207 手段
「結界魔法に長けた青年だ。どうやらジークハルト、お前の臣下たちを結界で包み、閉じ込めてしまったようだぞ」
「……そうらしい」
水鏡に映る映像には、強力な結界の檻に入れられ、それを拳で叩く臣下の様子が映っている。
王都や王城を包んでいるのと同じ、強力な結界だ。あれを内側から破るのも、外側から無傷で助け出すのも、恐らくは不可能なのだろう。
ジークハルトは息を吐き、いまの状況を大人しく認めた。
「城下で戦っている兵は、すべて囮か。筆頭魔術師カールハインツが指揮している軍勢は、どうやらまとめて陽動隊だ」
「ははっ。こちらが人形を囮に使用したのとは真逆に、あちらは正規兵を囮にしたか!」
筆頭魔術師が愉快そうに笑う。だが、上機嫌なのは表面上だけの振る舞いだ。
「防衛の要は、カールハインツの軍ではない。ということは……」
この宰相の言わんとすることは、ジークハルトにこそよく分かる。
(――レオンハルトだ)
ジークハルトは確信を元に、ゆっくりと瞑目した。
そうしてすぐに双眸を開き、筆頭魔術師に告げる。
「……やはり君に、軍の指揮を任せる。託されてくれるか?」
「ジークハルト? それはもちろん、構わないが」
筆頭魔術師は、首を傾げてジークハルトを見上げた。
「お前はどうする」
「あちらが正規軍を囮に使うんだ。だとすれば、俺も同じ手段を使うくらいでなければ」
ジークハルトの体は、この三年で完全に作り替えられている。
「俺の得た力が、アーデルハイトの一番弟子に並ぶほどの力であることを、証明する必要があるだろう?」
「……」
「俺ひとりが通る穴くらいは、あの結界も抉じ開けられる」
無詠唱で展開した転移魔法は、ジークハルトを包み込んだ。
「では、行ってくるといい」
(……アーデルハイトを手に入れる)
その悲願を、自らへと静かに言い聞かせた。
(そうでなければ、俺は――――……)
***
再び訪れた聖堂の扉を、ノアはゆっくりと押し開いた。
赤い絨毯の伸びる先には、硝子の棺が据えられている。そこに眠っている主君の姿は、この三年間ずっと変わらずに、美しいままだ。
(――姫殿下)
ノアの脳裏に蘇るのは、先ほどクラウディアの次兄であるエーレンフリートから教えられた、魔術についての見解だ。
『……クラウディアが、アーデルハイトの生まれ変わり……』
ノアと同じ年齢の第二王子は、聡明さの滲む双眸を眇めて俯いた。
『話が有り得えないところに飛躍してて、頭がぐちゃぐちゃしてきた。だけど、ノアや父上がそんな嘘、つくとも思えないし……』
『エーレンフリート殿下。お気持ちはごもっともです、しかし……』
『分かってるよ。いま僕にそれを信じさせるために、払ってる時間も労力もないだろ』
エーレンフリートは疑問を押し殺し、ひとまずはノアが告げた前提に従って、思考を進めてくれるようだ。
『そもそもドロテア妃のそれも。他人の記憶を消した上、条件に沿って段階的に思い出させる魔法なんて、高度すぎてめちゃくちゃだ』
『ですがその分、陛下がここにきて思い出してくださった出来事には、姫殿下の目覚めに繋がる情報が隠されているはずです』
現在エーレンフリート以外の王族は、レミルシア国を迎え撃つために備えている。
砂漠の王であるアシュバルを始めとした賓客たちも、ノアの願った通りに布陣を組み、クラウディアとこの国のために協力してくれていた。
『ドロテアさまのお言葉いわく。姫殿下は、「欠けている」と』
『……「丸い林檎ではなく、齧られて欠けた形なのであれば、隠れられる」か……』
エーレンフリートは頭が痛そうに、額を押さえた。
『三年前、クラウディアはアーデルハイトとしての力を発揮できる体になるために、自ら選んで眠りについた。ここまでは合ってる?』
『はい。しかし恐らく、姫殿下がアーデルハイトの器として完全になることは、ドロテアさまにとって避けるべきものだったのでしょう』
『アーデルハイトの形に近付けば、クラウディアが「追手に見付かる」と考えていたから、か』
『その結果、ドロテアさまが姫殿下に施していた魔法が作用して、姫殿下の目覚めを妨害しているのではないかと』
会話を重ねてゆくことで、エーレンフリートの思考を手助けする。その上で、決して差し出がましい口を聞くことはせず、エーレンフリートの結論を待った。
だが、エーレンフリートの表情はどんどん険しく、強張ったものになってゆく。
『駄目だ。ノア』
『……エーレンフリート殿下?』
エーレンフリートは俯いて、ぐっと両手を握り締めた。
『恐らくだけど、クラウディアを目覚めさせるには、欠けているものを元に戻してやる必要があるんだ』
『欠けているものを、戻す』
『必要なのは、クラウディアの魔力自身だよ。それも、膨大な量を注いでやらなくちゃいけないはずだ』
その言葉に、ノアは息を呑む。
『だけど、僕たちにクラウディアの魔力を確保して、クラウディアに与えてやることは出来ない。だって当のクラウディア自身が、仮死になって目覚めないんだから』
『……それは』
『お手上げだ。……どうにも、ならないよ……』
いつも冷静なエーレンフリートの声音が、涙に濡れて滲んでいる。
『ごめん、クラウディア……っ』
『――――エーレンフリート殿下』
ノアは静かに跪き、主君の兄への謝意を評した。
『……ノア?』
『そのお言葉をいただいて、安心いたしました』
『あ、安心って、なんだよ。僕はいま、クラウディアを目覚めさせる方法は見付からないって……』
『取るべき手段は明白です。あなたのお陰で、その確証が持てました』
そうして立ち上がると、ノアははっきりとエーレンフリートに告げた。
『――姫殿下を、お迎えに参ります』
そうしてノアは、クラウディアの眠るこの聖堂に戻ってきたのだ。
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