222 最後の敵(第5部・完)
追魔女5巻、8/25発売です!
黒裄先生の印象的かつ神秘的なカバーイラストをご覧ください……!
書店さまによっては、特典があります!
※今回は、本編の構成を最優先とし、書籍には書き下ろしのお話は収録されておりません。
「ノア」
「……気を失っているようです。随分と、負荷が掛かっていたようですから」
「では、寝かせてあげないとね」
魔法によって咲かせた百合の花が、ゆっくりと消滅し始めていた。クラウディアは椅子から立ち上がると、にこりと微笑んでノアに告げる。
「転移の準備をしてあげて。そうでなければ」
「…………」
そのとき、聖堂が大きく揺れた。
地響きを伴う振動に、ノアが警戒を露わにする。クラウディアは横髪を耳へと掛けながら、聖堂の扉へと目を遣った。
「――ライナルトとの戦いに、巻き込んでしまうかもしれないから」
赤い絨毯の先に、ローブ姿の人影が立っている。
「ようやく目覚めたのか。アーデルハイト」
ローブを纏った人物は、一見すれば背も高く、体格のいい男の姿をしていた。
「ライナルト」
「ははっ!」
長い黒髪を後ろに束ね、太陽のような風格と色気を持ったその青年は、間違いなくクラウディアの知る一番弟子だ。
(けれど……)
その姿を一目見るだけで、それが魔法で作り出された、偽物の幻覚だとよく分かった。
「……お前が俺の名前を呼ぶ日が、心の底から待ち遠しかった」
挑発するように笑ったライナルトの幻が、ゆらりと歪む。
その幻に重なるのは、とても小柄な人物の姿だ。
「アビアノイアの軍勢は、もうすぐ俺の兵に落とされるぞ」
ライナルトそっくりに話す人物は、十六歳になったクラウディアよりも背丈が低い。
手足も細く、折れそうなほどに華奢な体躯は、何処か危うい美しさを漂わせていた。
「……さあ、こちらにおいで」
金色の長い髪に、桃色の可愛らしい瞳を持った『ライナルト』の器は、にこりと愛らしい笑みを浮かべる。その笑顔を前にして、ノアが両手を握り込んだ。
「お前を迎えに来たんだ。アーデルハイト」
「……アンナ……」
ライナルトは、十年前に死んだはずのノアの妹の体を使い、そっとクラウディアに手を伸ばすのだ。
「……私が少し目を離した間に、随分と悪いことを覚えたようね」
祭壇の階段を降りながら、クラウディアは最初の弟子へと告げる。
「とっくに死んでいる自分のために、可愛い子孫の亡骸を使うだなんて……」
我ながらいつもより低い声が、聖堂の空気をびりびりと揺るがした。はしたないことは承知の上で、クラウディアは静かにライナルトを窘める。
「あなた、いつからそんなにお行儀が悪くなったのかしら?」
「〜〜〜〜……っ」
幸福そうに目をすがめたライナルトは、喜びを抑えきれないとでも言いたげだ。
「ふ、ははっ! ……本当に相変わらずだ。五百年の時を経てもなお、お前はお前のままで安心する」
「あなたは随分と変わったわね。ライナルトを騙る他人だと言ってくれた方が、こんな再会よりもマシだったわ」
クラウディアを背中へ庇うように、ノアが静かに剣を構える。
「姫さま。お下がりください」
「いいえ、ノア」
ノアの背中にそうっと触れる。
それを目にしたライナルトが、不服そうに眉根を寄せてこちらを見た。
「お前こそ、こんな場所に居なくて良いわ」
幼い頃、ノアにとっての拠り所は、たったひとりの妹だったはずだ。
生まれたばかりの妹を守る、そのためにノアは奴隷になった。たった一度だけ、クラウディアの元から逃げ出したのは、妹の亡骸を弔うためだ。
「決着を付けるべきは私だけ。だからお前は私のために、たとえ魂が他人であろうとも、アンナの体へ剣を向けるような振る舞いなんて――――……」
「――たとえ、あれが本物のアンナであろうと」
「!」
はっきりとした言葉で紡いだノアの横顔を、クラウディアは見上げる。
「あなたに敵対する存在であれば、俺の為すべきことはひとつです」
「……ノア」
「俺たちで、決着をつけましょう」
黒曜石の瞳に宿るその意思は、幼い頃から変わらずに強く、美しい。
「俺は姫さまの『安息』です。――あなたが穏やかに微睡める、そんな日々を守るためならば、なんでもする」
「…………」
その言葉に、クラウディアは心から微笑んだ。
「ありがとう、ノア」
そうしてノアの背中に守られるのではなく、踏み出して隣へと並び立つ。
「さて。分かってくれたかしら? ライナルト」
「……俺の血を引いただけの子孫に過ぎない、ただの子供が」
可憐な少女の顔立ちが、忌々しい敵を見るそれへと歪む。
「俺の迎えを邪魔するとは、随分と思い上がったものだな」
「……そんなことを言う悪い子は、一体どこの誰かしら」
クラウディアはライナルトを見据えながら、一本の杖を生成した。
「今世の私は、やりたいことしかしないの。いまはとにかく従僕と、久し振りの再会を楽しみたい心境だから……」
雪と氷を模った、美しい杖が生み出される。
右手をノアの背中に添えたままのクラウディアは、左手でその杖を手に取ると、かつての弟子にこう告げた。
「迎えに来られても困るわ。ノアとのお昼寝を、邪魔しないで」
「――――ははっ!」
国を揺るがす地響きの音は、聖堂の中で未だ止まない。
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完結章・第6部へ続く
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悪党一家の愛娘、転生先も乙女ゲームの極道令嬢でした。~最上級ランクの悪役さま、その溺愛は不要です!~
悪虐聖女ですが、愛する旦那さまのお役に立ちたいです。(とはいえ、嫌われているのですが)
雇われ悪女なのに、冷酷王子さまを魅了魔法で篭絡してしまいました。不本意そうな割には、溺愛がすごい。
死に戻り花嫁は欲しい物のために、残虐王太子に溺愛されて悪役夫妻になります! 〜初めまして、裏切り者の旦那さま〜




