう。ノアったら、だめでしょう?」


 お昼寝のための寝台に入ったあと、傍らの椅子に座ったノアを見上げながら、クラウディアは幼子をあやすように言い聞かせた。


「私が直接調べたいのだから、お留守番をしては意味がないわ。わかった?」

「ですが、さすがに危険があるはずです。ご自身で仰っていたように、呪いの被害者と姫さまには、王家の血筋であることや年若さなどの共通点がある」


 ノアは、クラウディアの周りに配置されているぬいぐるみの位置を調整しつつ、眉をひそめたままこう言った。


「……呪いの被害者が集められた場所に向かって、何が起きるか見通せません」

「呪いが私に襲い掛かるなら、それは解決への近道だわ。探し回らずに済むのだもの」

「姫さま」


 クラウディアを呼ぶノアの声は、静かなのに重みのあるものだ。


「俺にこの王都を滅ぼさせたくないのなら、どうかそのようなお考えはおやめください」

「――――……」


 真摯なまなざしに、クラウディアはふっと笑った。





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