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51 従僕の成長




【1章】




 幼い子供の姿をしているのだから、幼い姿なりの振る舞いをすることに違和感はない。


 むしろ、こういうものは積極的に楽しむべきなのだ。


 クラウディアはたまたま二度目の人生を送ることになったものの、人生とは本来一度きりである。

 子供の時間は二度と戻らない。早く大人になりたいなどと駆け抜けず、途中でお昼寝するくらいの速度でゆっくり、のんびり楽しむべきだと考えていた。


「ふわあ……」


 目を覚まし、ううんと大きく伸びをする。

 寝台の周りに並んでいるのは、もふもふと可愛らしいぬいぐるみたちだ。これらはすべて贈り物だが、クラウディアは案外気に入っていた。


 大きくてふかふかの寝台に、窓からの春らしい陽射し。こんな中で楽しむ二度寝は格別なので、目を開けずにもう一度夢に浸る。


 手近なものに手を伸ばし、ぎゅうっと抱き込んで引き寄せた。

 すると額に触れたのは、想像していたようなふわふわした感触ではなく、しっかりしたシャツの布地なのだった。


「……姫さま」

「んん……」


 上から降ってきたのは、呆れと苦々しさの混じった声音だ。


「お目覚めください、もう朝です」


 背中に手を回し、抱き起こすように起こされて、いやいやと額を押し付ける。


「やぁ……もうちょっと寝るの」

「いけません。今日はお父君からお呼び出しがある日でしょう」


 寝台の上に座らされた。そのまま離れていったそれは、クラウディアの前で淡々と言い放つ。


「――それと俺は、ぬいぐるみではありません」

「……ノア……」


 ちょこんと座り、ごしごしと目を擦ったクラウディアは、声音の割にものすごく不服そうな顔をした従僕を呼んだのだった。




***




「今日はね、お前の夢を見ていたの」

「――……」


 寝台から降り、透き通った水で顔を洗ったクラウディアは、鏡台の前に座ってノアにそんな説明をした。


「というよりも、昔の夢と言った方がいいかしら。二年前、お前と出会ってすぐあとに、エミリア姉さまと正妃イルメラが呪い騒動を起こしたでしょう? あのあと、とーさまからノアの叙勲をすると言われて、ノアに着せるものを選んでいるときの夢よ」

「……懐かしいですね」

「ふふ」


 十一歳のノアから『懐かしい』という言葉が出たことに、クラウディアは小さく笑った。

 鏡台ごしに見上げると、後ろに立ったノアは手元に集中し、クラウディアの髪を編んでいる。


「あの頃のノアは、身長もまだこのくらいだった。九歳にしては背が高い方だったけれど、今と比べるととても小さく感じられたわ」

「……」

「ほっぺも今よりずうっと丸いし、手も小さいの。とっても可愛かったから、ついつい夢の中のお前を可愛がり倒してしまったわ」

「……それでいつもより寝起きが悪くて、俺まで寝台に引き摺り込もうとなさったのですか?」

「あら? そんなことをしたかしら」

「…………」


 ノアは不本意そうな顔をしつつ、クラウディアの髪から手を離した。


「出来ました」

「ありがとう、ノア」


 ノアが梳いてくれたクラウディアの髪は、横髪がとても可愛らしく編まれている。

 細長いリボンと組み合わせられていて、難易度の高い編み込みだ。それだけでなく、髪全体を毎日丁寧に梳かされているお陰で、下ろしている部分はさらさらと指を滑るのだった。


 王城にいるどんな侍女に任せるよりも、ノアの編んでくれる髪型が一番可愛い。そう告げるとノアは澄ました顔で、「お気に召したのであれば幸いです」と一礼する。


「それと今日は、春らしいたんぽぽ色のドレスにしようかしら。リボンがたくさんついたやつで、靴にもリボンがついたのがいいわ」

「姫さまのお命じになるままに。……失礼します」


 ノアはクラウディアの手を取ると、目を瞑ってそこに魔力を込めた。


 クラウディアの魔力とよく混ざったノアの魔力が、指先から滑るように広がってゆく。白いナイトドレスを纏っていたクラウディアの体に、しゅるしゅると光の帯が巻き付いた。


 腕から肩までを覆った光は、ぽんっと音を立てて袖に変わる。そのままナイトドレスが淡く輝き、襟元のレースに変化した。

 ひらひらとした裾のドレープが広がり、かと思えば腰にリボンがついて、鮮やかな黄色のドレスが造り出されてゆく。


 クラウディアの脚は白いタイツを纏い、光はドレスと同じ黄色の靴にも変化した。足の甲をベルトで留めるタイプの靴は、つやつやと輝いている。


 ノアの魔力は、最後にクラウディアの首元に、もうひとつ可愛いリボンを結んでから消え去った。


「……こちらで」

「ふふ。完璧よ、ノア」


 鏡に映った自分の姿と、何よりも優秀な従僕の仕事ぶりに、クラウディアはとっても満足した。

 二年間ずっとクラウディアが教えてきただけあって、クラウディアに似合うものと好みのもの、それから流行を完全に網羅しきっている。


 いまとなってはクラウディアは、自分の魔力でドレスを造るよりも、ノアにすべてを任せることの方が多かった。

 それでも髪のセットだけは、ノア自身が何故か頑なにそうしたがるので、魔法ではなくノアの手で編んでもらっている。


「これだけの仕事ぶりを見せてくれると、本当に教え甲斐があるわね」

「今はまだ、そのようにお褒めいただくほどのものではありません。……ですが、それでも」


 ノアは、鏡越しに強いまなざしでクラウディアを見据える。


「二年前の俺よりも、今の俺の方がずっとあなたのお役に立てるはずですが」

「――……」


 その言葉に驚いて、ぱちぱちと瞬きをしてしまった。


「……もしかしてやきもちを妬いているの? 私が夢の中で見た、お前自身に?」

「……」

「それも今のお前より二歳幼い、九歳の頃のお話なのに……」

「…………」


 その雄弁な沈黙がおかしくて、クラウディアは笑った。


「ふふっ、なんて可愛らしいのかしら! そんなに心配しなくとも、いつだっていまのお前が一番可愛いに決まっているわ」

「っ、ちが……! そういう話ではなく、俺は従僕としての能力の話を」

「どんな年齢のときのノアも、従僕として優秀よ。ほらいらっしゃい、いい子いい子してあげる」

「姫さま!」


 ノアの頭を撫でようとしたクラウディアの手を、彼は必死に止めようとした。そこから話を逸らすためか、起き抜けの話を繰り返す。


「そんなことよりも、早く参りましょう。今日は王城への呼び出しですし、あのお父君をお待たせするのは危険なので」

「ううん。そうねえ……」


 クラウディアは人差し指を頬に添え、子供らしくちょこんと首をかしげる。


「本当なら私が行かなくとも、勝手に進む話のはずなのだけれど。王女が政略結婚のためにお見合いをさせられるなんて、本人の意思が無い方が当たり前でしょうし」

「……」


 すると、ノアの表情が一気に変わった。


「……いま、なんと仰いました?」

「あら。カールハインツから聞いていなかった?」


 情報共有が出来ていないなんて、カールハインツらしくもない。クラウディアはそんなことを思いつつ、眉根を寄せたノアに対して告げる。



「私、お見合いをしなくてはならないの」

「………………は?」



 その瞬間のノアの表情ときたら、この二年を一緒に過ごしてきた中でも、一番と呼べそうなほどの顰めっ面なのだった。




***





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