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虐げられた追放王女は、転生した伝説の魔女でした ~迎えに来られても困ります。従僕とのお昼寝を邪魔しないでください~  作者: 雨川 透子◆ルプなな&あくまなアニメ化
〜第5部5章〜

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219 本当の

 一面に、白い百合の花が咲き乱れた。

 咽せ返るような甘い香りと共に、聖堂の中が純白へと埋め尽くされる。それはまるで、月光に輝く雪原にも似た光景だ。


「!」


 花のひとひらがノアに触れる。

 すると真っ白な雪色は、その花から順に黒く染まり、ノアを中央に黒百合へと変化していった。


「支配の呪いを、いま解くわ」


 その言葉は、ノアに向けて伝えたものではない。

 静かに立ち上がったノアの首元から、先ほどまでの黒い靄は消えている。ジークハルトが顔を歪め、ノアに告げた。


「……どうしてお前なんだ。レオンハルト」

「…………」


 掠れながら紡がれたその声に、はっきりとした怒りが滲んでいる。


「俺の欲したものは全部、本当はお前のものだった。……正当な王の座も、アンナマリーの兄だという立場も、一流の魔法を扱う力も……」


 妹の名前を耳にしても、ノアの背中は動揺を見せない。


「アーデルハイトも、お前のものだ。お前ばかりが、それを手にしている……!!」

「ジークハルト」


 クラウディアは手近な黒百合を摘み取って、それを口元にそっと寄せる。


「あなたはやはり、ライナルトに強く支配されているわね」

「なにを……」

「だって」


 ノアの呪いを花びらに吸い上げ、黒く染まった百合の花は、彼らの瞳と同じ色だ。


「本当は、そんな子じゃあないでしょう?」

「…………!?」


 夢の中で出会ったジークハルトが、クラウディアに話してくれたことからも明白だ。


「そもそもが、玉座への関心なんてなかったはず。アンナのことも、自分ではなくノアが本当の兄だと知ったなら、心を痛めるのが『ジークハルト』だったわ」

「君は、何を言って……」

「『レオンハルト』の為に身を引くことも、国民のために敵対する意思を固めることも出来る――あなたはまさに王族と言える、そんな考えを持った聡明な子よ」

「…………っ」


 ジークハルトの強い視線が、初めてクラウディアに向けられた。


「……やめろ、アーデルハイト」

「ライナルトは、それをあなたから奪っている。……別の思考を植え付けていると、そう言った方が正しいかしら?」

「やめろ!!」


 頭を押さえて叫んだ声に、黒百合の花がざわめいて揺れた。


「私が欲しいなどと感じるのも、ライナルトがそう支配したから」

「……違う」


 こちらを振り返ったノアに向けて、クラウディアはまなざしで合図をする。

 その上で、言葉ではジークハルトへの宣告を続けた。


「違わないわ。だってあなた、内心では分かっているでしょう?」

「…………っ!!」

「ノアに勝って私を手に入れても、そのあとの世界にあなたの意思なんて無い。ライナルトは今度こそ、あなたの全てを奪い去って――……」

「静かに、してくれ……!」


 叫びと共に放たれた炎が、真っ直ぐクラウディアに襲い来る。

 クラウディアは手にした黒百合を、炎に向けて杖のように翳した。焼き尽くされるかに見えた黒百合は、実際のところは炎に勝り、業火を容易く消し飛ばしてくれる。


「いまはまだ、話しても聞いてくれないようね」


 そのことを残念に思いながら、『待て』をしていた臣下に告げる。


「――ノア」

「はい」


 すべてを理解しているノアは、あるものを生成する魔法を使った。

 警戒を見せたジークハルトが、ノアに向かって剣を構える。けれども現れたものを見て、訝しそうに顔を顰めた。


「短剣……?」


 ノアが生み出したその武器は、おおよそ戦いには向かないものだ。


「そんなもの。一体何に、使うつもりだ」

「ジークハルト」


 落ち着いていて低いノアの声が、静かに従弟へと紡がれる。


「俺は、お前の言葉に賛同する」

「!!」


 眉根を寄せたジークハルトに、ノアは淡々とこう続けた。


「本来は、俺がお前になるはずだった。ライナルトに支配され、欲しくもない玉座に据えられて、自分の望みは何も叶わない」

「……黙れ」

「いつだって喉が渇いたようで、足りない感覚に苛まれている。姫さまを……」


 短剣を手にしていない方の手で、ノアが再び首元に触れた。


「『アーデルハイト』を手に入れれば、支配による渇きから逃れられると信じて、戦うしかない」

「……黙れと、言っているんだ……!!」


 ノアの言葉を聞きながら、クラウディアは緩やかに目を眇める。


(きっと、『レオンハルト』も……)


 母が魔法で予知したうちの、いくつかの未来が重なったのがあの夢になるはずだ。

 夢の中で出会った彼は、いつだって飢え切った獣のようで、それを必死に理性で押さえ付けているように見受けられた。


「だから、俺が断ち切る」


 短剣を手に取ったノアの構えに、ジークハルトが目を見開く。

 その柄は、ジークハルトの方に向けられていた。つまり剣先、銀色の光を放つ刃は、ノア自身の胸元へと突き付けられている。


「……何を、するつもりだ」

「姫さまの手を、煩わせるまでもない」


 十年前に見せた魔法を、いまのノアは完璧に再現するだろう。

 それが分かっているからこそ、クラウディアはそちらに手を貸さない。


(私はほんの少し、ジークハルトの動きを封じるだけ)


 あとはきっと、ノアに任せるべきなのだ。


「少しだけ、辛抱していろ」

「……っ」


 剣の先が、ノアの左胸へ一気に突き立てられる。


「――醜い鎖は、切ってやる」


 クラウディアのそれと混ざったノアの魔力が、ぶわりと膨れ上がるのが分かった。

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