192 方針転換
この世界は、元の世界と違ってしまっている。
相違のきっかけとなる変化点は、クラウディアが生まれる前から発生していたのだ。
「ジークハルト。私の母さまの名前は、ドロテアで間違いないかしら」
「もちろんだ。……何か、おかしな所があるか?」
「私の世界では、魔力を持たない庶民だということになっていたわ」
ジークハルトは意外そうに目を丸くした。クラウディアは心の中で、いま得た情報を整理してゆく。
(私を虐げた叔父さまにも、その娘であるレオノーラにも、魔力は無かった。だけど孤児だったという母さまが、あの叔父たちと本当に血が繋がっていた証明は存在しない……)
瞳の色が魔力の性質を表す世界で、母は淡い金色の瞳をしていた。
その淡い色は、魔力を持たないことを明白にするものだ。強い魔力は高貴な血筋に現れることが多く、庶民に魔法の力がないことは、何も珍しいことではない。
(ひょっとしたら、私によく似た女性のところに生まれ変わったのかもしれないわ)
そのことに気が付いたクラウディアは、くすっと笑った。
(性質も、考え方も。母さまはつまり実際は、強大な魔力の持ち主だった)
微かな記憶を揺り起こし、母の姿を思い出す。
(……そのことを、瞳の色ごと隠していたのね)
六歳で記憶を取り戻したクラウディアが、自分でも度々取ってきた手段だ。
「ジークハルト。お話の続きを聞かせてくれる?」
「あ、ああ……アビアノイア国ではそれ以来、総力を上げて君を守り抜いてきた。ご母堂が病で亡くなったあとも、ずっと変わらずに」
「……」
母が強力な魔術師だったのであれば、死の要因は病ではない。恐らくは、治癒魔法が効かない経緯で亡くなったのだろう。
「アーデルハイトの生まれ変わりだという時点で、君の存在は特別な意味を持つ。それは、単純な魔術の力だけじゃない」
「そうね。この世界にも、『アーデルハイト』を信仰している国は存在するのでしょうから」
だからこそ、父がクラウディアの正体を他国に秘匿しなかったらしきことも、合理的な外交の駆け引きのひとつと言える。
「すべての国が、君の国と友好的な協力関係を結ぼうとした。こうなった国は、国際社会で強い力を持つ」
「父さまらしいわ。だけどその中に、レオンハルトが加わる想像が出来ないわね」
クラウディアは微笑んで、再び元の問い掛けに戻る。
「あの子は本当に、『アーデルハイトの生まれ変わり』を望んだの?」
「…………」
ジークハルトは、少し難しい表情でこう続けた。
「表向きには、興味を示さなかったように見えた。レオンハルトが九歳で王になった直後は、俺の父王による政治で国も乱れ、王が変わった混乱も生じていたからな」
「なにしろ国の長たる人間が、突然小さな男の子に交代したのですものね。ましてやクーデターという手段なのだから、他国とこれまで通りの関係を維持することすら不可能だわ」
「それでもレオンハルトは、誠実な政治を行い続けた。……僕が王位を継いでいたとしても、あいつのようにこの国を建て直すことは、難しかっただろうな」
どうやらいまのレミルシア国は、それなりに安定しているようだ。
可愛い従僕であるノアに、王の素質があることは分かっていた。やはり、与えられた立場が違っていれば、国を率いてゆける存在なのだろう。
「僕は所詮、レオンハルトから奪った身だ。だからこそ国を追われても、レオンハルトが国民と国のためにレミルシア国を取り戻したというのであれば、それは当然のことだと考えていた」
「……」
「だが、君の言う通りだ。国を安定させ、国力をつけることは、レオンハルトの目的ではなかった」
ジークハルトは俯いて、ぐっと拳を握り込む。
「――レオンハルトは、十年掛けて育て上げた軍勢をもって、君の国へと攻め込んだ」
「…………」
クラウディアはそっと瞼を閉じて、ゆっくりと思考を巡らせた。
「特に極端な動きを取ったのは、三年ほど前だ。レミルシア国は国境に結界を張り、何者をも出入りできない状態へと封鎖した」
(……元の世界のレミルシア国と同じ。違うのは、その判断を下したとされる人物が、ジークハルトだという所ね)
そして間違いなくその理由は、『筆頭魔術師』と呼ばれていた男が、レオンハルトとジークハルトのどちらに接触したかの相違だろう。
「アビアノイアが侵攻されたのは、一ヶ月ほど前だ。レミルシア国が勝利して、君はレオンハルトの手中に落ちた」
「私の父さまや、兄弟たちは?」
「……誰も投降はしなかった。最期まで君の傍で戦い、命を落としたと」
「…………」
クラウディアは、ふうっと小さく吐く。
「……私を連れ去ったあとのレオンハルトは、どんな動きを取っているのかしら」
「国内外の対応を、冷静にこなしている印象だ。各国の対応は様々で……侵略によって『アーデルハイト』を奪ったレオンハルトを非難する国や、早速取り入ろうと動いている国、世界的な戦争への突入を警戒している国も多い」
クラウディアはくちびるで微笑みを作り、ジークハルトにこう尋ねた。
「あなたもそれを危惧しているのね? レオンハルトの善政が信じられなくなった今、これまでの方針から転換して、あの子を突き崩す機会を窺っているのでしょう」
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