193 お迎え
「その通りだ。……そしてそこに、君が落ちてきた」
苦笑したジークハルトが、クラウディアの隣に腰を下ろす。
「俺の掻き集めた情報によれば、王女クラウディアは魔法を持たない代わり、亡くなった母君の守護魔法に守られていたという。レオンハルトに奪われる直前、それが発動したと聞いたぜ?」
「母さまの、守護魔法」
クラウディアは自らの左胸に指先を添えて、緩やかな瞬きをした。
「――それは、仮死状態に陥る魔法ね?」
こちらの世界で目覚めたとき、クラウディアは棺の中に眠っていたのだ。
真っ白な百合の花と、その甘い香りに包まれて、亡骸のように飾られていたことを思い出す。
「その通りだ。なんでもそうすることで君の魂を封じ、守る魔法らしいが」
「…………」
それと何処か近しい魔法を、クラウディアは元の世界で使っている。
(『クラウディア』である今の私は、『アーデルハイト』の魔力に耐えられなかった。それはきっと、最初に予想していた体の幼さゆえではなくて、なんらかの要因があった所為)
十三歳になったクラウディアは、前世のアーデルハイトが十三歳だった時の、十分の一も魔法を発揮できないままだった。自らの魔力に耐えかねて眠ってしまう状態を、ずっと繰り返してきたのだ。
(『クラウディア』が壊れないためには、魔法で仮死状態に陥った上で、魔力循環によって体を補強する治療が必要だったわ。その眠りから目覚められず、私がこの世界に閉じ込められている理由……)
いいや、それ以前の問題だ。
そもそも元の世界の『クラウディア』が、王族の生まれでありながら『アーデルハイト』の魂に耐えられなかったことには、とある人物が関わっているのだろう。
(私が眠りにつく前に、ノアと訪れた最後の国。砂漠のシャラヴィア国で目にした女神像は……)
あの女神像は、幼い頃からクラウディアだけを一心に見てきたノアにすら、何処かクラウディアを思わせるのだと言わしめた。
(元の世界では、力の強い魔術師であることを秘匿していたらしき母さま。こちらの世界では、その母さまが私に対して、いざというときには仮死となる守護の魔法をかけていた)
そしてあの女神像は、各国の王族を不幸に陥れてきた、呪いの魔法道具と共にあったのだ。
「この世界のシャラヴィア国は、今も存在しているかしら?」
「残念ながら、三年前に滅んでいる」
「…………そう」
クラウディアは一度目を閉じ、それからゆっくりと開いた上で、ジークハルトを見遣る。
「カールハインツに、伝えてほしいことがあるわ」
「!」
思いもよらない名前だったのか、ジークハルトが目を丸くした。
「何故、俺がカールハインツ殿と関わりがあることを?」
「ふふ。だってあなた、あまりにも私のことに詳しすぎるもの」
クラウディアは首を傾げ、悪戯をするような気持ちで微笑む。
「シャラヴィア国の王宮があった場所に、女神像が存在しているかを探してちょうだい。王宮の最上階と後宮をそれぞれ入念に、カールハインツに探させて」
「……カールハインツ殿が、そんな願いを聞き入れてくださるかは分からないぜ。ひどい重傷状態から回復された後、レオンハルトからあんたを取り戻すために、誰よりも苛烈な方法で軍を起こそうとしているからな」
「だったら尚更、別の目的が必要ね。クラウディアからの『おねだり』だと、カールハインツにはよく言い聞かせておいて」
この世界での自分が、どのようにカールハインツと過ごしてきたのかを、クラウディアは知らない。しかし魂が同じである以上、本質は変わらないはずだ。
「私を助けてくれてありがとう。ジークハルト」
クラウディアは、後ろ髪を手で梳きながら立ち上がる。
「私はレオンハルトの所に戻るわ。そのうちまた会いましょう」
「何を言っているんだ、クラウディア。僕と一緒に来てくれ、君をこのまま安全な場所で保護する」
「駄目よ。だって、特段あなたの味方になる訳ではないもの」
魔女らしく悪い微笑みを、ジークハルトに向けた。
「私は、やりたいことしかしないの」
「……クラウディア」
「それに……」
くすくすと小さく笑いながら、クラウディアは振り返る。
「あなたは早く、ここから転移するべきだわ」
「!」
家具のほとんどないこの部屋で、背後にあったのは無機質な壁だ。けれども次の瞬間、空間に大きな歪みが生まれた。
「クラウディア!!」
こちらに手を伸ばしたジークハルトに、クラウディアははっきりとこう告げる。
「行って。……あなたも、あなたの成すべきことだけをしなさいな」
「――――っ」
直後、凄まじい落雷のような轟音と共に、壁の一部が吹き飛んだ。
クラウディアの周りに結界を張ったジークハルトが、転移魔法によって姿を消す。それと入れ替わりになるように、大きな手がクラウディアの肩を掴んだ。
「――見付けたぞ」
「…………」
後ろから聞こえた低い声に、クラウディアは小さく笑う。
「お迎えに来られて偉いわね。レオンハルト」
幼い子供をあやすようにそう告げると、ノアと同じ外見をしたレオンハルトは、黒曜石の瞳でクラウディアを睨み付けた。
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