表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虐げられた追放王女は、転生した伝説の魔女でした ~迎えに来られても困ります。従僕とのお昼寝を邪魔しないでください~  作者: 雨川 透子◆ルプなな&あくまなアニメ化
〜第5部3章〜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

205/229

199 懇願

***



「――レオンハルト」


 夢にも似た異なる世界の中、依然として目覚める方法を探しているクラウディアは、自身を捕らえている青年の名前を呼んだ。


「ねえ。レオンハルトったら」

「……」

「レオンハルト?」


 お行儀悪くも執務机に座ったクラウディアの隣で、レオンハルトは黙々と書類をこなしている。先ほどから何度呼びかけてみても、一切顔を上げない。


「……もう」


 クラウディアは片側の頬を丸く膨らませて、分かりやすく抗議を示してみせる。


「駄目じゃない。お名前を呼ばれたら、ちゃあんとお返事をしないと」

「…………」

「そうじゃないと……」


 クラウディアは振り返り、執務室の入り口、その付近に控えた文官たちを見遣って言った。


「あなたの臣下たちに頼んで、お外に連れ出して貰うわよ?」

「……アーデルハイト」


 レオンハルトの苛立った声音が、文官の身体を強張らせる。クラウディアは彼らを安心させるべく、にこりとやさしく微笑みかけた。


「レオンハルトが怖くてごめんなさい。お叱りは全部私が引き受けるから、怯えないで?」

「文官たちを誘惑するな」


 機嫌が悪そうに言い捨てられて、クラウディアはレオンハルトを見下ろした。


「あら、私は上機嫌で過ごしているだけよ? 裾の短いドレスで机に座って、伸び伸びと脚を組んでいるのだって。こうしたいからしているという他に、理由は無いわ」

「…………」

「気掛かりだと言うのなら、お部屋に戻してくれて構わないわよ?」


 ルームシューズを脱いだ素足のつまさきで、レオンハルトの脇腹をちょんとつつく。


「それもこれも、あなたがこうして四六時中、私を傍に置いて離さない所為だわ」

「……目を離すと何をするか分からないのだから、仕方がないだろう」


 数日前、クラウディアが城の窓から飛び降りて以降、厳しい監視体制が敷かれていた。

 寝室も一緒にされてしまい、レオンハルトが公務に出るときも、こうして同室に待機させられている。その上にほとんど相手をしてくれないのだから、クラウディアは手持ち無沙汰で仕方がなかった。


(ジークハルトに接触した所為……だけではないわね)


 クラウディアが改めて思うのは、ノアと正反対の振る舞いをしてみせるこのレオンハルトが、やはりノアと同じ人物なのだということだ。


(育ち方が違っただけの、同一人格。魂も考え方も性格も同じ、多少歪んだところで変わらないわ)


 たとえばクラウディアの肩には今、レオンハルトによって生成された、白い毛皮の上着が掛けられている。

 突き放したような言葉遣いでも、冷たい態度を取っていても、その気遣いは変わらないのだった。


(反抗期を迎えたノアだと思えば、どんな横暴を働かれたって可愛いものだけれど。とはいえ、ずっと一緒なのは都合が悪いわね)


 数日前にジークハルトとカールハインツに依頼した調べ物は、そろそろ果たされている頃だろう。しかしレオンハルトの目があっては、彼らと接触することは難しい。


(せめて欠少しでも魔法が使えれば、監視の中でも機会を作れるけれど……)


 クラウディアの魔法は相変わらず、少しも形を成す気配が無い。

 そんな訳でクラウディアは、無駄だと分かっているにもかかわらず、先ほどからレオンハルトへ訴え続けているのだった。


「ねえレオンハルト、退屈だわ。あなたが遊んでくれないのなら、お部屋に戻ってお昼寝がしたいの」

「駄目だ。許可はしない」

「……こんなに可愛くおねだりしているのに……」


 敢えてしょんぼりしてみせると、レオンハルトは僅かに眉根を寄せる。やはり、根本的な性根の部分は、クラウディアのノアと変わっていない。


「……はあ……」

(あら。露骨に溜め息をついたわね)


 黒曜石の瞳が、執務机に座ったクラウディアを見上げる。

 そしてこのときレオンハルトは、思ってもみない言葉を紡いだ。


「――頼むから、俺の傍に居てくれ」

「!」


 その瞬間、クラウディアは目を丸くする。

 レオンハルトは視線を逸らし、何処かばつが悪そうな表情で、渋々とこんな風に付け足した。


「……俺がお前に懇願すれば、言うことを聞くんだろう?」

「……ふふっ」


 あまりにも不本意そうなその言葉に、思わず笑みが溢れてしまった。


「不合格ね。だって、『可愛く』が抜けているもの」

「うるさい。あまりにも言動が目に余るようなら、魔法で強制的に眠らせるぞ」


 そんなクラウディアたちのやりとりに、文官たちが戸惑いながら顔を見合わせる。

 けれども監視の対策は、早々に講じる必要がありそうだ。


***


「――なんと言ってもレオンハルトったら、私のお風呂にまでついてくるのだものね」

「……浴場の中には入っていない……」


 昼間の一件から数時間後、たっぷりとお湯の張られた湯殿の中で、クラウディアはのんびりと手足を伸ばしていた。


 乳白色のお湯は少し熱めで、冷えた体を温めてくれる。五人は寝泊まり出来そうなほど広いお風呂には、入り口についたてが置かれていた。


「振り返ったら駄目よ? レオンハルト」

「誰がそんな真似をするか」


 レオンハルトはついたての向こう側で腕を組み、こちらに背を向けて立っている。

 その誠実さも、やはりクラウディアの可愛いノアと同じだった。


「……本当のことを、話してあげましょうか」

「…………」


 ちゃぷんとお湯を波立たせて、クラウディアは湯殿の淵に頬杖をついた。


「私、ここではない別の世界から来たの」


 レオンハルトは、反射的にこちらへと顔を向けようとしたらしい。

 しかし、僅かに肩が動いただけで、結果としては一瞥すらも向けてこない。クラウディアはくすくす笑いながら、湯の中へ伸ばしていた脚を、人魚のようにゆっくりと曲げた。


「だから、九歳までのあなたを知っているわ。あなたがどんな経験をして、何を大事に思っていたかを」

「…………」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ