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虐げられた追放王女は、転生した伝説の魔女でした ~迎えに来られても困ります。従僕とのお昼寝を邪魔しないでください~  作者: 雨川 透子◆ルプなな&あくまなアニメ化
〜第5部3章〜

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200 母の思惑


 そんな言葉を向けたのは、レオンハルトの反応が知りたかったからだ。


(レオンハルトの過去について尋ねると、見せていた反応。引っ掛かってはいたけれど、ひょっとしたら……)


 組んだ腕の上に顎を乗せて、クラウディアはついたての向こう側に尋ねる。


「もっと聞きたい?」

「……聞いたところで、なんになる」


 随分と、苦々しい声を発するものだった。


「どうせもう、残っていない。それなら何も意味がない」

「けれど、何かの希望にはなり得るわ」


 クラウディアが何を察したのか、レオンハルトも悟ったのかもしれない。低かった声音が、ますます険を帯びてゆく。


「……アーデルハイト」

「その名前で呼んでも、お返事してあげない」


 クラウディアはそれを気に留めず、いつもの調子で笑いながら返した。


「いまの私は、アーデルハイトではないもの。私があなたをノアと呼んだって、お返事してくれないのと同じよ」

「……ノアというのはやはり、お前の世界における俺の名か」

「私が名付けたの。安息という意味を込めた、可愛い名」


 思えばクラウディアという名前にも、何かの意味が込められているのだろうか。


(そういえば、前世の私の故国では……)


 そんなことを不意に考えながらも、湯船の外に並べられた瓶へと手を伸ばした。


「あなたの願いはなあに? レオンハルト」

「…………」

「素直に話せたら、私が叶えてあげるかもしれないわよ」


 瓶から手のひらに垂らした石鹸を、両手に馴染ませて泡立てる。


「教えてくれないなら……」


 上手に作ることが出来たもこもこの泡を、ふうっと吹いて飛ばしてみた。


「ここから本気で逃げ出して、あなたから隠れるかもしれないわね」

「無駄だ」


 断定の言葉は、挑発に乗ったゆえのものではない。

 レオンハルトは事実を淡々と述べているらしく、こう言い切った。


「アーデルハイトの魔力を追えば、お前が何処にいるのかすぐ分かる。そうやって、魔力を封じ込めていてもな」

「……あら」


 レオンハルトの言う通り、クラウディアの魔力は封じられている。

 ジークハルトの語るところによれば、それはクラウディアの母ドロテアによるもので、仮死状態を伴うものだそうだ。


(それについても、奇妙な点があるわ)


 手の中の泡で遊びながらも、クラウディアは考える。


(この世界において、アーデルハイトの生まれ変わりたる私の存在は、秘匿されていなかったもの。私を隠すために魔力を封じたというのなら、最初からアーデルハイトの存在なんて明かすべきではないのに)


 もちろん『夢』であるこの世界が、どれほど論理的に進んでいるのかは分からない。

 本物の夢と同じように、支離滅裂な脈絡に沿っている可能性もある。しかしどうにもクラウディアには、そんな風には思えなかった。


(レオンハルトの侵略が成功し、アビアノイア国が敗れた段階になって、ようやく母さまの魔法が発動している……)


 レオンハルトが知っていそうなことを、クラウディアは試しに尋ねてみる。


「この世界の私は、生まれつき魔法を使えなかったのかしら」

「……周知の事実だろう。十年ほど前までは、本当にお前がアーデルハイトの生まれ変わりかと疑う声もあったはずだ」

(それなら、この世界の私が仮死に陥った理由は、魔力を封じるためではない)


 そうなると、そもそも母が掛けた魔法に、どんな意味があったのかが曖昧になる。


(アーデルハイトの名を喧伝されていた以上、私の存在を隠してはいなかった。必然的に、私の魔力が封じられているのは、レオンハルトから隠れるためではない――それなのに、レオンハルトに捕らえられた私を仮死に陥らせてまで、何らかのことを試みている)


 母は一体なにを恐れ、クラウディアをどのように守ろうとしたのだろうか。


(……得たばかりの情報に気を取られては駄目。だってここは、母さまが『失敗』している世界の可能性もあるのだもの)


 いつまでも湯殿で考え込んでいるクラウディアに、レオンハルトがこう言った。


「どれほど思考を巡らせても、お前が俺から逃げ切る方法はない」

「……アーデルハイトの魔力は、たとえ封印されていても、あなたにとっての目印になる……」

「上から布を被せようと、浮き出る形は変わらない」


 それによく似た例え話を、何処かで聞いたことがある。


「丸い林檎と、欠けた林檎……」


 元の世界のクラウディアと、この世界にいるクラウディアの違いは、一体なんだろうか。


(母さまの行動。選択。それゆえにアーデルハイトの生まれ変わりとして育ち、魔法が使えず、侵略されてレオンハルトの手中に落ちた……)


 だが、それだけではない。


(……私のノア)


 ざばっと盛大な水音を立てて、クラウディアは湯殿から立ち上がった。


「……っ、おい。出るなら一言声を掛けろ……!」

「レオンハルト」


 布の一枚も纏っていないクラウディアの肌を、雫が滑る。

 クラウディアは濡れた手を伸ばし、レオンハルトが見せている背中へ、彼の服越しにぴたりと触れた。


「あなたが叔父に掛けられた呪いを解いたのは、一体誰?」

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