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虐げられた追放王女は、転生した伝説の魔女でした ~迎えに来られても困ります。従僕とのお昼寝を邪魔しないでください~  作者: 雨川 透子◆ルプなな&あくまなアニメ化
〜第5部5章〜

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221 兄弟の


「……お前に、何が分かる……」


 酷い苦痛を堪える声で、ジークハルトが小さく紡いだ。


「僕には、ただ、アーデルハイトを欲することしか許されない。……生きていい理由はそれだけだ、他にない……」

「…………」

「愚かな父親の血を引いた罪も、お前から王太子の座を奪ってのうのうと過ごしていた罪も、それから……」


 聖堂の赤い絨毯に、ジークハルトの爪が食い込む。


「……アンナを守れなかった罪さえも、償う方法は、何処にもないんだ」

「…………」


 独白のように紡がれたそれは、深い自責に満ちていた。


(あの夢の中のジークハルトこそが、やっぱりこの子の本質なのだわ)


 六年前に魔法学院で出会ったときも、『ルーカス』と偽名を名乗って過ごすジークハルトは、太陽のように笑う青年だった。


「ノア」

「……承知しております」


 剣を握ったままのノアが、ジークハルトの前に踏み出す。

 恐らくいまのジークハルトにも、抵抗する力は残っているはずだ。それなのに、彼に動くような気配はない。


「そうだな。いっそ、もう、殺してくれればいい」

「…………」

「アーデルハイトへの渇望を植え付けられた体で、生き続けるのはあまりにも無為だ」


 ゆっくりと顔を上げたジークハルトは、ノアを見上げて諦観の笑みを浮かべる。


「このまま死ぬまで苦痛に苛まれ、生き方を選べないのなら、ここでお前が終わらせてくれ」

「――――……」


 クラウディアの脳裏に重なったのは、十年前に出会ったノアのことだ。

 ノア自身も、かつてを思い出しただろうか。その双眸に宿るのは、かすかな憤りの色に見えた。


「本当に、愚かだな」

「……なに?」


 ノアが腹立たしく思っているのは、目の前のジークハルトだろうか。

 あるいは、幼い日の自分なのかもしれない。クラウディアがそんな風に想像したのは、ノアがこうして紡ぐ言葉が、かつてのクラウディアそっくりだからだ。


「潔く、終わらせ方を選んだ気にでもなっているのか?」

「……レオンハルト」

「どうせ、選ぶのなら……」


 金色に輝くその剣を、ノアは静かに振り上げる。


「そんなつまらないものではなく、生きる方法を選んでみせろ」

「……っ!!」


 そうして、その剣をジークハルトの左胸に、迷いのない強さで突き立てた。

 禍々しい黒い雷が、その剣を中心に迸る。けれども直後、刃を通してジークハルトの左胸に伝った金色の光が、その闇を凌駕するように輝いた。


「この剣……ライナルトの、呪いが」

「――――……」


 目を見開いたジークハルトの眼前で、ノアはゆっくりと目を閉じる。

 くちびるを淡く開くと、短く息を吸い込んで、ごく短い詠唱を口にした。


「――――『破却』」

「…………っ!!」


 見届けるクラウディアの目の前で、強い光が満ちてゆく。

 辺りに咲き乱れた黒百合が、嵐の森のようにざわめいた。目を開けていられないほどの風が吹き、クラウディアの赤いドレスの裾や、ノアの軍服をはためかせる。


 けれどもやがて聖堂は、光と静寂に包まれた。


「……ジークハルト」

「…………」


 ノアが突き立てていた光の剣が、ゆっくりと消えてゆく。

 花びらが剥がれおちるかのように、少しずつ崩れてゆく剣は、ジークハルトに傷ひとつ残していない。


「俺が負うべき運命を、お前に負わせた」

「……レオン、ハルト」

「そのことを、贖えるとは思っていない」


 ノアの言葉を聞きながら、クラウディアは緩やかに目を眇めた。


「ノア。お前が私の傍にいることを、お前自身の罪のように言うものではないわ」


 こちらに背中を向けたままのノアに、クラウディアはこう続ける。


「母さまが、私のためにお前を選んだ。元はと言えばお前やジークハルトを巻き込んだのも、ライナルトを遺してきた私の不始末だわ」

「――姫さま」


 はっきりと通る声でクラウディアを呼んで、ノアが静かに振り返った。


「これは、俺が選んだ生き方です。始まりがどのような思惑であろうと、確かに望んでここにいる」

「……ノア」

「それでもこの日々が始まるまでは、のたうち回るような苦しみの中で、どうにか死に方を探していた。だからこそ……」


 ノアが再びジークハルトを見下ろして、こう続ける。


「死なんか選ぶものじゃない」


 ジークハルトの首筋から、黒い蛇のような紋様は消えている。


「少なくとも、お前についていた首輪と鎖は、俺が断ち切って捨ててやった」

「……っ、はは」


 自嘲の混じったような笑い声が、ジークハルトから弱々しく紡がれる。


「お前が、僕よりひとつ年上だということを、思い出した」

「…………」

「父上たちがいがみあった兄弟でなければ、それこそ僕たちも兄弟のように、育っていたのかもしれないんだな。……アンナも、共に」


 ジークハルトの体から、力が抜けるのが分かった。


「……アンナ。僕は……」

「!」


 どさりと重い音を立てて、ジークハルトが聖堂の床に倒れ込む。


挿絵(By みてみん)


追魔女5巻、8/25発売です!

黒裄先生の印象的かつ神秘的なカバーイラストをご覧ください……!


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※今回は、本編の構成を最優先とし、書籍には書き下ろしのお話は収録されておりません。

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