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24 しらないひと




「ひ、姫殿下!! 国王陛下に向かってそのようなことは……!!」

「そうだぞチビ! 父上に対してなんてこと言うんだ!」


 側近たちや兄が騒ぐ一方で、父王は黙ってこちらを見下ろしている。クラウディアは、あくまで無邪気な微笑みを浮かべたまま父に告げるのだ。


「だって、クラウディアの知らないひとだもん。おとーさま? なあに、それ?」

「姫殿下!!」

「…………」

「クラウディア、そんなおなまえのひと、うまれてからいちども会ったことない」


 そして少しだけ目を細め、微笑んだまま宣告する。


「クラウディアをだっこしていいのは、ノアだけなの」

「…………ほう?」


 父王は面白そうに口元を歪ませ、笑みの形を作ってみせた。


「陛下、なにとぞ……。姫殿下はまだ、陛下が偉大なお方であることをご存知ないのでしょう」

「よい。貴様らは黙っていろ」


 側近のひとりの進言を、父王はうるさそうに退けた。

 そして、これまで立ったまま見下ろしていたクラウディアの前に、膝をつくようにして目を合わせる。それを見て、側近がまたも動揺を見せた。


「確かに私はお前にとって、生まれて一度も会ったことの無い人間だ。血縁とはいえ、とても父などとは思えまい」

「へんなの、おとーさま」


 クラウディアは、あくまで無邪気に父へと言う。


「おとーさまだって、むすめだっておもってないのに」

「……はっ」

「ひ、姫殿下!!」


 フォルクハルトは笑ったあと、クラウディアの首をぐっと掴んだ。


 大きな手だ。小さな子供の首などは、片手で捻り潰せるだろう。

 そのことを言外に示唆するかのように、フォルクハルトは僅かに力を込め、首を絞める真似事をした。


「…………」


 傍らでその光景を見ているノアが、ぐっと両手を握り締める。先ほど、「いい子にしてるように」と命じたことを守っているのだ。


 クラウディアは無邪気な微笑みを絶やさずに、ただただ真っ直ぐ父を見つめた。


「……ふむ?」


 父王は、クラウディアの首を掴んで数秒ののち、くつくつと喉を鳴らし始める。


「なるほどな。私に一切の怯えを向けない人間は、お前が初めてかもしれぬ」

「クラウディア、おとーさまのこと、こわくないよ?」

「そのようだ。我が娘はあの塔で、随分とたくましく育ったらしい」


 そう言って、フォルクハルトの手が離れた。

 そして、先ほどまで『姫』としか呼ばなかったくちびるで、こんな風に名前を呼ばれる。


「さて、クラウディア」


 フォルクハルトは、続いてノアの方に目を向けた。


 すぐ傍の生け垣沿いに控えたノアは、それを受けて静かに頭を下げる。

 元王族として教育を受けていた時分があることに加え、クラウディアがこの一か月で仕込んだ作法は、主君の贔屓目を除いても美しい。


「あれがお前の従僕か?」

「うん、ノア! ノアはね、すーっごくつよくてやさしいの!」


 クラウディアが言うと、フォルクハルトは面白そうに笑うのだ。


「黒曜の瞳を持つ人間は、魔力が多いとの言い伝えがある。――どれ、後ほどお前の従僕も、水晶で鑑定してやろう」

「わあ。よかったねえ、ノア」

「……姫さま……」


 ノアは何かを言いかけたが、すぐに再び頭を下げ直す。

 父王は立ち上がると、今度はふたりの兄たちを呼んだ。


「ヴィルヘルム。エーレンフリート」

「は、はい!!」

「なんでしょう、父上……!」


 びくっと体を跳ねさせた兄たちが、すぐさま礼の形を取った。見れば他の子供たちも、みんな怯えた顔で頭を下げている。


「明日の夜に行われる会に、このクラウディアも出たかろう」

「ナイトパーティに、ですか?」

「クラウディアの部屋を用意させる。兄として、お前たちでクラウディアを助けてやれ」

(あら。このお茶会が終わったら、すぐに塔へ送り返されるという話だったはずなのに)


 同じ疑問を持ったのだろう。兄たちは戸惑いの表情を見せたが、すぐに頷いた。


「はい、父上! 俺が、妹を助けます!」

「父上。僕もクラウディアにやさしくします」

「それでよい」


 そして父王は、最後にもう一度クラウディアを見下ろした。


「せいぜい楽しんで行け。……ではな」

(まるで、私を娘だと認めたかのような振る舞いね)


 踵を返し、フォルクハルトが主城の方へと戻っていく。


(――本当は、ある目的に利用しようとしていることくらい、分かるのに)


 子供たちと護衛だけ残された中庭は、ほっと安堵に包まれた。


「こ……怖かったあ」

「ヴィルヘルムさま! あちらが国王陛下なのですね」

「あ、ああ……い、偉大なお方だろう!? すごいんだ、父上は!」


 わあわあと声の上がる中、ノアはすぐさまクラウディアに駆け寄り、父に掴まれた首筋に触れてくる。


「姫さま。お怪我は」

「ふふ。だいじょうぶよ、ノア」

「……お父君を、わざと挑発なさったでしょう」


 そう言われて、クラウディアはにこっと微笑んだ。


「がまんさせてごめんなさい。でも、じょうほうは得られたわ」

「情報?」

「おとうさまが、わたしをおしろに呼んだ理由」

「!」


 驚いた様子のノアの手を、クラウディアはきゅっと握る。


「ほらノア。そのふく、きれいにしましょ?」

「……」


 そのままノアを連れて、改めて中庭から抜け出した。

 歩きながらも、心の中でそっと考える。


(カールハインツの説明だけでは、お父さまの目的に納得しきれない部分があったもの。いくら他国との戦争を考えているからといって、六年も放っておいた私の魔力を、今さら仰々しく鑑定しようとしている理由にはならないわ)


 ましてやクラウディアは六歳だ。再鑑定の結果、どれほど強力な魔力持ちだと分かっても、戦争に投入できるかは怪しい。


(本当に戦争だけを目的としているわけではないわ。それに、戦力なら王族にこだわる必要も無い。……だとするとお父さまは、『クラウディアに魔力があることを証明したかった』可能性があったはずだけれど……)


 けれど、先ほどのやりとりを見て、目星がついた。


(お父さまの、真の目的は――)








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