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虐げられた追放王女は、転生した伝説の魔女でした ~迎えに来られても困ります。従僕とのお昼寝を邪魔しないでください~  作者: 雨川 透子◆ルプなな&あくまなアニメ化
〜第5部2章〜

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190 元の世界


「……あら」


 虚を衝かれたジークハルトのまなざしに、クラウディアは微笑んだ。


「私が誰だか、確信を持った上で助けてくれたのではないのね?」

「そんなこと、考える暇もなかったさ。城を監視していたら、突然君が落ちてきたのが見えたんだ」


 はっきりと言い切るジークハルトの言葉に、嘘や企みは感じられない。

 彼は長椅子の上にやさしくクラウディアを降ろし、彼自身は絨毯に跪いた姿勢で、改めてこう尋ねてくる。


「もう一度聞くが、怪我はないんだな?」

「ええ。あなたがあの空中から、ここまで転移させてくれたお陰よ」

「……そっか」


 ジークハルトは息をつき、目を伏せる。


「守れたのであれば、それでいいんだ」

「……」


 クラウディアはそっと手を伸ばし、黒によく似た藍色の髪を撫でる。


「ありがとう。ジークハルト」

「――――……!」


 僅かに面食らった表情のあと、ジークハルトは可笑しそうに笑った。


「っ、はは!」


 ノアの血縁者である青年は、クラウディアの手を拒むことなく、屈託のない表情で目を眇める。


「……まるで、俺よりもずっと年上の人みたいだな」

「あら。生きた年数だけで言うのなら、あなたよりもずっと先輩よ?」


 ジークハルトから手を離したクラウディアは、くちびるの前に人差し指をかざした。


「最初に生まれたのだって、五百年以上も前なのだもの」

「……では、やはり君は……」


 ノアと同じ黒曜石の色をした瞳が、クラウディアを見据える。

 ここは屋敷の一室のようだが、ジークハルトの隠れ家なのだろうか。クラウディアは、少し乱れたドレスの裾を直しながら、優雅に長椅子へと座り直した。


「あなたは『レオンハルト』と敵対しているわね? いつかあの子を倒すために、反旗を翻す準備をしている……ここはそのための拠点、といったところかしら」

「……まずは僕の質問に答えてくれ。『アーデルハイト』」


 ジークハルトは跪いた姿勢のまま、恭しくクラウディアの手を取る。何処か祈るようなその触れ方を許してやり、クラウディアは微笑んだ。


「今世での私は『クラウディア』よ。レオンハルトはなかなか、そう呼んではくれないけれど」

「では、クラウディア」


 クラウディアの手首を掴む力が、ほんの僅かに強くなった。


「――君は既に、レオンハルトの物か?」

「ふふっ。……いいえ?」


 あまりにも可愛らしい問い掛けに、思わずくすくすと笑ってしまう。


「私は誰の物でもないわ。強いて言うのであれば、可愛いノアの『姫さま』かしら」

「ノア?」

「この世界には存在しないの。あの子の頭を撫でてあげるためにも、早くここから帰らなくちゃ」


 クラウディアの話していることは、ジークハルトに伝わらないだろう。それを承知の上で、ジークハルトが本当に求めているであろう答えを口にする。


「私の目的はそれだけよ。レオンハルトの味方ではない……敵のつもりも、ないのだけれど」

「……随分と、寂しそうな顔をするんだな」

「そうね、もちろん寂しいわ」


 クラウディアは簡単にそう答えた上で、話を続けることにした。


「レオンハルトは九歳のとき、あなたの父親の元から逃れ、姿を消したはず。そんなあの子が、どうして王として城にいるのか、知っていることを教えてくれるかしら?」

「驚いた。レオンハルトは、そこまで君に話したのか」


 実際は、『レオンハルト』に聞いた訳ではない。

 けれどもクラウディアは、微笑みだけをジークハルトに返した。


「情けない話だが。――父があいつを支配していたことを、餓鬼の頃の俺は知らなかった」


 ジークハルトは俯いて、何処か悔しそうに語り始める。


「俺と一歳しか年齢の違わない従兄弟が、牢で酷い目に遭っていたこと。王太子という身分が、本来ならばレオンハルトのものだったこと。アンナが俺の妹ではなく、あいつの妹だったことも」

(……アンナマリー。彼女がジークハルトの妹ではないことを、元の世界のジークハルトも知らない様子だったわね)


 それが分かったのは、海の底に造られた学院でのことだ。


「あいつから全部奪っていたことを知らされたのは、アンナが死んですぐ、俺が八歳のときのことだ。……レオンハルトは、あの城に戻ってきた」


 過日のことを思い出してか、ジークハルトが眉根を寄せる。


「剣を手にして。――ひとりの男を、伴いながら」

「……男……」


 聞き捨てならない存在に、クラウディアは目を眇めた。


「その男とは、一体なあに?」

「分からない。見慣れない顔立ちの若い男で、レオンハルトの従僕のように付き従っていたが、少なくとも父の周りに居た人間ではないはずだ」

「……アンナが亡くなって、すぐのこと……」


 本来の世界で言うならば、クラウディアとノアが出会った直後だ。


(私がノアと出会い、契約を交わして、叔父さまにお仕置きをしたあとのこと。ノアは私の魔力を使って、自身の叔父に対峙したわ)


 そしてクラウディアはノアを追い、レミルシア城に転移した。


(元の世界での私とノアは、そこでジークハルトに目撃されている。元の世界のジークハルトが、私に執着を見せるきっかけになったのは、その出来事がきっかけだったわね)


 ジークハルトがノアに話したことは、すべてノアから報告を受けている。そして元の世界では、こんな人物の存在もあった。


(――『レミルシア国の、筆頭魔術師』)


 クラウディアは目を伏せて、そっと思考を巡らせる。


(元の世界のジークハルトには、かの国の筆頭魔術師がついていた。国王であるノアの叔父に代わって、国の政治を取り仕切っていた人物……ジークハルトにとっての、後ろ盾)


 海の底にある学院では、こんな報告を耳にした。


『レミルシア国の筆頭魔術師が、国王陛下に代わって決議なさったとか』


 それらの情報が、クラウディアの中で次々に繋がってゆく。


(元の世界ではジークハルトについていた、筆頭魔術師。その男が、この世界のノアに……)


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