35 楽しい夜のお祭りごと
「このままのかみでも、とーってもかわいいでしょ?」
にこっと笑ったクラウディアに、侍女たちが頬を綻ばせる。
「それはもちろんですわ、姫殿下」
「まだお小さくていらっしゃるのですものね。自然体でよろしいのかもしれません」
「えへん。じゃあクラウディア、ナイトパーティーいくね! じじょさんたち、ありがとーございました!」
クラウディアはそのまま部屋を出る。そこに控えていた護衛たちは、ノアではなくて大人の魔術師ふたりだ。
「お支度はもうよろしいのですか? クラウディア姫殿下」
「うん」
「大変お可愛らしいですね。それでは、ホールに参りましょう」
こくんと頷いたクラウディアの傍に、ノアの姿はない。
それについては、カールハインツに対して事前に命じていた通りだった。
『どうせなら、ナイトパーティーがはじまるまでノアをあずかっていてほしいの』
『それはもちろんです。こちらとしては、教えられる時間は多い方が望ましいので……ですが、ノアがいなくてよろしいのですか?』
『わたしがひとりでいたほうが、はなしが早いかもしれないもの』
そう言うと、カールハインツは少しだけノアに同情するような素振りを見せた。だが、事態が早急に進むのであれば、その方が良いに決まっている。
(正妃が早めに仕掛けて来てくれるなら、こちらも待つ面倒が省けるわ。どうせお父さまも、私を守ったり、助けたりするつもりは無いでしょうし)
とはいえ恐らくは、正妃が日中に仕掛けてくる可能性は低いと考えていた。
クラウディアの周囲には、魔術師の護衛たちがたくさんついている。正妃はきっと、子供であるノアの存在は問題視しておらず、魔術師たちの目こそ避けたがるはずだ。
『じかんになったら、ノアをちょくせつホールにむかわせてね』
『ありがとうございます。それでは、少しの間ご不便をおかけいたしますが……』
それから昼間のあいだは何事もなく、クラウディアは城で絵を描いたり、お散歩をしたりして時間を過ごした。
そして、ようやく夜だ。
クラウディアはとことこと歩きながら、パーティが行われる城の別館を見遣った。
(正妃はここで、仕掛けてくるかしら。魔法を使うとお父さまに気付かれるから、案外単純に、物理的な刃物などを使うかもしれないわね)
んん、と首を傾げつつ考える。クラウディアを外から見る人は、まさかこんな幼い姿の子供が、胸中でこんなことを考えているとは思いもしないだろう。
そういえば、カールハインツはこんな風にも言っていた。
『イルメラ妃殿下が、クラウディア姫殿下の暗殺をお考えだとしても。他のお子さま方、ましてや愛娘のエミリアさまの目に触れる場所で、行動に移されることはないのでは?』
(…………)
目を伏せたクラウディアの左右で、護衛たちが足を止める。
「それでは姫殿下。ナイトパーティーを楽しんでいらして下さいませ」
「うん! ごえいさんたち、ありがとー」
彼らに手を振ってから、クラウディアはホールの様子を観察した。
(さてと――……)
子供たちだけの『夜の大騒ぎ』は、いつもは起きていることを許されない時間、深夜の零時まで行われるものだ。
大人たちの夜会とは違い、ホール内はたくさんの風船で飾られている。
テーブルには軽食のほか、たくさんのお菓子やジュースが並び、魔法で動くふわふわの着ぐるみたちが配膳していた。
「お姉さま、チョコレートケーキを取りに行こう!」
「あっ、待ってよ。先にうさぎさんにぎゅーってしたい!」
ここに集まった子供の顔ぶれは、昨日のお茶会に居た面々だけではない。下は四歳くらいから、上は十歳くらいまで、あわせて五十人ほどはいるだろうか。
彼らの保護者である大人たちは、城のメインホールで夜会の真っ最中だ。
「離して、その風船は僕のだよ!」
「私が先にもらったの!」
「こら、お前たち喧嘩するなよ! 大人たちに騒ぎが見つかったら、ナイトパーティーは中止になるんだぞ?」
「ご、ごめんなさい……」
子供たちだけの会といっても、危ないことがないように、大人による魔法があちこちに掛けられている。
監視魔法も作用しており、少し離れた場所からは、魔術師たちが目を凝らして安全に配慮しているはずだった。
わいわいとした空気の中、クラウディアはホールに足を踏み入れる。
するとクラウディアの元には、即座に彼が現れた。
「姫さま」
「ノア」
真っ直ぐに歩み寄ってくるノアに、クラウディアはほんの少しだけ驚く。
護衛としての参加といえど、今夜はノアも少しくらい、お菓子を食べても構わないと告げられていたはずだ。
けれどもノアは、そんなことに一切の興味は無いとでも言いたげに、迷わずクラウディアを出迎えに来た。
その上で、クラウディアの前に跪き、背筋を正す。
「お傍を一日離れてしまい、申し訳ありませんでした」
(……たった一日預けただけなのに。短い期間でまた少し大人びたわ)
それを感じ取り、ぱちぱちと瞬きをした。
この日のノアは、赤を基調にした軍服調の衣装に身を包んでいる。以前クラウディアの魔法で作ったものだが、その両手に嵌めている黒の手袋については見たことがなかった。
少年でありながら、凛々しくて精悍に整った顔立ちだ。その姿に、女の子たちが目を奪われている。
「あの子、すごーく格好良い……」
「お伽噺の王子さまみたい!」
けれどもノアは、一心にクラウディアだけを見据えていた。
(カールハインツ。私がお願いしたのとは逆の方向に、ノアの意思を固めてくれたようね)
むうっとくちびるを曲げるものの、こうなってしまっては仕方がない。
(――それでは、ノアの心を折らなくちゃ)
クラウディアがすっと目を細めると、ノアが立ち上がってから手を伸べた。
「姫さま。お手を」
「うん、ノア! ねえねえ、あっちのアイスクリームとりにいこう?」
クラウディアは無邪気な笑顔を作り、ノアとしっかり手を繋ぐ。
(それに、正妃が仕掛けてくるのであれば……)
このホール内を、魔法で監視している魔術師が敵の可能性もある。
あるいは全員かもしれない。それだけでなく、正妃自身が監視者かもしれないのだ。
(なるべく私を狙いやすいところ。暗闇なんかに、移動してあげた方がいいわ)
そんなことを考えながら、ノアと一緒にアイスクリームを取りに行くのだった。
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