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虐げられた追放王女は、転生した伝説の魔女でした ~迎えに来られても困ります。従僕とのお昼寝を邪魔しないでください~  作者: 雨川 透子◆ルプなな&あくまなアニメ化
〜第5部4章〜

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207 手段

「結界魔法に長けた青年だ。どうやらジークハルト、お前の臣下たちを結界で包み、閉じ込めてしまったようだぞ」

「……そうらしい」


 水鏡に映る映像には、強力な結界の檻に入れられ、それを拳で叩く臣下の様子が映っている。

 王都や王城を包んでいるのと同じ、強力な結界だ。あれを内側から破るのも、外側から無傷で助け出すのも、恐らくは不可能なのだろう。


 ジークハルトは息を吐き、いまの状況を大人しく認めた。


「城下で戦っている兵は、すべて囮か。筆頭魔術師カールハインツが指揮している軍勢は、どうやらまとめて陽動隊だ」

「ははっ。こちらが人形を囮に使用したのとは真逆に、あちらは正規兵を囮にしたか!」


 筆頭魔術師が愉快そうに笑う。だが、上機嫌なのは表面上だけの振る舞いだ。


「防衛の要は、カールハインツの軍ではない。ということは……」


 この宰相の言わんとすることは、ジークハルトにこそよく分かる。


(――レオンハルトだ)


 ジークハルトは確信を元に、ゆっくりと瞑目した。

 そうしてすぐに双眸を開き、筆頭魔術師に告げる。


「……やはり君に、軍の指揮を任せる。託されてくれるか?」

「ジークハルト? それはもちろん、構わないが」


 筆頭魔術師は、首を傾げてジークハルトを見上げた。


「お前はどうする」

「あちらが正規軍を囮に使うんだ。だとすれば、俺も同じ手段を使うくらいでなければ」


 ジークハルトの体は、この三年で完全に作り替えられている。


「俺の得た力が、アーデルハイトの一番弟子に並ぶほどの力であることを、証明する必要があるだろう?」

「……」

「俺ひとりが通る穴くらいは、あの結界も抉じ開けられる」


 無詠唱で展開した転移魔法は、ジークハルトを包み込んだ。


「では、行ってくるといい」

(……アーデルハイトを手に入れる)


 その悲願を、自らへと静かに言い聞かせた。


(そうでなければ、俺は――――……)




***




 再び訪れた聖堂の扉を、ノアはゆっくりと押し開いた。


 赤い絨毯の伸びる先には、硝子の棺が据えられている。そこに眠っている主君の姿は、この三年間ずっと変わらずに、美しいままだ。


(――姫殿下)


 ノアの脳裏に蘇るのは、先ほどクラウディアの次兄であるエーレンフリートから教えられた、魔術についての見解だ。




『……クラウディアが、アーデルハイトの生まれ変わり……』


 ノアと同じ年齢の第二王子は、聡明さの滲む双眸を眇めて俯いた。


『話が有り得えないところに飛躍してて、頭がぐちゃぐちゃしてきた。だけど、ノアや父上がそんな嘘、つくとも思えないし……』

『エーレンフリート殿下。お気持ちはごもっともです、しかし……』

『分かってるよ。いま僕にそれを信じさせるために、払ってる時間も労力もないだろ』


 エーレンフリートは疑問を押し殺し、ひとまずはノアが告げた前提に従って、思考を進めてくれるようだ。


『そもそもドロテア妃のそれも。他人の記憶を消した上、条件に沿って段階的に思い出させる魔法なんて、高度すぎてめちゃくちゃだ』

『ですがその分、陛下がここにきて思い出してくださった出来事には、姫殿下の目覚めに繋がる情報が隠されているはずです』


 現在エーレンフリート以外の王族は、レミルシア国を迎え撃つために備えている。

 砂漠の王であるアシュバルを始めとした賓客たちも、ノアの願った通りに布陣を組み、クラウディアとこの国のために協力してくれていた。


『ドロテアさまのお言葉いわく。姫殿下は、「欠けている」と』

『……「丸い林檎ではなく、齧られて欠けた形なのであれば、隠れられる」か……』


 エーレンフリートは頭が痛そうに、額を押さえた。


『三年前、クラウディアはアーデルハイトとしての力を発揮できる体になるために、自ら選んで眠りについた。ここまでは合ってる?』

『はい。しかし恐らく、姫殿下がアーデルハイトの器として完全になることは、ドロテアさまにとって避けるべきものだったのでしょう』

『アーデルハイトの形に近付けば、クラウディアが「追手に見付かる」と考えていたから、か』

『その結果、ドロテアさまが姫殿下に施していた魔法が作用して、姫殿下の目覚めを妨害しているのではないかと』


 会話を重ねてゆくことで、エーレンフリートの思考を手助けする。その上で、決して差し出がましい口を聞くことはせず、エーレンフリートの結論を待った。


 だが、エーレンフリートの表情はどんどん険しく、強張ったものになってゆく。


『駄目だ。ノア』

『……エーレンフリート殿下?』


 エーレンフリートは俯いて、ぐっと両手を握り締めた。


『恐らくだけど、クラウディアを目覚めさせるには、欠けているものを元に戻してやる必要があるんだ』

『欠けているものを、戻す』

『必要なのは、クラウディアの魔力自身だよ。それも、膨大な量を注いでやらなくちゃいけないはずだ』


 その言葉に、ノアは息を呑む。


『だけど、僕たちにクラウディアの魔力を確保して、クラウディアに与えてやることは出来ない。だって当のクラウディア自身が、仮死になって目覚めないんだから』

『……それは』

『お手上げだ。……どうにも、ならないよ……』


 いつも冷静なエーレンフリートの声音が、涙に濡れて滲んでいる。


『ごめん、クラウディア……っ』

『――――エーレンフリート殿下』


 ノアは静かに跪き、主君の兄への謝意を評した。


『……ノア?』

『そのお言葉をいただいて、安心いたしました』

『あ、安心って、なんだよ。僕はいま、クラウディアを目覚めさせる方法は見付からないって……』

『取るべき手段は明白です。あなたのお陰で、その確証が持てました』


 そうして立ち上がると、ノアははっきりとエーレンフリートに告げた。


『――姫殿下を、お迎えに参ります』


 そうしてノアは、クラウディアの眠るこの聖堂に戻ってきたのだ。





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