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虐げられた追放王女は、転生した伝説の魔女でした ~迎えに来られても困ります。従僕とのお昼寝を邪魔しないでください~  作者: 雨川 透子◆ルプなな&あくまなアニメ化
〜第5部3章〜

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197 レオンハルト


 そしてドロテアは、フォルクハルトの三番目の妃として、城に滞在することとなった。


 ドロテアから聞かされた出自を、馬鹿正直に公表する訳にもいかない。

 そのため、ひとつの筋書きが必要となった。『流れてきた歌姫をフォルクハルトが気に入って、孤児の出でありながら、妃に迎えた』というものだ。


『……予想通り、正妃が取り乱して面倒なことになった。せめてお前が貴族の名でも騙れば、振る舞いはまだマシになるはずだが』

『いいえ。イルメラさまのお心を乱してしまったのは、本当に申し訳ないけれど……』


 ドロテアは、妃になった後も豪勢な暮らしは望まず、王都から離れた森に住まいを欲しがった。

 魔術師たちに作らせている最中の塔で、窓枠のふちに腰掛けて、彼女は自身の腹を撫でる。


『ありふれた作り話にするべきだわ。私の居場所を知られると、この子が見付かりやすくなる』

『……』


 ドロテアは、ずっと追われているのだと話していた。

 アーデルハイトの生まれ変わりとやらを狙う存在は、これまでも執拗にドロテアを探り、手に入れようとしていたらしい。


 そのためドロテアは、幼い頃から自分の魔力を隠し、孤児として生きてきたのだそうだ。

 同じ孤児だった少年に兄を名乗られ、自身の歌って得た食料を奪われても、存在しないはずの『兄』すら隠れ蓑のひとつとして利用したという。


『よくもまあ、そうして逃げ隠れることだけに力を注いで来られたものだ』

『ふふ。だって、計算した上で理解しているもの。私がそうしなくては、失敗するということを』


 だが、ドロテアはその計算とやらの詳細を、さほど語ろうとはしない。


『色んな道を模索してきたの。……たとえば私が公に正体を明かし、「アーデルハイト」を産む女だと喧伝した上で、あの子を産む世界。一方で産み落とすそのときまで沈黙し、あの子の瞳の色を証として、アーデルハイトの生まれ変わりだと知らしめる世界……』

『……?』

『もっとも勝算が高そうだったのは、そのどちらでもない。――この子が生まれたとしても、世界にはそのことを隠し続けるという、そんな世界よ』


 ドロテアは、まだ平たい腹部に手を当てたまま、こう口にした。


『私の存在が「あの男」に見付かれば、アーデルハイトも見付かってしまうと結論が出ているの。少しでも出来ることがあるとすれば、アーデルハイトが成長して自分の身を守れるようになるまで、隠し続けること』


 フォルクハルトからしてみれば、その結論も早計だという印象にしかならない。


『隠れることに、意味があるとは思えないが』

『……』


 それ以上の追求をしなかったのは、ドロテアがフォルクハルトには及ばない切実さで、何度も『計算』を重ねてきたことを察していたからだ。


『この子が生まれてくる前に、あなたにもこの子にも魔法を掛けるわ』


 ドロテアはその横髪を耳に掛け、フォルクハルトに微笑みかけた。


『あなたが当面の間、この子に関心を持たないよう。そうすることで、あの男の視線を集めないようにするの』

『おかしなことを言う。娘を守らせたいがために、強力な魔術師を父親として選んだのではないのか』

『それはアーデルハイトが成長して、自分でも身を守れるようになってから。魔法を制御できない赤ちゃんのうちは、あなたに守ってもらって目立つよりも、忘れられて隠れていた方がいい』


 どうやらドロテアの言い分では、フォルクハルトが追っ手に負け、娘を奪われるという計算らしい。


『アーデルハイトにも、すぐには自分の前世を思い出さないように、魔法を掛けるわ』

(……この女)


 ドロテアがさびしそうに目を伏せた瞬間、フォルクハルトはあることを察した。


(娘を産んだあと、そう時間を置かずに、死ぬつもりか)


 そのことを指摘しようとして、口を噤む。

 ドロテアがここに存在するのは、アーデルハイトの生まれ変わりを産むという、その一点だけが理由なのだ。


 彼女は他に目的を持たない。そうであれば、フォルクハルトが何かを言うのは的外れだった。

 何しろこれは、互いに利益があるからこそ成立した、紛うことなき契約婚なのだ。


『魔法が解けるきっかけは、追っ手の魔力を鍵にするわ。――追っ手がこの国の結界に干渉したとき、アーデルハイトは自分の前世を思い出す』

『…………』

『それと同時に、フォルクハルト。あなたにも、それまでは記憶の隅に追い遣っていたアーデルハイトのことを思い出して、迎えに行くように仕掛けておくわね?』


 その上で仕上げだとでも言うように、ドロテアは微笑んだ。


『私のことは、忘れたままでいいわよ』

『…………』


 フォルクハルトは舌打ちをし、ドロテアにこう告げた。


『好きにすればいい。だが、その前に名を考えろ』

『……なまえ?』

『私たちの娘に付ける、今世の名だ』


 ドロテアが、オパールの色をした双眸を丸くする。


『この子の、名前……』

『アーデルハイトの生まれ変わりであることを隠すべき存在に、それと同じ名を付ける愚者はいないだろう』

『でも、私が名付けるだなんて』


 ドロテアはゆっくりと俯いて、小さな声でこう言った。


『……私はずっと、この子のひどい母親なのに……?』

『…………』


 フォルクハルトがその発言を肯定することも、ましてや否定することもない。


『それに答える資格を持つ人間は、未だこの世界に生まれてはいないな』

『…………っ』


 やがてドロテアは恐る恐る、口にした。


『……クラウディア』

『……ほう』


 フォルクハルトは、その名をしっかりと記憶してやる。


『私の故国では、欠けているという意味を持つ名前よ』

『……その名を与えて、どうするつもりだ?』

『クラウディアが、アーデルハイトのままでなければ。……アーデルハイトが丸い林檎だとして、齧られて欠けた形の「クラウディア」になれば、少しでも長く隠れられるかもしれないもの』


 フォルクハルトは改めて、その切実さに息を吐いた。


『何度も言うが。「隠す」ことに、それほどの意味があるとは思えない』

『分かっているわ。だけど、他に方法が――――……』


 次の瞬間ドロテアは、何かを思い付いたかのように目をみはった。


『……そうだわ』

『ドロテア?』

『どうして気付かなかったのかしら……。アーデルハイトではなく、欠けている王女であれば、逃れられるかもしれない』


 そしてドロテアは目を閉じると、もうひとつの名を呟いたのだ。


『この子を手に入れようと狙う追っ手、レオンハルトから――――……』



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