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48 大切なもの

【エピローグ】




「――それでね! エミリアねーさまの首飾りにさわらせてもらったら、指がちょっとだけパチッとなって! まほー、つかえるようになったの!」

「…………」


 ナイトパーティで、呪いの発動騒動があった二日後のこと。

 ふわふわのドレスに着替え、ノアに髪を編み込んでもらったクラウディアは、にこにこしてそう答えた。


 困り顔で周囲を取り巻いているのは、国中から集まったという魔術学者たちだ。

 権威の象徴であるローブを纏った彼らは、口髭を撫でたり顎に手を当てたりしながら、唸りつつクラウディアを見下ろしている。


 そして、目の前の玉座に座る父王フォルクハルトは、面白そうなまなざしでクラウディアを眺めていた。


「こ、国王陛下。クラウディア姫殿下に魔力が生まれた理由は、皆目見当がつかず……」

「五百年前の文献まで遡りましても、前例のないものでございます。我々もどう判断したらよいものか」

「クラウディア姫殿下の仰るように、呪いが干渉しようとした影響で、お生まれになってからこれまで潜在的に秘められていた魔力が初めて発動した――そうとしか考えられません」


 怯えながら説明した学者たちに、フォルクハルトは嘲笑に近い表情を作る。


「はっ。魔力が『初めて』発動か」

「ここにいる五名、全員の見解が一致しております……! ですのでなにとぞ、命だけは……」


 深々と頭を下げる姿は、ほとんど命乞いにも近い行為だった。フォルクハルトはにやりと笑い、クラウディアに声を掛ける。


「どうしたものか。なあ、クラウディアよ? 魔力とは、生まれてから死ぬまで一定で変わらぬもの。しかし、国一番の権威を名乗る学者たちが雁首揃え、お前の魔力は『呪いに触発されて浮かび上がった』と言っている」

「ひ……っ」

「とーさま、へんなの!」

「姫殿下!」


 クラウディアは可愛い瞳を瞬かせて、首を傾げながら父を見上げる。


「クラウディアがまほー使えなかったの、とーさまもしってるでしょ? 水晶にペタッて触っても、なにもならなかったの、とーさまがみんなに見せたんだよ?」

「ふ。まあ、そうだな」

「だけどクラウディア、いまは魔力、もってるんだよね?」


 つい先ほどのクラウディアは、改めて水晶に触れて鑑定をした。

 その結果、数日前の鑑定では『魔力無し』の判定だったクラウディアに、魔力が存在することが確認されたのだ。


 ただし、実力値をそのまま見せたわけではない。


 あまり強すぎても不都合があるので、その辺りはきっちり調整をした。

 兄や姉たちよりもわずかに少ないが、一般的に見ればかなり強力と呼べる、それくらいの量に魔力を抑えたのだ。数日前の結果が覆されたことで、貴族たちは騒ぎ、学者が呼ばれた。


「魔力がなかったクラウディアが、まほー使えるようになったんだもん。おじちゃんたち、だいせーかいだよ?」

「姫殿下……!」


 周囲の学者たちを見上げ、クラウディアはにこっと愛らしい笑みを浮かべる。


「だーれもまちがってないの。ね?」

「……!! ありがとうございます、姫殿下……!!」


 学者たちは瞳を潤ませ、その場に膝をつきそうな勢いだった。

 まるで命の恩人を見るかのようなまなざしだ。実際、フォルクハルトの機嫌を損ねては、どんな目に遭うかも分からないということなのだろう。


 だが、学者たちに興味があるわけでもない。クラウディアはにこっと笑ったあと、早々に話を逸らしておく。


「カールハインツも、そうおもうでしょ?」


 父の隣に控えたカールハインツは、澄ました顔で目を伏せて頷いた。


「はい、姫殿下。私めも、学者たちの見解を採用してよろしいかと存じますが……陛下」

「どうせイルメラは処断する。クラウディアが生まれたときに魔力があろうと、なかろうと、いまとなってはどうでもいい――……といえば、そうなるな」


 やはり父の目的は、クラウディアの魔力を偽装した罪により、イルメラを追い出すということだったようだ。


(とはいえ、そんな偽装なんて小さく思えるほどに、今回の件は大きな罪だわ)


 イルメラは、クラウディアが本当は魔力無しではないことを、無意識に予感していたのかもしれない。


 クラウディアの魔力を吸い、エミリアにそれを移すことで、自らの嘘を真実にしようとした。

 けれども結果として、多くの貴族家の子供たちのみならず、自分の娘である王女や、王位継承権上位となる王子たちを危険に晒したのだ。


 イルメラはこれから、しかるべき責任を取ることになるだろう。

 恐らくは、イルメラの代わりに呪いを実行させられたエミリアも、お咎めなしでは済まないはずだった。


 そんなことを思いながら、カールハインツをちらりと見上げる。

 思い出すのは、昨日のことだ。


『正妃は、なにかしらの呪いにえいきょうされていたのかもしれないわ』

『……!』


 治癒魔法によって回復したあと、城の部屋でぐっすり寝て起きたクラウディアは、カールハインツにそう告げた。


『いまにはじまったことではなく……たとえば、わたしを追放した六年まえから。呪いで思考が汚染されていたからこそ、わたしを追放することが、のちのち自分の首をしめると気づけなかったのかも』

『ですが、姫殿下。少なくとも私は、イルメラ妃殿下からそのような気配を感じませんでした』

『わたしもそうよ。だけど』


 座った椅子の後ろでは、ノアが髪を編んでくれている。それに身を任せつつ、鏡台越しにカールハインツを見遣った。


『だからこそ、正妃をこのくにから追い出さず、かんさつしていた方がいいかもしれないわ』

『……』

『正妃のてもとに、呪いのどうぐが渡っていたのは事実だもの。商人がもちこんだというはなしだったけれど、その商人はいったいなんだったの?』


 ゆらゆらと足を動かしながら、クラウディアは続ける。


『正妃が呪いに洗脳された被害者で、エミリアねーさまは更にその被害者だとしたら、これはおおきな事件の前ぶれかもしれないでしょう』

『……本当に、そのようなお考えをお持ちですか?』

『ふふ。どうしてそんなことを言うのかしら』


 するとカールハインツは、溜め息をついた。


『あなたはイルメラ妃殿下やエミリア姫殿下に対し、慈悲を抱いていらっしゃるのではないかと……』

『ふふ、まさか!』


 クラウディアは笑うのだが、髪を編んでくれているノアも、カールハインツに同調するようなまなざしを向けてくる。


『彼女たちがどうなろうと、わたしはどうでもいいわ。おこってもいないし、かわいそうにも思わない』

『姫殿下……』

(……ただ、そうね……)


 呪いを発動させたエミリアは、意識が朦朧としているであろう中で、『あなたはわたしの妹』と口にした。

 そしてイルメラは、娘のエミリアの身を案じ、動転して泣き叫んでいた。


 五百年前の『アーデルハイト』に、母も姉も存在しない。

 弟子たちは家族同然であったけれど、敬われて尊重される日々の中で、兄弟や姉妹、母親というものに興味があったのは確かだった。


『だけど、呪いは不快だから排除したいの。だから、とーさまがイルメラたちをころしたり、国外追放したりするのは避けたいわ』


 クラウディアがそう願ったのを、カールハインツは聞き入れてくれた。

 そしていま、玉座に座る父王に向けて、クラウディアの代わりに進言する。


「陛下。妃殿下の今後については、いくつかご提案がございます。後ほど改めて、お話のお時間をいただければと」

「ふん、まあよい。不要品をどう処分するかだけの話し合いだからな」

(この父親についても、今後本格的に対処が必要だけれど……)


 ガーネットと同じ赤色の瞳が、クラウディアを見下ろす。クラウディアは微笑んで、それからお腹を押さえた。


「とーさま、クラウディアもう行っていい? おへやにケーキがあるの。おなかすいちゃった!」

「許す、下がれ。もうしばらくこの城に滞在するのだ、父娘で語らう時間はたっぷりあるからな」

「えー、やだよう。クラウディアはもうすぐ塔にかえるんだもん」


 クラウディアの遠慮ない物言いを、学者たちが青褪めた顔で心配している。だが、父は面白そうに笑うだけで、特に殺されることはないようだ。


「――そういえば、ヴィルヘルムとエーレンフリートに聞いたぞ?」

「なあに? とーさま」


 玉座の前から去ろうとしていたクラウディアは、父に呼ばれてくるりと振り返る。


「お前の従者だ。あの黒曜石は、随分と素晴らしい働きぶりだったようではないか」

「……」

「お前が魔法で補助したとはいえ、呪いの討伐はほとんどあの者ひとりで行ったのだろう?」


 あの戦いにおいて、子供たちの結界の位置からだと、どれがクラウディアの使った魔法なのか分からなかったはずだ。


 クラウディアはその状況を利用して、あのとき詠唱した魔法のうち、ほとんどはノアによるものだということにした。


 実際、あそこで使った魔法はすべて、いまのノアなら発動させることが出来る。完全な嘘というわけではない。


 子供たちは恐ろしい思いをしている中だったので、その後のカールハインツによるちょっとした言語誘導によって、『従者の男の子がひとりで戦った』という認識を持ってくれたようだった。


 これはクラウディアの常套手段で、塔の傍にある村ではしょっちゅう使っていた手法のため、気絶している間もカールハインツとノアがいつものように動いてくれた。


「そうだよ、とーさま」


 クラウディアは、明るく微笑んで肯定する。


「ノアはつよいの。それに、すごいんだから」

「そのようだ。それほど優秀な魔術師であれば、ただの従僕として使うには惜しいな」

「……」

「どうだ? あれを手放して、私に献上する気はないか」


 父王の表情は、どこまでが冗談なのか、本気なのかも分からない笑みだ。


「んー……」


 カールハインツが静かに見守っている。

 クラウディアは、変わらずににこにこと微笑んだまま、きっぱりと言った。


「――――……やだ!」

「…………」


 数日前、父からの抱っこを提案されたときと同じように、明確な拒絶の意思を示す。

 フォルクハルトは目を瞠ったあと、やはり面白そうに笑うのだった。


「ノアはクラウディアのだもん。ほんとは、とーさまになら、ちょっとあげてもいいかなって思ってたけど……」

「ふ。気が変わった、ということか」

「うん! ノアはね、だれにもあげない」


 少なくとも、ノア自身がそう望んでくれている間は。


「クラウディアの、だいじなものだから」

「…………」


 そしてクラウディアは、フォルクハルトに手を振るのだ。


「ばいばい、とーさま。ケーキをたべたら塔にもどるから、さよならね」

「ああ、少し待て。戻る前に……」


 父の声を無視したクラウディアは、ぱたぱたと赤い絨毯の上を駆けてゆく。両開きの扉を懸命に押し開いたあと、振り返って、カールハインツと学者たちにも手を振っておいた。


「ふっ、はは! この私に待てと言われて、止まりもしないのはあいつくらいだ」

「……そのようで」


 微笑んだカールハインツが、クラウディアに向けて一礼する。

 扉が閉ざされたあと、クラウディアは、ノアの待つ廊下へと出るのだった。




***





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