194 命令
空気が張り詰め、ぴりぴりとしている。
けれどもクラウディアは意に介さず、衝撃によって乱れた髪を指で梳いた。
「追跡も上手だわ。この部屋は強い結界に守られていたはずなのに、綺麗に砕けているし」
「…………」
クラウディアのおとがいを、レオンハルトの大きな手が掴む。
「――ジークハルトが接触したな?」
ここにある魔力の名残から、そのことを推測したのだろうか。クラウディアはくすっと笑い、それを認める言葉を告げた。
「あなたがうっかり落とした魔女を、壊れないように掬い上げてくれたのよ」
「あいつに何を吹き込まれた。すべて詳らかに話せ」
「ふふ。そんなに無粋なことを、私がすると思う?」
クラウディアは、そっとやさしくレオンハルトの手に触れる。
レオンハルトは強引な触れ方をしてきたものの、クラウディアが怪我をするほど強い力は、そこには込められていなかった。
「私に何かをしてほしいのであれば、命令ではなく懇願なさい。可愛くおねだりが出来たのなら、聞いてあげるかもしれないわ」
「…………」
レオンハルトは目を眇めると、ますます強い力でクラウディアを見据える。
「ジークハルトはお前を利用し、レミルシアを奪還することを目的としている。その為に都合の良い偽りを、聞き入れるな」
(ふうん。そうくるのね)
レオンハルトの言っていることは、別段間違いという訳ではない。先ほど出会ったジークハルトが真実を語っている保証は、何処にもないのだ。
(ましてやジークハルトは、元の世界における敵側だもの。とはいえ、あれが偽りだとは――……)
「…………」
レオンハルトが、クラウディアのおとがいから手を離す。
「!」
そうかと思えば、レオンハルトは溜め息と共にクラウディアを抱き寄せると、クラウディアの胸元に額を押し当てた。
「……レオンハルト?」
「お前は」
ほとんど呟くような声音が、駄々を捏ねる子供のように紡ぐ。
「……俺の言うことだけ、聞いていればいい……」
「…………」
一体どうしたことだろうか。
(こんなに強い言葉選び。高圧的で、先ほどまでの『命令』と、同質のはずなのに)
けれどもレオンハルトの今の声音は、まったく違う響きを帯びていたのだ。
(それこそまさに、懇願のよう)
クラウディアはそっと目を眇め、レオンハルトに告げる。
「おかしなことをねだるのね。あなたの言うことを聞くのは無理だわ、なんにも話してくれない癖に」
「……だからと言って、あの高所から迷わず飛び降りる奴が居るなどと、誰が思う」
くすっと笑い、レオンハルトの顔を上げさせてからこう尋ねた。
「怖かった?」
「……は?」
不本意そうな顰めっ面は、十九歳という年齢相応の青年らしいものだ。
レオンハルトはクラウディアから手を離し、とても低い声音で言う。
「――今後、お前の行動を管理する手間が増えた。次に俺の傍から逃げようとしたら、一切の自由を奪って監禁するからな」
「困ってしまうほどに熱烈ね。目的も分からないまま、ただあなたの傍に居ろと請われているかのようだわ」
「…………」
「言っておくけれど。それならばまだ、あなた曰く『祖国奪還のために私を利用している』というジークハルトの方が、信用がおけるわよ?」
クラウディアがそう言い切ったのは、単なる意地悪のひとつに過ぎない。
誰が信用出来るかなど、そんなものは決して重要でなないのだ。
どの人物がどんな目的を持って動こうと、クラウディアは自分のしたいことしかしないのである。
「私の父さまや、兄さまたちを殺した悪い子」
「…………」
クラウディアは挑発の微笑みを浮かべ、双眸の険を深めたレオンハルトに告げた。
「今はひとまず、あなたの傍に居てあげるわ。暖かい部屋で、私がさみしくならない工夫をしてちょうだい」
「……ちっ」
ノアでは考えられない舌打ちをして、レオンハルトがクラウディアの手首を掴む。
「帰るぞ」
(……この世界は、仮死に陥った私の夢。私の魔力によって作られた、仮説まみれの空想の場所)
レオンハルトの確かな体温を感じる中、ゆっくりと目を閉じた。
(けれどもそこに、第三者の手が加えられている……)
ともあれこの世界は、現実のクラウディアが持ち得る知識や、その記憶に基づいて構成されている。そのことは間違いないだろう。
(だとすれば)
この場所で得た情報を元に、クラウディアは思考を深めてゆく。
(私が目覚める方法は、元の世界にしか存在しない……)
クラウディアの体は、レオンハルトの転移による光に包まれ、その場からふっと消えるのだった。
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