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虐げられた追放王女は、転生した伝説の魔女でした ~迎えに来られても困ります。従僕とのお昼寝を邪魔しないでください~  作者: 雨川 透子◆ルプなな&あくまなアニメ化
〜第5部4章〜

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214 魔女と王女



「……っ」


 レオンハルトが息を呑む。

 クラウディアを拘束する手の力が、ほんの僅かに緩められた。


(分かっているわ。ここは現実の世界ではなく、ただの夢)


 恐らくは、母の魔法の影響によって見ている幻だ。


(それでも……)


 クラウディアは、引き続き守ろうとしてくれているジークハルトを見遣り、彼にも微笑み掛ける。


「ごめんなさい、ジークハルト。私とライナルトの問題に、あなたのことも巻き込んでしまった」

「……クラウディア」


 元の世界のジークハルトは、こちらの世界のレオンハルトと、同じ境遇に陥っているはずだ。


「だけど、全部決着を付ける。そのためにも、帰らなきゃ」

「……そんなことが、出来るはずもない……」


 絞り出すようなレオンハルトの声が、掠れている。


「私は、私のやりたいことしかしないわ」


 クラウディアとして目覚めてから、何度もその言葉を口にした。


「そしてノアは、私の望むことだけをしてくれる。私は『願いを叶えて』と、ノアにおねだりするだけでいい」

「まやかしだ。そんなもの、通じは、しない……!」


 ひどい痛みを堪えるように、レオンハルトがそう紡ぐ。


「お前は、『俺』の弱さを知らないんだ。何も守れない、そんな存在であることを、なにひとつ」

「いいえ。必ずノアに届くのだと、私は心から信じるわ」


 真っ向から、レオンハルトの言葉を否定した。


「ノアの――あなた自身の、弛まない願いと努力によって得た、その力で」

「……っ、何を……」


 レオンハルトの手から、力が抜ける。

 クラウディアは反対に、彼の頬へと手を伸ばした。


「――私のノアを」


 クラウディアは、もう一度目の前の青年を見上げる。


「あなた自身を、甘く見ないで」

「…………!」




***




「――姫殿下」


 地響きの鳴り響く聖堂の中、目覚めないクラウディアの亡骸を抱き寄せて、ノアは小さく呟いた。


「あなたが目覚められた暁に、お伝えすると決めていたことがあります」


 くったりと力が抜けた主君の体は、こうしていても氷のように冷たい。

 いつかの雪の日、ノアに抱き付いて嬉しそうに笑ったクラウディアが、「あったかい」と呟いた日のことを思い出す。


「口にしなかったことを、ずっと後悔していました。……ですから」


 クラウディアの体を支えるのとは反対の手で、ミルクティー色の髪をゆっくりと梳く。

 かつては毎日触れていた髪だ。三年間、おおよそ千日のあいだ許されなかったこの距離で、はっきりと言葉に刻む。


「もう、躊躇は致しません」


 クラウディアの頬に手を添えて、ノアは僅かに目を眇めた。


「姫殿下」


 かつてのノアは、周囲の大人の真似をして、いつからかクラウディアのことをそう呼ぶようになった。


 早く大人になりたかったからだ。なんでもひとりで抱え込み、世界のために死すら選ぶクラウディアを支えられるよう、そんな力が欲しかった。


「アーデルハイトさま。……ディア、姫さま」


 クラウディアと共に呪いを巡り、その度に様々な呼び名を使った。


 反対に、クラウディアから『レオンハルト』と呼ばれたこともある。

 ノアがアシュバルの代理になった際は、悪戯めかして『陛下』と呼ばれ、非常に居た堪れない気持ちになったことを思い出す。


(たったひとり、あなただけだ)


 自身の額を、彼女の額にこつりと合わせ、目を閉じた。




「――――俺の王女」




 ノアの中には、クラウディアに対する独占欲と、紛れもない執着心が存在する。

 あるいは傲慢さなのかもしれない。クラウディアの傍でしか生きたくないという、そんな想いこそが、かつてと同じ言葉をノアに選ばせるのだ。


「飼い犬が、主を亡くしてまともに生きていけるとでも、お思いですか」


 目を開き、クラウディアの頬に手を添える。


「早くお目覚めになって、俺の頭を撫でてください。姫さま」


 親指で、クラウディアの赤いくちびるを緩やかになぞった。

 一介の臣下には許されない、主君を穢すような触れ方だ。それが分かっていても尚、ノアはそうすることを選んだ。


「俺は、俺の持ち得るものをすべて利用してでも、あなたを取り戻す」


 そのおとがいに触れ、クラウディアの輪郭を捉えた上で、どんな魔法にも変えられない言葉を紡ぐ。



「……あなたを、お慕い申し上げております」



 そうしてノアは、祈りにも似た感情を押し殺しながら、クラウディアへと口付けた。




***




「っ、く……!!」


 苦しそうに頭を押さえたレオンハルトが、クラウディアの足元へと膝をつく。


「……良い子ね。レオンハルト」


 現実ではない夢の世界で、クラウディアは目の前のレオンハルトに告げた。


「……俺は……」

「ノアが呼んでいるわ。だからもう、行かなくちゃ」


 クラウディアの心臓に、暖かな力が宿っている。

 やさしく、けれども強く導くように鼓動を打つのは、ノアに与えられたものだという確信があった。


「……駄目だ」


 世界が歪んでゆくのが分かる。周囲が真っ黒に塗り潰されて、他には何も見えなくなった。


(みんな、消えてゆく)


 ここにいるのは、レオンハルトとクラウディアだけだ。


「……何処にも、行かせない」


 レオンハルトが絞り出すのは、強い痛みに苦しめられる者の声だ。それでも必死に伸ばされた手が、クラウディアの足首を掴む。


「ここに居ろ」

「……レオンハルト」

「……っ、お前は、俺の魔女だ……!」


 クラウディアはそっと屈み込み、レオンハルトの手に触れた。


「ごめんね。そのお願いは聞けないの、だけど」


 彼の手を取って、ゆっくりと繋ぐ。


「あなたも一緒に、連れて行くわ」

「……っ?」


 レオンハルトの表情に、苦痛以外の感情が混ざった。


「ここにあるすべては現実ではなく、私の母さまの遺した夢。けれどあなたは紛れもなく、私の可愛いノアだもの」


 そうしてここは、ひょっとしたら現実になっていたかもしれない、いくつかの可能性のひとつでもあるのだ。


「良い子ね。レオンハルト」

「……アーデルハイト」

「ふふ。よしよし」


 彼の頭を撫でてやりながら、クラウディアは心からの微笑みを浮かべた。


「欠けさせないわ。だから、私とおいでなさい」

「――――――……」


 顔を上げたレオンハルトが、再びこちらに手を伸ばす。

 かと思えば、クラウディアのことを抱き寄せて、彼のくちびるを首筋にうずめた。



(……ああ。夢が終わる)



 クラウディアは緩やかに目を閉じる。

 そうして、世界が反転するような感覚のあとに、光を感じて双眸を開いた。



「――――姫さま」



 クラウディアは、誰かの腕の中に居る。

 緩やかに瞬きを重ねると、ぼやけた視界が焦点を結んだ。クラウディアのことを見下ろしているのは、黒曜石の色をした美しい瞳だ。


「俺のことが、お分かりですか」

「………………」


 そんなことは、こうして尋ねられるまでもない。


 毛先の跳ねた黒髪は、触れると柔らかいことを知っている。

 大人になった彼の姿は、魔法で何度も見てきたが、それよりも背が高くなったように見えた。すっかりと逞しく成長して、精悍な顔立ちに育った青年は、強い感情を押し殺すような表情でこちらを見詰めている。


 だから問われてもいないのに、こんな言葉を口にした。


「――私もお前が大好きよ。私のノア」


 見開かれた黒曜石の瞳を見上げ、クラウディアはゆっくりと微笑みを浮かべた。小さな頃から繰り返した、こんな言葉を伝えるために。


「……抱っこして?」

「…………っ」


 ノアの腕が、クラウディアを強く抱き締める。

 そうして彼のくちびるは、クラウディアに深い深い口付けをくれた。

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