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53 人形の姫君

 にこっと言い切ったクラウディアに、父はふっと口元だけで笑った。

 傍にいた臣下たちは、それを聞いてますます青褪める。


『なりません、姫殿下。何卒、お父君のお言葉を……!』

『クラウディア、そんなのやだもん。みんなと仲良くしなきゃダメって、にーさまたちにも言われてるよ?』


 ひとさし指をくちびるに当て、クラウディアはじっと父を見上げた。


『――とーさまは大人なのに、お友達と仲良く出来ないの?』

『姫殿下!』

『くっ、ははは!』


 慌てふためく臣下を前に、父はいよいよ楽しそうに笑い始める。


『よい。それでこそ我が末の姫だ』

(あら、よく言うわ。娘を駒としか見ていないのにね)


 クラウディアはくすっと微笑んで、可愛らしい幼子の演技を続けた。


『だけどクラウディア、その国に行くのはやじゃないよ。魔法が上手な王子さま、会ってみたい!』

『……ふむ』

『ね。とーさま』


 にこにこと微笑みながら、あくまで無邪気にこう告げる。


『――クラウディア、その王子さまと「おみあい」する!』




***




「……クリンゲイト国……」


 クラウディアが話し終えたとき、ノアはすべてが腑に落ちたという顔で、その国の名を呟いた。


 長椅子に座ったクラウディアの向かいには、この国の筆頭魔術師であるカールハインツが座っている。ここは王城の一室、カールハインツの執務室で、クラウディアはノアに抱っこされてここまでやって来た。


 クラウディアは、ノアが淹れてくれた薔薇のお茶の香りを楽しみながら尋ねる。


「これでノアには分かったでしょう? 私がとーさまの顔を立ててあげる理由が」

「……どのようなことであろうとも、俺は姫さまの仰せのままに動くだけです」


 先ほどまで難しい顔をしていたのに、ノアは澄ました顔でそう答えた。

 一方、事前に何も話していないカールハインツは、少々胡乱そうにクラウディアを見ている。


「姫殿下、私からお伺いしてもよろしいでしょうか。その『見合い』には、一体どのような意図が?」

「うふふ。親孝行」

「…………」

「もう、カールハインツ。もちろん冗談に決まっているでしょう?」


 美味しいお茶をもう一口飲んで、カップを置く。

 テーブルに戻すのではなく、目の前の宙に漂わせたティーカップは、クラウディアお気に入りのウサギ柄だ。


 クラウディアはそれを見詰めながら、そっと口を開く。


「――その国には、お人形のように眠ったまま目覚めなくなってしまった、美しいお姫さまたちがいるというの」


 静かに告げたその言葉に、カールハインツは息を呑んだ。


「まさか……」

「私とノアはこの二年ほど、各国に散らばった呪いの情報を集めていたわ。カールハインツにも何度も手伝ってもらって、それはよく知っているでしょう?」


 二年前、この国の正妃だったひとりの女性が、娘を利用した呪いの事件を起こしたのだ。


 女性はクラウディアの継母で、利用されたのは異母姉だった。

 その一件をきっかけに、クラウディアは王女としての正体を隠し、呪いにまつわる事件を消して回っている。


「ノア」

「はい、姫さま」


 ノアは頷き、カールハインツに説明した。


「最初のひとりは八年前。現国王の異母妹にあたる姫君が、夜会の最中に突然倒れたそうです」

「……この国にも話は届いている。公には、不治の病で療養中ということになっているはずだが」

「目覚めていないんだそうです。八年間、ただの一度も」


 クラウディアたちがその話を耳にしたのは、半年ほど前のことだっただろうか。


「心臓は動いていて、呼吸もしている。……何年も飲まず食わずのまま、眠るように生き続けていると」

「……」

「その姫だけではありません。彼女を皮切りに毎年ひとりずつ、これまでに七人の女性たちが、同じように倒れて目を覚さないのだとか」

「それにね、カールハインツ」


 クラウディアはノアに続けて、こんなことも補足しておく。


「倒れた女の人たちは、全員が王家の血筋。年齢はみんな十八歳よりも幼くて、例外なく美しい女性ばかりなのだそうよ」

「……」


 カールハインツは額を押さえ、静かに溜め息をついた。

 そして、何かに合点がいったように口を開く。


「クリンゲイト国は大国で、二年前にこのアビアノイア国と同盟を結びましたね。これまでそのような素振りを見せなかったかの王に、一体どのような心境の変化があったのかと考えておりましたが……」

「恐ろしくなったのでしょうね。だって、王室で原因不明の病めいたものが流行しているのだもの。いざというときに備えて、敵には絶対に回したくない国を味方につけようとするのは、自然な心理よ」

「姫殿下は、その『病』が呪いの影響によるものだと?」

「自明だわ。だから行くの」


 クラウディアは、美しく微笑んで言い切った。


「――王族の血を引き、見目麗しく幼い少女でありながら、呪いに対抗できる力を持った私が」






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