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虐げられた追放王女は、転生した伝説の魔女でした ~迎えに来られても困ります。従僕とのお昼寝を邪魔しないでください~  作者: 雨川 透子◆ルプなな&あくまなアニメ化
〜第5部5章〜

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217 従弟


 空中を、壁を、床を滑るように這いながら、その手がクラウディアに触れようとする。その指でクラウディアの喉を掴み、食らおうとしているのが如実に分かった。


(……私を魂ごと奪おうとする、闇魔法……)


 クラウディアは確かめることにする。

 指先を動かさず、ノアにもひとつの合図をして、その場から動かないようにまなざしで告げた。その直後のことだ。


「――――……」


 クラウディアに触れた影の手が、ぱんっと音を立てて爆ぜる。


「……何?」


 ジークハルトが眉根を寄せ、壇上に座るクラウディアを見上げた。


「母さまが警戒していた通りね。私の中にあるアーデルハイトの魔力を、そのまま支配する魔法……」

「……君という器には、魔力がすでに満ちているはずだ。それなのに、何故……」

「もちろん、見ての通りにいっぱいよ。だけど、私にその魔法は通用しないわ」


 クラウディアは左胸に手を添えると、ジークハルトににこりと微笑んだ。


「私の中には、ノアの魔力が混ざっているもの」

「……レオンハルト……!!」


 クラウディアに行動を許されたノアが、すっと静かに歩み出た。

 主君の敵であるジークハルトを前にしても、何処か悠然とした余裕が見える。剣を手に緩やかな構えを取ったその背中を見て、クラウディアは微笑んだ。


(本当に、美しい男に成長したものね)


 彼はクラウディアのよく知るノアでありながら、夢で会った『レオンハルト』の持っていたような、孤高の雰囲気も纏っている。


 ジークハルトは無理やりに口の端を上げ、歪んだ笑みを浮かべた。


「――お前には、もう、会いたくなかったな。レオンハルト」

「…………」


 ノアと同じ色の双眸が、皮肉っぽく眇められる。

 そこにいるジークハルトという青年の姿に、かつての魔法学院で会ったころの、太陽のような眩さは見付けられない。


「どいてくれ。俺は」


 ジークハルトの右手にも、魔力の揺らぎと共に剣が生まれた。


「アーデルハイトを、手に入れる……!」


 ジークハルトが踏み出した一歩が、ノアの間合いの中に踏み込む。


「――――……」


 その瞬間、ノアがジークハルトの刃を薙ぎ払った。

 剣尖が空を切る凄まじい音を、ジークハルトがすぐさま躱す。刃を返すノアの動きには、一切の無駄がない。


「……っ、はは……!!」


 ジークハルトとノアの剣が、ぶつかりあって音を散らす。一度、二度と剣が交わされ、その度に聖堂へ音が響いた。


「六年前と、同じだな、レオンハルト……!」

「…………」


 けれどもあの時と違うのは、ふたりが成長したことだけではない。


(お互いに、剣術と魔術を混ぜながら戦っている。あの子たちのどちらもが、最も得意とする戦術……)


 どちらも闇魔法の使い手だ。九歳のノアに出会ったばかりの頃、クラウディアはこんなことを教えていた。


『ノア。お前の魔力はね、攻撃特化の性質を持っているの』


 瞳の色は、魔法の性質を表している。黒曜石の瞳を持つ魔術師は、闇魔法の使い手だ。


『攻撃力は最上級だわ。その代わり、瞬間的に発動させたり、柔軟に形を変えるのが苦手なのよ』

『なら、どうすればいいんだ』

『簡単なこと。戦闘時は常に発動させておいて、形状を変えなければいいと思わない? ――たとえば、魔法で剣を作っておいて、その剣を使って戦うの』


 そんな方法を話したのは、ノアが初めての相手ではない。

 五百年前、最も近しく傍にいた魔術師を見て、すでに同じことを試させていたのだ。


『――どうかしら? ライナルト』

『……ああ。こうして剣を用いることで、戦術が効率化されたのが分かる』


 黒曜石の瞳を持つ『最初の弟子』は、心から嬉しそうに微笑んだ。


『さすがは、アーデルハイトだ』


 ライナルトは恐らくジークハルトにも、同じ方法を伝えているのだろう。


 ジークハルトの長剣が、ノアの喉元へ真っ直ぐに迫った。ノアは一切それに怯まず、ジークハルトの片目を狙う。

 互いの剣を弾き、その度に魔力が迸って、ふたりの周囲を取り巻いた。炎の渦がノアに襲い掛かるのを、氷の大蛇が喰らい付いて止める。魔術と剣術の噛み合った攻防が、クラウディアの膝下で繰り広げられていた。


(ジークハルトの成長には、目を見張るものがあるわ)


 すべての動きを観察しながら、クラウディアは思考を巡らせる。


(幼い頃のジークハルトはもちろんのこと、魔法学院で見た『ルーカス』のときよりも……夢の中の彼の振る舞いとも、まるで違う)


 クラウディアが眠りに就く三年前、レミルシア国の当時の王、つまりはジークハルトの父が死んだ。

 かの国はそれから三年間、大喪の儀を行うことを名目とし、国を閉ざして沈黙したのである。


(この三年で、ジークハルトに何かしたわね。だって……)


 前世を度々思い出すのは、ジークハルトの振る舞いが、あまりにもライナルトに似ているからだ。


(似ているというよりも、ライナルトそのもの。『レオンハルト』に対しては、それほど感じなかったのに)


 ノアよりもジークハルトの方が、ライナルトに魂の性質が似ている。そのことが影響しているのか、大喪の儀が原因か、それを予想することは難しい。


 聖堂の床から噴き上がった炎が、ノアとジークハルトを分断する。ジークハルトは畳み掛けるように、炎をノアへと向かわせた。


(……それでも)


 猛る炎は、それ自体が脅威になるだけではない。ジークハルトの姿を隠し、ノアにとっての死角を生み出す。


(ノアだって、この三年でとても強くなったわ。何より……)

「――遅い」


 重心を低くしたノアが、一気に踏み込む。

 炎への結界を張る速度も、剣を操るその技巧も、クラウディアすら目を見張るものだ。


「……レオンハルト……!!」

(……私の傍にいるノアは、誰にも負けない)


 ジークハルトの手にした剣が、矢のような速度で弾き飛ばされた。

 後方に放り出された剣を、ジークハルトは振り返らない。そのままノアへと手を翳し、結界を張るような素振りを見せる。


「く……っ!」


 それでもジークハルトは間に合わない。

 ノアの剣が、血を分けた従弟の頭上へと振り下ろされた、そのときだった。


「――――!!」


 何かを察知したノアが、後ろに退く。


「……これは」

「ノア」


 からん、と床に落ちたのは、ノアが持っていたはずの剣だ。


「っ、は」


 絞り出すような笑い声が、ジークハルトのくちびるから溢れた。


「ははは、は!」

「……っ」


 ノアが咄嗟に喉元を押さえ、片膝をつく。ノアの周囲に湧き上がった黒い靄に、クラウディアは目を細めた。


「覚えのある、魔法だろう?」

「……ジーク、ハルト」

「お前が子供の頃、散々苦しめられてきた呪い……」


 先祖であるライナルトに乗っ取られたジークハルトが、まったく同じ血を引くノアを見て、低い声音でこう紡ぐ。


「あの奴隷契約よりも、更に強力な、支配の魔術だ」


 ジークハルトの喉元には、まるで首輪のように巻き付く、真っ黒な紋様が浮かんでいた。

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