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虐げられた追放王女は、転生した伝説の魔女でした ~迎えに来られても困ります。従僕とのお昼寝を邪魔しないでください~  作者: 雨川 透子◆ルプなな&あくまなアニメ化
〜第5部5章〜

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218 欲と願い


「っ、く……!!」


 声を押し殺したノアが、自身の首を絞めるように掴む。


「俺たちは、この支配に抗えない」


 ノアを見下ろしたジークハルトが、再びその手に剣を出現させた。


「ライナルトの血が流れるこの体で、逃れることは出来ないんだ」

「――――っ」

「さあ、アーデルハイト……」


 苦しむノアを前にして、ジークハルトがこちらを振り返る。


「君に、結婚を申し込みたい」

「……あら」


 クラウディアはくちびるで微笑みを作りつつ、敢えて楽しそうにこう答えた。


「思い出したわ。ライナルトも時々冗談のように、私にそんなことを願ったわね」

「ははっ。ひどいことを言うんだな、分かっていた癖に」


 ジークハルトのこめかみに、汗の雫がひとつ伝う。


「俺の願いも、ひとつだけだ。アーデルハイト」

「……聞いてあげる。続けてご覧なさい?」

「ただ、君を手に入れたい」


 クラウディアは、ジークハルトの父親を壊した魔女だ。

 けれども黒曜石の双眸には、クラウディアに対する強い恋情が見える。目の前で苦しむノアのことなど、排除すべきものとしか捉えていない。


「十年前のあの日、庭園から見上げた君の姿は、何よりも本当に美しかった……!」

「…………」


 クラウディアは、ゆっくりと目を閉じる。


「呪いとは、強い願いなの」

「……アーデルハイト?」


 剣を手にしたままのジークハルトが、クラウディアを不可思議そうに見上げた。


「そして願いとは、紛れもなく欲のこと。欲を願いに変え、その願いを呪いに変える、そんな忌まわしき魔法があるわ」


 クラウディアはことんと首を傾げ、ジークハルトに尋ねた。


「ライナルトが、各地に呪いの魔法道具をばら撒いたのは、私やあなたたちを支配する呪いを育てるため?」

「……さあ」


 クラウディアから目を逸らしたジークハルトは、再びノアのことを見下ろす。


「どうだろうな?」


 切先が、荒い呼吸を繰り返すノアの、強い光を持つ眼前に向けられた。


「これで終わりだ、レオンハルト。俺は君を排除して、アーデルハイトを手に入れる」

「……姫さまを……」


 掠れた声を絞り出して、ノアが少しずつ言葉を紡ぐ。


「手に入れることなど、出来るものか」

「……あまり思い上がるなよ。レオンハルト」


 ジークハルトのその声音に、彼らしくない苛立ちが混じった。


「必死で抗っているようだが、無駄に終わる。ライナルトの呪いによる支配は、俺たちを決して逃すことはない」

「…………っ」

「何度も。……何度も逃れようとしても、全てが無駄に終わる……」


 発せられたのは、何処か小さな声であるようにも聞こえた。

 けれどもすぐさま払拭される。ジークハルトはにこやかなふりをして、足元のノアにこう続けた。


「お前はもう、アーデルハイトを守れない」

「…………」

「その立場は、ようやく俺のものになるんだ」


 会話の形にすらなっていない、一方的な言葉たちばかりだ。

 けれどもジークハルトは、血を分けた従兄に言い聞かせるように、ゆっくりと口にするのである。


「ごめんな。……諦めて屈してくれ、レオンハルト」

「…………お前、は」


 深く俯いて息を吐いたノアが、依然として掠れた声で言う。


「姫さまのことを、なにひとつ知らない」

「――――……」


 そのとき、聖堂内の空気が静まり返った。


「……自分が、傍に居たからと言って」


 剣を握ったジークハルトの右手へ、何かを堪えるような力が籠る。


「一体それがなんだと言うんだ? 足りないものは補えばいい。これから何十年、何百年と連れ添う中で、アーデルハイトのすべてを知ってゆくだけだ」

「お前に、そんなことが、出来るはずもない」

「……なんだって?」


 浅い呼吸を繰り返すノアが、ここで珍しく笑みを浮かべた。


「姫さまが、ただ俺に守られるだけの、そんな姫君に見えているのか?」

「…………」

「俺の主君は、愛情深いお方だ。……今はわざわざ、俺に、守らせてくださっているだけであり……」


 ノアの顎から伝った汗が、ぽたりと赤い絨毯に落ちる。


「本来ならばご自身のお力のみで、あらゆるものを排除できるお方」

「……まさか」


 ジークハルトは目を見開き、再びクラウディアを仰ぎ見た。


「ましてや今は、長い仮死の眠りからお目覚めになり、魔力の満ちた魂と器を取り戻されたばかりだ」

「アーデルハイト、君は……!」

「…………」


 会話を差し向けられたクラウディアは、にこりと微笑む。


「時間稼ぎをありがとう、ノア。お前は本当に、私の良い子ね」

「……あなたの従僕の身であれば、当然のこと」

「お陰でじっくりと分析できたわ。ライナルトが使う『呪い』の構成が、どのようなものであるか――……」


 クラウディアはゆっくりと、ふたりに向かって手を翳す。


「あとでいっぱいご褒美をあげる。『呪いを注がれても抵抗しては駄目』と命じた、悪いご主人さまからの罪滅ぼしよ」

「そんなものは、必要、ありません」


 手の甲でぐっと汗を拭い、ノアが顔を上げる。


「それよりも、俺に見せてください」


 少しだけ見せた生意気さは、『レオンハルト』の面影だろうか。

 あるいは傍らのジークハルトに向けて、無意識に見せ付けているのだろうか。


 ノアこそが、唯一クラウディアに向けて我が儘を言える、可愛い飼い犬であることを。


「これまでのような『器』の制約が無い、本当のあなたの全力を」

「……ふふっ!」


 きっともう、クラウディアが魔法を使って眠くなることは、二度とない。

 そんなことをはっきりと感じながら、無詠唱の魔法を発動させる。


「叶えてあげる。可愛いノア」

「っ、アーデルハイト……!!」


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