191 欲するもの
長い睫毛に縁取られた双眸を、ゆっくりと閉じた。
目の色は、魔力の性質を表す。元の世界では淡い金色に偽っていたクラウディアの瞳は、光の加減によってどんな色にも見える、オパールの色だ。
瞼を開き、そのまなざしをジークハルトに向ける。
「あの城に戻ってきたレオンハルトは、あなたたち父子を排除した?」
「……圧倒的な力だった。子供だった僕は勿論、魔術師たちや父も、レオンハルトになにひとつ敵わず……僕が生きているのは、臣下たちが城外へと転移させ、逃してくれたからだ」
ジークハルトは俯いて、言葉を続ける。
「レオンハルトの剣が、父の心臓を貫いた。謎の男が手を貸した様子は無い、あいつひとりが一国の軍勢を滅ぼしたんだ」
「……あの子がそれを望んだのであれば、成し遂げるのは容易だったでしょう」
クラウディアの知っているノアは、真っ直ぐな魂を持っていた。
幼い頃に王太子の座を奪われ、妹を奪われ、尊厳を奪われても揺るがなかった強さだ。
けれどもこの世界のレオンハルトは、真逆の道を選んだのである。
「――あれ以来、レオンハルトは九歳にして玉座につき、レミルシア国の王になった」
「……」
そして今はひとりあの城に、使用人のひとりも置かずに暮らしているのだろうか。
「レオンハルトは、何を欲しているの?」
「……!」
クラウディアの問いに、ジークハルトが眉根を寄せる。
「……君はどうして、そんな問いをするんだ」
「前王から玉座を取り戻し、王になることが目的だったとは思えないわ。もしもそうならばジークハルト、あなたが生きているはずはない」
なにしろジークハルトの父親は、前王の息子であるレオンハルトを生かしておいた所為で、レオンハルトに殺されたのだ。
「あの子が望んだのは、アンナの亡骸を弔うこと?」
ジークハルトは静かに目を閉じると、端的に否定の言葉だけを返してきた。
「……いいや」
「では、何か他に理由があるわ。レオンハルトが王になった理由はきっと、何かを果たすための手段でしょう?」
そのことに、クラウディアは強い確信を持っていた。
ジークハルトは額を押さえ、ゆっくりと息を吐き出してから言う。
「……僕の知っている限りのことを話そう。主観と推測を交えるしかないことは、許してくれるか?」
「もちろんよ。良い子ね、ジークハルト」
「ははっ」
ジークハルトは苦笑のあと、真摯な表情に変わって口を開いた。
「レオンハルトが、望んだのは」
黒曜石の色をしたジークハルトの瞳が、クラウディアを見据える。
「――アーデルハイトの生まれ変わりを、手に入れることだ」
「…………」
それは概ね、予想していたことではあった。
この世界で目覚めた直後、レオンハルトはクラウディアに向けて、こんなことを確かめようとしたからだ。
『「アーデルハイト」だな』
「…………」
ノアと同じ顔をし、ノアと同じ声でありながら、まったく違うまなざしと声音でクラウディアを呼んだ。
『五百年前に生きた魔女。お前がその生まれ変わりか』
クラウディアは、思考を巡らせながら目を伏せた。ジークハルトはクラウディアを気遣うように、少し遠回しな問い掛けを向けてくる。
「先ほど君は、別の世界を知っているようなことを話した。つまり、別の世界の存在だという認識をしていいのか?」
「話が早くて素晴らしいわね。生憎その所為で、こちらの世界の私のことすら情報が無いの」
「……分かった」
クラウディアの前に跪いていたジークハルトが頷いて、その場から立ち上がった。
「君が生まれたとき、君の国は随分と、大変な騒ぎになったらしい。魔力鑑定をした結果、君はお父君や兄君たちよりも遥かに膨大で、強力な魔力を持っていることが分かったからだ」
「――――……」
この時点で、本来の世界とは大きく違う。
クラウディアは生まれた直後、父の正妃によって魔力鑑定を妨害され、『魔力が欠けている』王女の烙印を押されたのだ。
(私を産んで命を落とした母さまは、美貌の歌姫だったとはいえ、身寄りのない孤児の育ち。もちろん魔力も持っていなくて……そんな母さまが産んだ私を、正妃イルメラはひどく疎んだ)
思い出すのは、六歳のときの出来事である。
(そのために私を魔力無しであるかのように偽装して、追い出したのだわ。もっともそれは、呪いの魔法道具に心を支配された末の、行き過ぎた行動だったようだけれど……)
クラウディアはその結果として、城から追放されてしまった。
塔に幽閉され、六歳までを魔力無しの王女として過ごしたのだ。
(だからこそ、あの森でノアと出会った)
この世界では間違いなく、その出来事が発生していない。
ジークハルトが語る言葉に、クラウディアは耳を傾ける。
「歴史上でも類を見ない君の存在に、高位の魔術師が大勢集まった。そして、その唯一無二の瞳の色をもってして、君をアーデルハイトの生まれ変わりだと結論付けたらしい」
「……随分と、突飛なお話を信じたのね」
「俺も噂に聞いただけだが。とはいえ勿論、君の母君がそんな話を始めたときは、周りも困惑したそうだぜ?」
ジークハルトのその言葉に、クラウディアは瞬きをする。
「私の、母さま?」
「……? ああ。だが、やがては皆がそれを信じることにした」
そしてなんでもないことのように、ジークハルトはこう続けた。
「――君の母君が、強力な魔術師であったからこそだ」
「…………」
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