213 確信
「あの状態からもう動けるようになったなんて、すごいのね」
「来い。もう二度と、お前を自由にさせることはない」
レオンハルトがクラウディアを掴んだ力は強く、魔法でも使わなければ振り解けそうにない。
だが、それを止める声があった。
「クラウディアを離せ。レオンハルト」
ジークハルトが呼んだ名に、レオンハルトの肩がぴくりと跳ねる。
「――君はいま、誰の意思で動いている?」
「……黙れ」
静かにジークハルトを見据えたレオンハルトの双眸は、深い深い闇の色だ。
「俺がこれまで、お前を見付けられない故に放置していたと思うのか?」
「……分かっているさ、見逃されていたことはな。僕だって、正当な王が君であることに異論はなく、敵対する意思はなかった」
ジークハルトは真っ向から対峙して、言葉を続ける。
「だが、こちらも看過は出来ない。クラウディアを手に入れて、何をしろと命じられている?」
「これは、俺の意思だ」
レオンハルトの言葉には、一切の迷いや淀みがなかった。
(……けれど)
彼の横顔を見上げながら、クラウディアは目を眇める。
(こうしてみると、やはりライナルトの魔力を感じる)
彼らの血縁者であるからこそ、巧妙に溶け込んで隠されている。
けれど、そこへ確かに感じる『最初の弟子』の面影に、クラウディアはそっと手を伸ばした。
「レオンハルト」
「……っ!?」
クラウディアがレオンハルトの頬に触れると、彼が眉根を寄せる。
「お前が勝手に、俺に触れるな。アーデルハイト」
「…………」
「俺の名前を、呼ぶなとも、言った……!」
空気がさらに張り詰めて、肌の表面が痺れるかのようだ。
クラウディアはくちびるを開き、柔らかな声音を意図して紡ぐ。
「――では、『ライナルト』」
「…………っ!!」
レオンハルトに触れていた手が、強い力で掴まれる。
「クラウディア!」
「大丈夫よ。ジークハルト」
これでクラウディアの両手はどちらも、レオンハルトに捕らえられた。
クラウディアはにこりと微笑んで、さらに告げる。
「違うというのなら、拒絶しなさい。それは自分の名ではない、『ライナルト』と呼ぶなと、拒めばいいの」
クラウディアが、彼のことを『ノア』と呼んだときのように、別の存在だと否定するべきだ。
「……俺は」
「もちろん。あなたを支配する者が、『アーデルハイト』にもう一度名前を呼んでもらうことを、願っていないと言うのであればだけれど……」
レオンハルトの双眸を見上げ、クラウディアはくすっと微笑んだ。
「それは、出来ないみたいね?」
「――――……っ!!」
彼は何かを振り払うように、クラウディアの体を引き寄せた。
「アーデルハイトを奪うことに、『レオンハルト』の意思なんて存在していない」
「違う。……これは、俺が」
「でも、あなたはどうあっても逆らえない」
クラウディアは、可愛いノアと同じ魂を持つ存在を、大切に見つめる。
「ライナルトに、支配の魔法を掛けられている――それだけじゃないわね」
「……っ、く……」
「逆らえない理由を、どうか教えて」
恐らくは無駄だと分かっていても、交渉めいた願いを口にする。
「私はもうじき、自分のいるべき世界に帰るから」
「……駄目だ、行かせない……!!」
それは、ほとんど子供の我が儘にも似ていた。
そんな言葉を述べるばかりで、交渉のようなものを口にする訳でもない。かといって、クラウディアを無理やりに扱って、従わせようとするのでもない。
何らかの深い葛藤や、苦しみのようなものすらも垣間見える。
「ごめんね。……とっても可愛いおねだりだけれど、聞いてあげない」
「逃がす、ものか。そもそも、お前が『帰る』手段なんて、この世界には存在しない……」
「この世界ではね。だけど、おおよその予想はついたわ。現実の世界で、欠けている私が満ちればいい」
母が名前に残した答えを、クラウディアは口にした。
「それくらいなら、容易い方法だわ。私が幼い頃、ノアに預けた魔力を、私に戻してくれるだけで終わる」
「それを、お前が分かったとして、どうなる」
クラウディアの手首を掴むレオンハルトの指に、さらなる力が籠る。
ジークハルトが動こうとしてくれるのを視線で制しながら、クラウディアはその痛みを顔に出さず、堪えていた。
「元の世界とやらに、それを伝える方法もない……。お前は、永劫、ここで」
「――伝える必要なんてないわ」
レオンハルトの双眸が、驚きによって見開かれた。
「……なに?」
「だって、私のノアが居るもの」
ひとつも疑うことのない確信の中で、クラウディアはくちびるを綻ばせる。
「私が辿り着いた答えなら、あの子だってすぐに見付けるに決まっている」
「……ふざけるな」
黒曜石の色をした瞳に、深い憤りが滲んで見えた。
けれど、はっきりと告げる。
「私のそんな信頼に、ノアが背くことはないと言い切れるわ。……絶対に」
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