表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/229

37 転生王女の昔のお話


 ぬいぐるみたちの奏でる音楽で、この笑い声は外には聞こえないはずだろう。ノアは何も文句が言えないようで、ただただ何かを耐えながら、クラウディアの髪を編んでいる。


「ふふっ、ああ、おかしい! ……そんなにいやなの?」


 尋ねると、今度はあまり隠す気のない、はっきりとした不満の声がする。


「……嫌です。昨日も申し上げたでしょう」


 そのあとで、悔しげな言葉が続けられた。


「……くそ……。本当は、もっと理論的に、はっきりと言葉で伝えるつもりだった……」

(そういう意地が、私には可愛く映るのだけれど……)


 それを告げると可哀想なので、言わずにそっと黙っておく。その代わりに、クラウディアはノアを諭すのだ。


「にーさまたちや、おとーさまのところにいた方が、おまえのみらいは広がるのよ?」

「あなたの傍にいられない生き方を、『未来』だなんて呼ぶつもりはありません」

「!」


 その言葉に、クラウディアは笑うのを止めた。

 クラウディアの髪を編み終えたノアが、髪留めから手を離す。


 振り返ると、ノアと視線が重なった。

 クラウディアを見つめるノアのまなざしは、この一か月で見たことがないほどに、大人びていて真摯なものだ。


 クラウディアは、ふっと息を吐くように微笑んだ。


(心を折ろうと思っていたのに。――こんな目をされては、それが難しいと分かってしまうわ)


 本当に、少しの時間目を離しただけで、すぐに成長してゆくものなのだ。


「それでも、ノア」


 可愛い従僕を説き伏せようとした、そのときのことだ。


「エル!」


 長兄のヴィルヘルムが、次兄を呼ぶ声がした。


「お前またそんな難しい本を読んでるのか? どこが面白いんだよ」

「面白いですよ。兄上もたまには、過去の歴史から学ばれてはどうです?」

「歴史ねえ。そんな大昔のことが、参考になるのか?」

「なりますよ、当然でしょう!」


 そんな話をしながら、ふたりの兄たちがテーブルの傍を通る。次兄のエーレンフリートは、こんな言葉を口にした。


「なにせこの本に書かれているのは、『伝説の魔女アーデルハイト』の真実」

「……」


 クラウディアは、ゆっくりと声のする方に視線を向ける。


「……アーデルハイトが五百年前、自らの命と引き換えにして世界の滅びを食い止めたとされる、れっきとした史実の証明なのですから!」

「――――……」


 この時代の子供が、随分と懐かしい時代の話をするものだ。

 そう思っていると、ノアの視線が真っ直ぐこちらに注がれる。クラウディアは小さく笑ったあと、テーブルクロスを潜って外に出た。


「姫さま」


 歩き出すと、すぐにノアも出てきて後を追う。

 誰も近くを通っていないタイミングを狙ったので、クラウディアたちがテーブルの下にいたことは、子供たちの誰も気づいていなかった。


「……兄君の、いまのお話は?」


 クラウディアは、ぬいぐるみの差し出してくる風船を受け取りながら、独りごとに近い心境で口にする。


「……まったく、一体どの弟子なのかしらね。わたしの自己満足によるおこないを、へたな神話のようにまつり上げたのは」


 溜め息をつきながら、他の風船も受け取った。

 ピンクに黄色、紫に水色。ふわふわ浮かぶ四つの風船を連れて歩くクラウディアは、ホール内でも目立っていただろう。


 それでも、ノアの他についてくる子供がいなかったのは、クラウディアが真っ暗な中庭に降りたからだ。


 子供たちにとって、夜の闇は恐ろしいのだろう。そんな中でノアだけが、躊躇すらすることなく、クラウディアの傍に付き従う。


「前世のあなたは、何かを救うために命を落としたのですか?」

「ふふ。まさか」


 救世の存在だなんて思われるのは不本意だ。だからクラウディアは仕方なく、ノアに教えることにした。


「おまえが掛けられていた、奴隷契約のまじゅつの正体を知っている?」

「……?」


 クラウディアがノアと出会ったとき、ノアの心臓がある左胸には、黒い蛇のような魔力が絡みついていた。


「あれは、呪いなの」


 両手に持った風船の紐を、とんとんと下に引っ張って遊ぶ。揺れる四つの風船は、ホールから見ても目立つだろうか。


「魔法とは、違うのですか?」

「ほんしつ的にはおなじものね。だけどそのまがまがしさ故に、呪いは呪いと区別してよばれるわ」


 それだけではない。


「わたしがおまえに上書きした、眷属契約のまじゅつだって、ほんとうは呪いのひとつなのよ」

「――――……」


 ノアが叔父から掛けられた契約魔術は、そのまま断ち切るのに苦労する。

 だからあのときクラウディアは、もっと強力な魔法で上書きし、鎖の結び先を叔父からクラウディアへと繋ぎ変えた。


 呪いを上書きできるのは、同じ呪いだけだ。


「いまの時代に、呪いとよばれる魔法のしゅだんはほとんど残っていないはず。おそらくは、弟子たちが消していってくれたはずだわ」

「……それは、あなたの遺志に従ってですか?」

「五百年まえも、呪いは珍しいまほうだった。だけど、それをつかえる人は、いまより多かったの」


 そしてクラウディアは、記憶を辿る。


「たにんを支配する力は、いのちを思うままにあやつる力」


 だからこそ、奴隷や眷属といった、対象の意思すら奪うほどの強力な効果を発揮する。


「それを、戦争に利用した国があったわ」

「――!」


 それはもう、ひどい光景だった。


「敵の国に呪いをばらまいて、こくみんをあやつるの。兵たちだけでなく、たたかえない人たちもね。きょうだい、おやこ、こいびと同士……お互いを敵だとおもいこんで、殺しあって」

「……っ、ですが」


 痛ましそうに顔を顰めたノアが、ぐっと両手を握り込む。


「叔父が俺を奴隷にできたのは、莫大な魔力を持っていたからです。呪いと呼ばれる強力な魔法を、それほど大勢に使うことは出来るのですか?」

「てんさい、というのは居るものよね。……ある男は、呪いの為の魔法道具をつくりだして、そこに魔術師たちのまりょくを込めさせたの」

「魔力を? では、その道具があれば……」

「きょうりょくな魔術師がおもむかなくとも、誰かが敵国でその道具をはつどうさせれば、それでまわりを呪うことができたわ」


 王族をはじめとする魔術師たちは、安全な国の中枢で、魔法道具にたくさんの魔力を込め続けた。


 その魔法道具は『輸出』され、敵国に運んだ兵によって発動される。そうすれば、数人の自国兵を犠牲にするだけで、多くの敵国民を巻き込むことが出来たのだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ