表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虐げられた追放王女は、転生した伝説の魔女でした ~迎えに来られても困ります。従僕とのお昼寝を邪魔しないでください~  作者: 雨川 透子◆ルプなな&あくまなアニメ化
〜第5部4章〜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

217/229

211 欠けた王女


 ノアの指先からは、先ほど結界に触れた際に出来た傷から、赤い雫が滴っていた。


 クラウディアの白い肌を穢すのは、本来ならば許され難いことだ。

 それでも、その赤く濡れた親指の腹で、クラウディアのくちびるに触れる。


「姫さま」


 死化粧として施された鮮やかな紅が、血の色によって暗く濁った。


「あなたに分け与えて頂いたものを、お返しいたします」


 目を開けて、十年前に目の当たりにしたクラウディアの魔法を思い出しながら、滴る血を通して魔力を込めた。


「ですから、どうか――――……」


 そうして、魔力が溢れ出す。


「……っ」


 クラウディアの体が光に包まれ、反射的に目の前へ手を翳した。

 一瞬の間に、金色の輝きが棺を満たし、ノアの視界を塗り潰す。


 やがて光が消えた場所には、かつて魔法で見た姿と同じ、ひとりの女性が横たわっていた。


「……姫殿下」


 先ほどまでここにいた、十三歳のままのクラウディアではない。

 少し背が伸び、体の曲線が豊かに描き出された、十六歳の姿で眠っている。


 それはまるで、仮死によって止まっていたクラウディアの時間が、ここで一度に流れたかのようだ。


(だが……)


 ノアはすぐさま手を伸べて、クラウディアを抱き起こす。目覚めて微笑むはずの主君からは、瞼を開ける気配がしない。


 その体は脱力し、肌は雪のように白いままで、相も変わらず人形のようだ。


「…………っ」


 無礼を承知で首筋に触れる。

 そこには血潮の温かさも、脈打つべき小さな音もしない。




(――心臓が、動いていない)




 つい先ほど、ドロテアの紡いだ言葉が脳裏を過ぎる。


『それで、上手くいくかどうかは、分からないわ』

「…………姫さま」


 そのとき、地響きのような凄まじい衝撃と共に、結界の壊れる音がした。


(……レミルシア国か)


 クラウディアの亡骸を抱き寄せたまま、ノアは聖堂の天井を見上げる。

 目覚めないクラウディアの亡骸は、やはりそのくちびるだけが鮮やかに、血の色を輝かせているのだった。




***




「――これがカールハインツ殿からの報告だ。クラウディア」

「…………」


 レオンハルトの不意を突いて転移したクラウディアは、ジークハルトから一枚の紙を受け取った。


「ありがとう。ジークハルト」


 湯浴みの直後に転移した所為で、ミルクティー色の髪はまだしっとりと濡れている。

 ジークハルトが作り出してくれた上着を、ナイトドレスの上に羽織ったクラウディアは、長椅子に腰を下ろして報告に目を通した。


「それにしても、君が魔法を使えるなんてな。その上で僕の隠れ家をあっさり見付け、転移してくるとは思わなかった」

「ふふ。ほんのちょっぴりの魔力さえ取り戻せば、これくらいは簡単だわ」

「簡単、ね」


 返事の代わりに微笑みを浮かべて、クラウディアは最後まで文を読み切る。

 よく見慣れたカールハインツの書き文字は、こんな事実を綴っていた。


『呪いにより滅びた砂漠の国、シャラヴィアの宮殿内に、仰った像が見付かりました』

(……やはり、こちらの世界にも、女神像がある)


 カールハインツに探させた女神像は、クラウディアが仮死の魔法で眠りに就く前、国王アシュバルの治める国で見たものだ。

 最初はノアが見付け、クラウディアに対して、『何処か姫殿下の面影を感じさせる像』だと報告をしてきた。


(ノアはあの像を、私の母さま……『ドロテア』という女性を基に、作られたものかもしれないと感じたそうだけれど)


 確かにあれは、クラウディアに関わった人物をモデルにしたものだ。

 けれども残念ながら、それはノアの推察した母ではない。


(あの女神像は、私の前世『アーデルハイト』の姿をしていた)


 そしてその像は、シャラヴィア国に呪いの魔法道具をもたらした人物が、運んできたものだと聞いている。


(――呪いの魔法道具を世界中にばら撒いていた存在の目的は、やっぱり私ね)


 そのことを、薄々どこかで予感していた。

 そしてあの像を目にしたとき、それは確信に変わったのだ。ノアにそれを伝えなかったのは、クラウディアが仮死の眠りに就いているあいだに、無茶な行動をさせないためである。


(この世界でも、元の世界でも変わらない。アーデルハイトを探し出す手配書のつもりか、宣戦布告か……いずれにせよ)


 カールハインツの報告をゆっくりと折り畳み、立ち上がる。


(早く目を覚まして、直々にお話しをしてあげなくちゃ)


 クラウディアは、その紙をやさしく暖炉に焚べた。


「……レオンハルトはいくら言っても、私のことを『クラウディア』と呼んでくれないの」

「……?」


 脈絡のないその会話に、ジークハルトが首を傾げる。


「ただの意地悪か、興味がないのだと思っていたけれど。……思えば、そんな頑なさは全く持ち合わせていなさそうなあなたも、私をアーデルハイトと呼んだわね」

「……それは」

「大丈夫、ちゃんと分かったから。私……」


 クラウディアは、にこりと微笑んで彼に尋ねる。


「この世界では、今世も『アーデルハイト』と名付けられているのではないかしら?」

「……その通りだ。クラウディア」


 気遣わしそうに向けられたその返事に、クラウディアはとても納得した。


(私の『クラウディア』という名前は、母さまからの言伝なのだわ)


 そう思うのには、理由がある。


(クラウディア……いまの時代、アビアノイアを始めとする国々においては、輝かしい意味を持つ名前)


 けれど、アーデルハイトの生まれ変わりであるクラウディアにとって、少しだけ違った響きに聞こえていた。


(この名前は、五百年前の私が生まれた国では、『欠けている』という意味を持つ……)


 今世の母が、クラウディアにこの名を付けたこと。

 それが、前世で生まれた国においては、この時代と違った意味を持つこと。

 それらは果たして、偶然なのだろうか。


(もしも今世の母さまが、私と同じ『五百年前の生まれ変わり』だとしたら?)


 クラウディアを守るための周到さは、魔術の腕だけで説明できるようなものではない。


(たとえば、前世のお母さまの生まれ変わりが、今世の母さまで……もう一度、私を産んだのだとしたら)


 この世界では『アーデルハイト』でありながら、実際には『クラウディア』と付けられた名前にも、『欠けている』意味があるのかもしれない。


(呪いの魔法道具をばら撒いて、私を狙う人間。その敵からも、『アーデルハイトから欠けているクラウディア』であれば、身を守れるという伝言の可能性は……)


 クラウディアは、自らのくちびるに指先でそっと触れた。


X(Twitter)で次回更新日や、作品の短編小説、小ネタをツイートしています。

https://twitter.com/ameame_honey


よろしければ、ブックマークへの追加、ページ下部の広告の下にある★クリックなどで応援いただけましたら、とても励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ